原始銀河のライフサイクルを研究する「タイムマシン」シミュレーションを作成

2022年6月6日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)Metin Ata (メティン・アタ)特任研究員とKhee-Gan Lee(キーガン・リー) 特任講師を中心とする国際研究チームは、110億年前の宇宙で観測された最大の銀河の集合体の一生を再現するシミュレーションを初めて行いました。

研究チームは、これまでの宇宙シミュレーションが簡単なモデルによるもので実際の観測データに基づくものではなかったので、観測データに基づくシミュレーションを行い、宇宙の大規模構造がどのように進化していくのかを調べました。特に高赤方偏移(注1)で観測される原始銀河団が、実際に現在の宇宙で観測されている銀河団に成長するのか、あるいはフィラメントなど別の構造に進化していくのかをシミュレーションによって研究しました。

本研究成果は、天文学専門誌ネイチャー・アストロノミー(Nature Astronomy)に6月2日付けで掲載されました。

2. 発表内容
【背景】
宇宙の大規模構造がどのようにして形成されてきたのか、すなわち宇宙極初期の微小な物質分布のゆらぎから始まり、現在観測されている複雑なコズミック・ウェブにまで進化してきた過程を理解することは宇宙物理で極めて重要かつ野心的な課題の一つです。
宇宙論的数値シミュレーションは宇宙の構造がどのようにして今日のような姿になったかを研究するための強力な手法ですが、大部分のシミュレーションは、実際に観測される宇宙を再現するものではなく、観測データを統計的に説明するために使われています。一方、本研究で用いた「制約条件付き」シミュレーションは、私たちが実際の観測で見る宇宙の構造を再現することを可能にする全く新しい手法です。しかし、先行研究の同様の手法のシミュレーションは、近傍の宇宙の構造に適用されたものだけで、遠方宇宙のデータ、つまり昔の宇宙の姿に適用したものはありませんでした。

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)Metin Ata (メティン・アタ)特任研究員とKhee-Gan Lee(キーガン・リー) 特任講師を中心とする研究チームは、現宇宙における宇宙最大の自己重力系天体である銀河団の祖先にあたる、遠方宇宙に存在する巨大な原始銀河団に着目しました。これまでの原始銀河団の研究は、簡単なモデルに基づくものばかりでした。アタ氏は「これに対して、我々研究チームは、遠方宇宙の実際のデータに基づき制約条件付きシミュレーションを実行し、観測されている宇宙の構造が、どのような初期宇宙のゆらぎから始まり、また観測された時間からどのように進化していくのか、を全て調べたのです。」と語っています。このシミュレーションをCOSTCO(コストコ=COSMOSフィールドの制約条件付きシミュレーション)と名付けました。

リー氏は、「このシミュレーションの開発は、タイムマシンを作るのに似ています。遠い彼方の銀河が発した光はようやく地球に今到着するので、望遠鏡で見えている姿は銀河の過去のスナップショットなのです。つまり、祖父の昔の若い頃の白黒写真を見つけてきて、その若者の生涯を予想し、記録したビデオを作るようなものです。」と語っています。
つまり、研究者たちは望遠鏡で撮った銀河の「若かりし頃」のスナップショットの写真を手がかりに、それを早送りすることで、その後、それらの銀河がどのように進化し、実際に銀河団に成長したかを明らかにしました。 

この研究で最もチャレンジングだったことは、原始銀河団の周辺の大規模構造からの重力の影響を考慮することでした。

アタ氏は「その構造が孤立しているのか、あるいは周辺の大規模構造から影響を受けているのかは、その構造がどのように進化するかを左右する重要なポイントです。例えば、周辺の大規模構造の影響を正しく考慮しないと、得られる結果は全く異なるものになってしまいます。私たちは、周辺の大規模構造の影響を正しく取り入れて、制約条件付きシミュレーションを実行することに成功したので、得られた結果がより信頼できるものになっています。」と語っています。

このようなシミュレーションのもう一つの重要な役割は、宇宙の物理を記述するのに使われている宇宙論の標準モデルを検証することです。シミュレーションによってある空間の構造の最終的な質量と分布を予測することで、これまで見えてこなかった現在の宇宙についての理解とのズレを明らかにすることができるからです。

【研究手法・成果】
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)Metin Ata (メティン・アタ)特任研究員とKhee-Gan Lee(キーガン・リー) 特任講師を中心とする国際研究チームは、研究者達は「COSMOSフィールド」と呼ばれるろくぶんぎ座方向にある110億年の旅をして地球にたどり着いた観測データを用いました。この観測データを使い、観測されている z=2.3 付近を制約条件にして z=100 の宇宙最初期から z=0の現在に至る進化の過程のシミュレーションを行いました。研究者達は、このシミュレーションを「COSMOSフィールドでの制約条件つきシミュレーション COSTCO(COnstrained Simulation of The COSMOS Field)」と呼んでいます。 このシミュレーションにより、これまでの研究でこの領域に観測されていた原始銀河団のうち3つが、現在までに実際に銀河団に成長する確率が高いことが確認できました。なかでも“Hyperion(ハイペリオン)”(注2)と呼ばれる超原始銀河団は、我々の住む天の川銀河の約5000倍もの質量を持ちますが、現在まで進化したときに約100Mpcにも及ぶ巨大なフィラメント構造に進化することを見つけました。さらに、他の方法では検出の難しい、質量がより軽い新たな原始銀河団を5つ検出できました。そのため、この観測領域で発見された原始銀河団の数はおよそ2倍になりました。

【波及効果、今後の予定】
この研究で用いられた制約条件付きシミュレーションの方法は、今後得られる広範囲の詳細な高赤方偏移のデータを使うことで、初期の宇宙の大規模構造の形成についての研究や、高赤方偏移と低赤方偏移との間での銀河の性質の比較について大きな貢献をすると期待されます。

現在のところ「COSMOSフィールド」以外にはこのシミュレーションに使える観測領域はありませんが、今後数年のうちにすばる主焦点多天体分光器(PFS)やVLT-MOONSのような8m級の望遠鏡に搭載された広視野のファイバー分光器によって、この研究で用いた「COSMOSフィールド」のデータの10倍以上の広範囲の高赤方偏移のデータが得られると期待され、そのデータを制約条件として使ってシミュレーションを行うことで銀河団の形成とその進化をより効率的に解明できると期待されます。また、このシミュレーションでより軽い原始銀河団の検出が進むことで、銀河団などの構造の進化・形成とΛCDMモデルの予言との整合性のチェックも可能になります。

このシミュレーション手法は、すでに銀河の宇宙環境や遠方のクエーサーの吸収線の研究などの他のプロジェクトでも使われています。

3.用語解説
(注1)赤方偏移
1929年エドウィン・ハッブルは、銀河までの距離とそのスペクトルを調べ、ほとんど全ての銀河のスペクトルに赤方偏移が見られること、赤方偏移の量は遠方の銀河ほど大きいことを発見した。銀河を出た光が地球に届くまでの間に空間自体が伸びて波長が引き伸ばされるためであると解釈でき、宇宙が膨張していることを示すと考えられている。最も赤方偏移 z が大きく、最も遠方にあると考えられる天体について、ごく最近、東京大学宇宙線研究所・播金氏らによる国際研究グループにより z=13.27 の赤方偏移を持つ天体の観測が報告されていて、今後、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による確認観測が待たれている。現在宇宙からは、絶対温度約 3K の黒体放射に相当する放射があらゆる方向から観測される(宇宙背景放射)。宇宙初期の高温状態のプラズマから発せられた熱放射が、ビッグバン後の急激な宇宙の膨張によって波長が引き伸ばされて赤方偏移を受け、現在観測されるようなマイクロ波として観測されている。現在知られている最大の赤方偏移で z = 1089 (約138.12億光年)である。

(注2)Hyperion(ハイペリオン)
ビッグバンから23億年後、現在から約115億年前という初期宇宙に発見された無数の銀河が集まった巨大な原始超銀河団。ろくぶんぎ座方向のCOSMOSフィールドに位置している。
宇宙誕生後の非常に早い時期に巨大規模で形成されていた点が特徴で、宇宙がたどってきた膨大な時間を探る手掛かりとなる可能性がある。
その巨大さからギリシャ神話の巨人「ハイペリオン」と名付けられ、質量は太陽系を含む天の川銀河の約5000倍ある。
ハイペリオンは非常に複雑な構造を持ち、その内部には銀河のフィラメントでつながった密度の高い領域が存在する。

4. 発表雑誌
雑誌名: Nature Astronomy
論文タイトル: Predicted future fate of COSMOS galaxy protoclusters over 11 Gyr with constrained simulations 
著者: Metin Ata (1), Khee-Gan Lee (1), Claudio Dalla Vecchia (2,3), Francisco-Shu Kitaura (2,3), Olga Cucciati (4), Brian C. Lemaux (5,6), Daichi Kashino (7) and Thomas Müller (8)
著者所属: 
1  Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan. 
2  Instituto de Astrofísica de Canarias, s/n, E-38205, La Laguna, Tenerife, Spain.
3. Departamento de Astrofísica, Universidad de La Laguna, E-38206, La Laguna, Tenerife, Spain.
4  INAF - Osservatorio di Astrofisica e Scienza dello Spazio di Bologna, via Gobetti 93/3, 40129 Bologna, Italy. 
5  Gemini Observatory, NSF’s NOIRLab, 670 N. A’ohoku Place, Hilo, Hawai’i, 96720, USA.
6  Department of Physics and Astronomy, University of California, Davis, One Shields Ave., Davis, CA 95616, USA. 
7  Institute for Advanced Research, Nagoya University, Furocho, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8601, Japan
8  Max Planck Institute for Astronomy, Königstuhl 17, D-69117 Heidelberg, Germany.

DOI:10.1038/s41550-022-01693-0(2022年6月2日発行)
論文アブストラクト(Nature astronomyのページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
 

5. 問い合わせ先
(研究内容について)
研究連絡先
Metin Ata(メティン・アタ)[英語での対応]
東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
電子メール: metin.ata_at_ipmu.jp
* at_を@に変更してください。

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930