宇宙のレンズが裏付ける予想より速い宇宙の膨張

2017年1月27日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
 

ドイツのマックス・プランク物理学研究所等に所属する Sherry Suyu 率いる 国際研究チーム H0LiCOW (ホーリー・カウ)  はハッブル宇宙望遠鏡やハワイのすばる望遠鏡など複数の望遠鏡を用いて強い重力レンズ効果を引き起こしている5つの銀河を観測し、宇宙の膨張率の値であるハッブル定数を従来の方法とは独立に調べました。この研究チームには、Kavli IPMU の Alessandro Sonnenfeld (アレクサンドロ・ソネンフェルド) 特任研究員も参加しています。

その結果、これまで行われてきた超新星やセファイド型変光星の観測で得られたハッブル定数の値と極めてよく一致していました。しかし、プランク衛星による宇宙背景放射の観測で得られた宇宙初期の観測に基づくハッブル定数の値とは一致しませんでした。この不一致は非常に興味深い問題です。

プランク衛星で確かめられたハッブル定数の値は、現在の標準的な宇宙論モデルから期待される値とよく合っていますが、今回のような局所宇宙のさまざまな観測から求めた値とは一致していません。チームを率いる Sherry Suyu は「高い精度を持った異なる方法で宇宙の膨張率を測ろうという取組みが始まっています。高精度の異なる方法により、現在の我々の宇宙に対する理解を超える新しい物理がこの矛盾から示される可能性があります」と述べています。

今回対象としたのは、地球ととても離れたところにあるクェーサーとの間に位置する大質量の銀河でした。より遠くのクェーサーからの光は強い重力レンズ効果を引き起こすような大質量銀河の周囲で曲げられます。これにより、背景のクェーサーが複数の像に分かれたりアーク状に引き伸ばされた像が作り出されます。

しかし、レンズとなる銀河は完全に球形の歪みを生み出すことはできず、レンズ銀河とクェーサーが完全に一直線に並んではいないために、背景のクェーサーの複数の像からの光は、わずかに異なる距離の経路を辿ります。クェーサーの輝きは時間によって変化するので、天文学者たちは、異なる像が異なる時刻に明滅する様子を見ることができますが、その時間の遅れは光がやってくる経路の長さに依存します。この遅れは、ハッブル定数の値と直接的に関係しており、ハッブル定数を測る最もシンプルで直接的な方法です。こうして、研究チームは複数の像の間での時間的遅れを正確に測ることで、高い精度でハッブル定数を確かめることができたのです。

Kavli IPMU の Alessandro Sonnenfeld 特任研究員は今回の研究について「重力レンズ効果を受けたクェーサーの画像間での光の時間の遅れからハッブル定数を調べるアイディアは50年以上前頃からありました。しかし、そういった測定が可能となったのはほんの最近のことです。今回の結果を示すにあたりコラボレーションのメンバーにはとても感謝しています。次の目標は解析に使う重力レンズの数を増やすことです。すばる望遠鏡は新しい重力レンズを見つけるのに重要な役割を果たすことになるでしょう」と述べています。

詳しくはハッブル宇宙望遠鏡のプレスリリースをご覧ください。(英語)

国立天文台のハワイ観測所からは、すばる望遠鏡はじめマウナケア山の望遠鏡群が本研究で果たした役割に言及した内容のプレスリリースを出しています。(英語)
 

本研究は一連の論文として英国王立天文学会 (RAS) 発行の論文誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS)  に掲載されました。(※IからIIIの論文も近く MNRAS に掲載予定です)

下記 URL より論文をご覧いただけます。
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"H0LiCOW I. H0 Lenses in COSMOGRAIL’s Wellspring: Program Overview", by
Suyu et al.,
https://arxiv.org/abs/1607.00017
https://www.spacetelescope.org/static/archives/releases/science_papers/heic1702a.pdf

"H0LiCOW II. Spectroscopic survey and galaxy-group identification of the strong gravitational lens system HE 0435-1223", by Sluse et al.,
https://arxiv.org/pdf/1607.00382v1.pdf
https://www.spacetelescope.org/static/archives/releases/science_papers/heic1702b.pdf

"H0LiCOW III. Quantifying the effect of mass along the line of sight to the
gravitational lens HE 0435-1223 through weighted galaxy counts", by Rusu et al.,
https://arxiv.org/abs/1607.01047
https://www.spacetelescope.org/static/archives/releases/science_papers/heic1702c.pdf

"H0LiCOW IV. Lens mass model of HE 0435-1223 and blind measurement of its
time-delay distance for cosmology", by Wong et al.
https://arxiv.org/abs/1607.01403
http://www.spacetelescope.org/static/archives/releases/science_papers/heic1702d.pdf
http://doi.org/10.1093/mnras/stw3077

"H0LiCOW V. New COSMOGRAIL time delays of HE 0435-1223: H0 to 3.8%
precision from strong lensing in a flat ΛCDM model", by Bonvin et al.
http://www.spacetelescope.org/static/archives/releases/science_papers/heic1702e.pdf
http://doi.org/10.1093/mnras/stw3006

"H0LiCOW VI. Testing the fidelity of lensed quasar host galaxy reconstruction" by Ding et al.
https://arxiv.org/abs/1610.08504
http://doi.org/10.1093/mnras/stw3078
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関連リンク
H0LiCOW グループのページ
http://shsuyu.github.io/H0LiCOW/site/

問い合せ先:
研究内容について
Alessandro Sonnenfeld(アレクサンドロ・ソネンフェルド) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
E-mail: alessandro.sonnenfeld _at_ ipmu.jp Tel: 04-7136-6536
*_at_を@に変更してください

報道対応
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp Tel: 04-7136-5977
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