重いフレーバーの物理

KEKB加速器を用いて行われたBelle実験の成功は2001年の「CP対称性の破れ」を説明する小林・益川理論の実験的検証、そして両氏への2008年ノーベル物理学賞によって脚光を浴びた。これで標準理論のCP対称性の破れがクォークの混合によって引き起こされることが疑いの余地なく確立された。また、あまり強調されてこなかったが、これと同じぐらいに重要な当実験の成果は、B中間子の崩壊過程を多岐にわたり精密に測定することによってカビボ・小林・益川(CKM)ユニタリー行列に幾重にも制限を与え、標準理論におけるフレーバーに関わる部分に詳細な現象論的記述を与えたことである。

統計的な精度が十分とはまだいえないが、Belle実験で行った測定のうちのいくつかは標準理論の予想からずれているように見えるものもある。これは高いエネルギースケールに我々の知らない新しい物理が隠されていることを暗示しているかもしれず、そのような新しい物理の存在はBelle実験のみならず他の実験の結果や理論的な研究からも存在が予想されているところである。

標準理論を構築してきた歴史においてフレーバーの物理はいくつかの重要な突破口を開いてきた。特に、ループ・ダイアグラムの補正がなければ起こらない「フレーバーの変換を引き起こす中性カレント(FCNC)」が介在する粒子の崩壊過程が、未知の重い粒子の影響を見つけるのに威力を発揮してきた。B中間子の中にあるbクォークは第3世代に属し、その崩壊過程は現在わかっている3つのすべての世代にかかわるため、B中間子崩壊の測定はFCNC過程を多岐にわたって調べるのに適している。「標準理論を超える新しい物理」を解明するためにはフレーバー物理の持つ威力を最大限に活用することが重要で、この状況は今後エネルギー・フロンティア加速器で新粒子が発見された後でも変わることはない。さらにB中間子崩壊の測定に加え、我々はτレプトンのレプトン・フレーバーを破る崩壊等の探索も実施する。レプトン・フレーバーを破る崩壊は標準理論では強く抑制されているが、標準理論を超えた新しい物理ではこれらの崩壊過程が増強されて観測できるレベルになるかもしれないからである。具体的には次の課題に答えなければならない。

  • あらたにCPの破れを引き起こす位相が存在するか?
  • 新しい右巻きカレントが存在するか?
  • 新たなヒッグズ場からの影響があるか?
  • レプトン・フレーバーの破れのような新たなフレーバー対称性の破れが存在するか?
  • CKM行列が示す階層性を説明する新たなフレーバー対称性は存在するか?

SuperKEKB加速器を用いたBelleII実験はフレーバー物理を今後さらに解明していく上で最適な場を提供する。2014年の完成を目指すこの加速器は非対称エネルギー・電子-陽電子衝突型加速器である。前任者のKEKBに比べ40倍のルミノシティーを持ち、ウプシロン(4S)の質量エネルギーにほぼ相当する衝突エネルギーで稼働して、B中間子と反B中間子の対をその重心系が動いている状態で作り出す。重心系が動いていることによってB中間子ひとつひとつの崩壊座標の測定が可能になる。Belle検出器はBelle II検出器に改修されてSuperKEKBの高輝度運転を最大限活用できるようにする。なお、Super KEKB加速器で最終的に生成されるB中間子と反B中間子の対の数は、KEKB加速器のときの50倍になる予定である。

当機構のチームは現在B中間子の崩壊座標測定のためのシリコン崩壊点検出器の建設で中心的役割を果たしている。実験装置の建設が完結したら、次はBelle II実験から得られるデータ解析に取り組み、標準理論を超える新しい物理を追究する。

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