ブラックホールのなぞを6次元幾何学で解く 〜IPMU大栗博司主任研究員 アメリカ数学会アイゼンバッド賞の初代受賞者に〜

2008年1月8日
数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe : 略称 IPMU)

文部科学省世界トップレベル国際研究拠点IPMU(東京大学数物連携宇宙研究機構)の大栗博司主任研究員が、ブラックホールの性質を最先端の数学である「6次元の幾何学」を使って解明した業績により、アメリカ数学会から初代アイゼンバッド賞を授与されました。本賞は数学と物理学の結びつきを強めた業績を称えるために設立された賞で、3年に1度のみ授与されます。フィールズ賞受賞者であるエドワード・ウィッテン教授を含む選考委員によって、第1回の受賞者が決まり、2008年1月7日、5千人を超す数学者を集めて米国サンディエゴ市で開催されているアメリカ数学会の年次総会において、授賞式が行われました。
アメリカ数学会は1888年に設立され、3万人以上の会員を擁します。また、IPMUは、2007年10月1日に文部科学省世界トップレベル研究拠点の一つとして東京大学に発足し、数学と物理学の英知を結集して、宇宙の謎に迫る研究を推進しています。

 

  • 発表タイトル
    • ブラックホールのなぞを6次元幾何学で解く  〜IPMU大栗博司主任研究員 アメリカ数学会アイゼンバッド賞の初代受賞者に〜
  • 受賞日時
    • 2008年1月8日(火)午前10時25分(日本時間) アメリカ数学会年次総会において授与

 


本件に関するお問い合わせ先

大栗博司 略歴

1984年京都大学理学部卒業。1986年京都大学大学院修士課程修了後、東京大学理学部助手となり、1989年東京大学より理学博士号を授与される。プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学数理解析研究所准教授を経て、1994年カリフォルニア大学バークレイ校教授。1996年にはローレンスバークレイ国立研究所上級研究員併任となる。2000年にカリフォルニア工科大学に移籍し、現在は同大学のフレッド・カブリ冠教授。2007年10月よりIPMU主任研究員を併任。専門分野は素粒子理論、特に場の量子論と超弦理論。

  •  IPMU主任研究員・カリフォルニア工科大学教授 

大栗博司 Hirosi Ooguri

Tel. +1-626-395-6648

Fax. +1-626-568-8473

 

 

  

 


発表概要

アメリカ数学会は、1月7日(日本時間1月8日)、新設した「アイゼンバッド (Eisenbud) 賞」の初代受賞者に、東京大学数物連携宇宙研究機構の大栗博司主任研究員らを選定したと発表しました。
アメリカ数学会アイゼンバッド賞は数学と物理学の結びつきを強めた業績を称えるために設立され、3年に1度のみ授賞されます。2年間の周知期間を経て、フィールズ賞のエドワード・ウィッテン教授を含む選考委員によって選考された結果、第1回の賞が、大栗主任研究員と、ハーバード大学のストロミンジャー、バッファ両教授の3名に与えられること(3名の共同受賞)が決まりました。1月7日の授賞式は、5千人以上の数学者を集めて米国サンディエゴ市で開催されているアメリカ数学会の年次総会において行われました。アメリカ数学会は1888年に設立され、3万人以上の会員を擁します。
英国のホーキング博士は、謎の暗黒天体ブラックホールは完全に暗黒ではなく、持っている熱を光や粒子として放出し、場合によっては蒸発してしまうと予言して世界の物理学界に衝撃を与えました。しかしその熱の起源は謎のままでした。一方、究極の統一理論として期待を集めるストリング理論では、宇宙は我々の知る3次元空間ではなく実は9次元空間であるといいます。この理論では3次元空間内のブラックホールの性質は人間の目に見えない6次元空間の大きさや形によっており、その研究には6次元での複雑な幾何学を扱う最先端数学が必要です。大栗主任研究員らは、ストリング理論と最新の高次元幾何学を駆使し、ホーキング理論では扱えなかった小さなブラックホールの熱の起源を世界ではじめて解明しました。目に見えない次元がブラックホールの性質を決めているという驚く
べき結果を得たのです。現代数学と現代基礎物理学の最前線との結びつきを明らかにした、この業績が高く評価され、今回の受賞となりました。
昨年10月1日に文部科学省「世界トップレベル国際研究拠点」の一つとして東京大学に発足したIPMUは、数学と物理学の英知を結集して宇宙の謎に迫ることを目的とします。カリフォルニア工科大学物理学科教授でもある大栗氏は、IPMUの主任研究員であり、「今回の受賞によって、宇宙の神秘を解明するには数学と物理学の連携が不可欠であるという私の信念が再確認されて喜んでいます。これをバネにIPMUの研究が迅速に立ち上がるように最大限努力するつもりです。」と意気込みを示しています。また、カリフォルニア大学バークレイ校から機構長として着任した村山斉教授は「数学と物理の融合によって生まれた国際研究拠点であるIPMUの役割を象徴するような、とてもうれしいニュースです」と喜んでいます。大栗主任研究員は、村山機構長と同様、若くして日本から海外に飛び出しましたが、IPMUを世界トップレベル研究拠点にするために、日本に戻ってきます。
世界トップレベル研究拠点プログラムでは平成19年度、東京大学を含め全国5拠点が選定されました。iPS細胞に関する研究成果で世界中から注目されている京都大学の山中教授の所属する京都大学再生医療拠点もその一つです。東京大学の岡村定矩 研究担当理事・副学長は、「このプログラムに選ばれた拠点の研究者による相次ぐ朗報であり、各拠点が互いに刺激しあってそれぞれの分野で世界トップを目指すことが重要」と語っています。


受賞内容解説 

ブラックホールはアインシュタインの一般相対性理論(*1)で予言された全くの暗黒の天体です。あまりに重力の力が強いため、その中へ落ちていったものは光ですら決して出てくることができないというものです。最初は理論的な予言でしかありませんでしたが、実は宇宙の中には沢山のブラックホールがあることがわかってきました。例えば我々の銀河系の中心にも太陽質量の300万倍という大質量のブラックホールがあります。一方、「車いす物理学者」として有名な英国のホーキング博士は、ミクロの世界を説明する量子力学(*2)を使って、ブラックホールは全くの暗黒ではなく、実は熱を持っていてわずかながら光や粒子を放っているはずだと予言しました。小さいブラックホールほど熱く、場合によっては蒸発してしまう、という不思議な話です。ホーキングの予言は、物理学の大前提である決定論に重大な疑問を投げかけました。 一方、ホーキングの理論ではブラックホールがどうして熱を持っているのかは謎のままでした。
こうした強い重力と量子力学がからんだ問題は、現在の物理学ではきちんと扱うことができません。しかし、ストリング(弦)理論(*3)と呼ばれる理論ではこうした難しい問題を扱うことができると期待されています。今回の受賞対象の研究では、このストリング理論を使い、ホーキングの理論では扱えなかった小さいブラックホールの高い熱がどこから来ているのかを初めて解明しました。しかも、その計算のためには現代数学の最先端の理論を使い、数学と物理学の最前線の深い結びつきをあらわに示しました。
ストリング理論は、私たちの宇宙は、目に見える3次元(上下、左右、前後)だけでなく、実は9次元(*4)の空間であるといいます。そのうち6次元(*5)は目に見えないほど小さく丸まってしまい、普段の生活では感じることはできません。しかし、目に見える3次元の様々な現象には、素粒子の性質から宇宙の構造まで、丸まった6次元の空間の性質が関わってきます。そのため、6次元の幾何学を調べることで、ブラックホールの性質がわかるのです。この研究のために必要な6次元の幾何学はとても複雑な形をした空間を扱うことになり、つい最近まで数学者にも手が出ない問題でしたが、物理学者がストリング理論を調べることから近年突破口が開け、新しい発見が相次いできました。今回の研究は、この最新の幾何学が物理学、とくにブラックホールの性質解明に役立つことを示した最初のもので、大変注目を集めました。
アインシュタインの一般相対性理論は重力を時間と空間が「曲がる」ことで説明する、現代物理学の柱の一つです。私たちにも身近なカーナビで使うGPSはこの理論があって初めてうまくいきます。もう一つの柱は、ミクロな世界を説明する量子力学です。身の回りのエレクトロニクス、DVDやコンピューターは全て量子力学の原理で働いています。しかしこの両方の柱を兼ね備えた統一理論はまだできていません。ストリング理論はその最有力候補で、宇宙の始まり等今まで物理学者が手を付けることの出来なかった難問に挑むためには必要な理論だと考えられています。このストリング理論が実際の現象に関わる問題を解明したまだ数少ない例の一つが、今回の受賞対象になった研究です。


 脚注

(*1)一般相対性理論

アインシュタインが重力の法則を説明するために考えだした理論。ガリレオのピサの斜塔の実験で有名なように、重い物も軽い物も同じように落下する。ニュートンの重力理論ではこの事実を、物の動きにくさを示す「質量」と重力の強さを示す「重さ」が同じであると仮定して説明していた。しかし重力の振る舞いを一つ一つの物に作用する力としてではなく、時間と空間の本質的な性質として考えると、このことは自然に理解できる。アインシュタインはこうして重力と幾何学を結びつけることに成功した。

(*2)量子力学

量子力学は物質のミクロの性質を説明するために20世紀前半に大成した物理学の柱の一つ。例えば、光は同時に粒子(光子と呼ぶ)でもあり波でもあり、また電子のような粒子は同時にいくつかの場所に存在することができる。このように私たちの直感に合わない不思議な現象を説明する。私たちの周りの全ての物質を作る原子は、量子力学なしには理解できない。
 

(*3)ストリング(弦)理論

いままで電子や光子のような粒子は点で大きさのないものと考えて来たが、それでは重力の効果を考えたときにわけのわからない答えが出てしまう。むしろ大きさのある「ひも(弦)」と考えるとうまく行くことがわかって来た。このように粒子をブルブルと震える「ひも」と考える理論をストリング理論、超弦理論、または超ひも理論と呼ぶ。量子力学と一般相対性理論を兼ね備えた究極の統一理論として注目を集め、また現代数学の最先端と触発し合って発展して来ている。

(*4)9次元、6次元

私たちの宇宙では、上下、左右、前後、と物の運動には3つの方向がある。数学ではもっと多くの運動の方向がある空間を考えることが出来る。こうした空間を多次元空間という。ストリング理論では実は宇宙は9つの次元を持つと予言する。しかし、なぜか、そのうち3次元しか私たちに見えないようになっている。残り6次元がどのような大きさ、形をしているかがストリング理論での難しい問題である。その答えによって私たちの時空の性質が変わって来てしまうので、非常に重要な問題である。


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