世界初!銀河形状の解析から初期宇宙を検証

2023年12月21日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

1.発表概要

マックス・プランク天体物理学研究所の栗田智貴(くりた としき)博士研究員(2023年9月まで東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)大学院生及び特任研究員)とKavli IPMU の高田昌広(たかだ まさひろ)教授は、現在世界最大規模の銀河サーベイであるスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)から得られた約100万個の銀河の空間分布(分光データ)及び個々の銀河形状(撮像データ)を同時に解析することで、宇宙全体の構造形成の種となった「原始ゆらぎ」に関する重要な統計的性質を制限することに成功しました。銀河形状の観測データを用いて初期宇宙の性質を探る研究は、本研究が世界で初めてのものであり、今後の次世代銀河サーベイで得られる高品質なデータを活用し、さらなる精密探査が期待されます。

本研究は、米国物理学会のフィジカル・レビュー・D(Physical Reveiw D)誌に2023年10月31日付で掲載されました。また、Physical Review D誌よりEditors’ Suggestion(注目論文)に選出されました。Editors’ Suggestionは編集者によって、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文に対して与えられる評価です。


2.発表内容
【研究の背景】
< 背景1. 初期宇宙の物理と原始ゆらぎ>
現在、宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background; CMB, 注1)や宇宙の大規模構造(Large-Scale Structure; LSS, 注2)の精密観測・解析によって、宇宙の主要なエネルギー成分として冷たいダークマター(Cold Dark Matter; CDM)とダークエネルギー(Cosmological Constant; Λ)の二つを持つ「ΛCDM(ラムダシーディーエム)模型」が標準宇宙理論として確立しています。

このΛCDM模型における構造形成シナリオでは、インフレーション期と呼ばれる初期宇宙の急加速膨張期に、「原始ゆらぎ」と呼ばれる宇宙のあらゆる構造(星や銀河、銀河団、またそれらの宇宙全体に広がる空間分布など)の種が生成されたと考えられています。
原始ゆらぎの性質は、初期宇宙の物理の詳細によって決定されます。例えば、最も標準的なインフレーションモデルである「単一場インフレーション」によって生成される原始ゆらぎは、正規分布(ガウス分布)に非常に近い統計性を持つことが予言されます。

従って、原始ゆらぎのガウス分布からの「ずれ」(原始非ガウス性)の探索は、現在の標準宇宙理論に対する重要なテストになります。もし実際の宇宙の観測データから有意な水準で原始非ガウス性が検出されれば、初期宇宙における原始ゆらぎの生成プロセスについての理解が飛躍的に進展し、「この宇宙はどのようにして始まったのか?」という根源的な疑問を解き明かすことに繋がると期待されています。
 

fig1
図1:宇宙の大規模構造の観測によって得られる画像の例(Credit: Princeton University / HSC Project)
黄〜赤色で示されている多数の天体は全て、私たちから何億光年も遠く離れた銀河を示す。様々な色や形をしている銀河が、広大な宇宙空間に数えきれないほど多く存在していることがわかる。このような銀河の空間分布や形状の向きが、完全に(一様かつ等方な)ランダム分布ではなく、インフレーションを含む標準宇宙理論から予言される統計的な相関を示すことが明らかになってきている。


<背景2. 原始ゆらぎと銀河>
原始ゆらぎは、生成直後は非常に小さいものですが、重力不安定によって増幅され、非一様性を成長させていきます。つまり、より小さな領域のゆらぎが重力の引力で成長し、ダークマターが密集した塊(ハロー)の領域を作り、ハローが何度も衝突・合体を繰り返すことで、ハローのなかで星・銀河などの天体が形成されてきたと考えられてます。宇宙の至るところでそのような銀河形成が起きることによって、最終的に現在観測されているような宇宙の大規模構造(銀河の空間分布)が作られます。

銀河の空間分布の性質には、その種となった原始ゆらぎの性質が色濃く刻まれているため、銀河分布を統計解析することによって原始ゆらぎの性質の探査を行う研究がこれまで盛んに行われてきました。

一方、上記のような構造形成過程では、銀河は周囲の重力場との相互作用をしながら形成されていくため、それぞれの銀河の持つ特徴にも重力を介した統計的な相関が現れます。特に、個々の銀河の形状(形や向き)が、周囲の潮汐力場と相関を持つ(揃う)ことから、宇宙広域に分布する銀河の形状パターンにも、背後にある原始ゆらぎの性質が反映されることが明らかになってきました(図1)。

従来の大規模構造の解析では、銀河の「点」としての空間分布のみに着目していましたが、同時にそれらの「形状」という新しい観測量に着目することは、単なる付加的な情報を与えるだけでなく、従来では探査できなかった初期宇宙の物理への独立な指標にもなるため、近年注目され始めています(図2)。
 

図2:宇宙の原始ゆらぎの統計性を視覚化した例。(Credit:Toshiki Kurita and Masahiro Takada)
中央列の図(上段・下段ともに共通)は、基準となるガウス分布のゆらぎを示している。色のグラデーション(青色〜黄色)は、その場所でのゆらぎの値(負〜正、つまり低〜高密度領域)に対応する。左右の列の図は、ガウス分布から少しずれたゆらぎ、すなわち「非ガウス性」を持つゆらぎを示している。括弧の中の符号は、ガウス性からのずれの符号を表し、左列が負(ー)のずれ、右列が正(+)のずれに対応する。

図の上段は「等方」な非ガウス性の例を示す。中央のガウスゆらぎに比べて、左図では大きな負(暗い青色)の領域が増えている一方で、右図では大きな正(明るい黄色)の領域が増えていることがわかる。このような「等方」な非ガウス性に対しては、観測された銀河の空間分布を用いて探索できることが知られています。

下段は「非等方」な非ガウス性の例を示す。上段の「等方」な場合に比べて、全体的な明暗は中央図のガウスゆらぎから変わらないものの、それぞれの領域の「形状」が変化していることがわかる。例えばゆらぎが正の場所(黄色領域)に注目すると、左図では丸みを帯びた構造に変化するのに対し、右図では細く尖った構造に変化することがわかる。このような「非等方」な非ガウス性に対しては、観測された銀河の形状を用いて探索できることが知られている。


【研究手法と成果】
本研究グループは、銀河の空間分布(分光データ)及び個々の銀河形状(撮像データ)を組み合わせることで、銀河の形状パターンに含まれる主要な統計的情報を抽出する「銀河形状パワースペクトル」を測定する手法を開発しました。さらにその手法を実際にSDSSから得られた約100万個の銀河に適用することで、銀河形状パワースペクトルの測定を行いました。

その結果、1億光年以上離れた空間に位置する二つの銀河の形状に相関が見られました。つまり、これらの銀河の向きが統計的に有意に揃っていることが検出されました(図3)。この驚くべき発見は、形成過程が見かけ上独立であり因果関係がないように見える遠い銀河の間に相関が存在することを示しています。これは、インフレーション理論が予言する相関を示すものであり、銀河の形状を通してその予測が確認されたことを意味します。さらに、この相関を詳細に調査した結果、最も標準的なインフレーションが予言する相関と矛盾しない、つまり原始ゆらぎの非ガウス性を示さないことが確認できました。今回の研究により、銀河形状で測定可能な原始非ガウス性について、世界で初めて観測的な検証が行われました。
 

図3:離れた二つの銀河の相関を示す図。(Credit:Toshiki Kurita and Masahiro Takada)
青色の点(とその誤差棒)は、実際のデータから測定した「銀河形状パワースペクトル」の値。縦軸は離れた二つの銀河形状の相関の強さ、つまり形の向きの揃い具合に対応する。横軸は離れた二つの銀河間の距離を表し、左に行けば行くほど距離がより離れた銀河同士の相関を表す。灰色の点は、非物理的な見かけの相関(観測や測定、解析などが不完全である場合に生じる可能性があるもの)を示す。この値が期待通り誤差内で零であることは、青色の測定点が確かに宇宙物理由来のシグナルであることを確証づけている。
黒色の曲線は、最も標準的なインフレーションモデルによる理論曲線であり、実際のデータ点とよく合致することがわかる。つまり、宇宙初期の原始ゆらぎがガウス分布に非常に近い分布に従っていた場合と整合する。


【今後の展望】
本研究の手法、結果は、銀河の空間的な分布だけでなく、銀河の形状を用いた新しい測定手法、またそれを用いて宇宙理論やインフレーションの予言を検証する手法を与えます。Kavli IPMUが主導する、すばる超広視野多天体分光器(Prime Focus Spectrograph;PFS)をはじめとした将来の大規模かつ高精度の宇宙観測データを用いて、本研究で開発した手法によりインフレーションの物理に迫ることができると期待されます。


コメント:

栗田:今回の研究では、宇宙の大規模な観測データから得られた多数の銀河の「形」を統計解析し、初期宇宙の性質に制約を課すことができました。銀河の形状を用いて初期宇宙の物理を探る研究は先例がほとんどなく、アイデアの構築や具体的な手法の開発、実際のデータ解析に至る一連の研究過程は試行錯誤の連続でした。そのため、多くの困難に直面しましたが、博士課程の間にそれらをやり遂げることができて嬉しく思っています。この成果は、「銀河の形状を用いた宇宙論」という新たな研究分野を切り拓く第一歩となると考えています。


高田:今回の研究は Kavli IPMUで研究活動を行ってきた栗田さんの博士論文の研究成果です。銀河形状、銀河の分布を用いた宇宙理論を検証する手法を開発して、データに適用し、さらにインフレーションの物理を検証した、という素晴らしい研究成果です。誰もやったことのない研究テーマでしたが、大学院生でありながら、「理論」、「測定」、「検証」という3つのステップを全てやってしまいました(おめでとう!)。残念ながらインフレーションの物理の検出という大発見には至りませんでしたが、将来の研究に道筋を立てました。すばるPFSでもさらなる研究の分野の開拓が期待できます。

 

3.用語解説
注1) 宇宙マイクロ波背景放射
ビッグバンから約38万年後に宇宙全体で放出された最古の光。波長はその後の宇宙膨張とともに長くなり、今日ではマイクロ波となっている。どの方角からもほぼ同じ強さで到来している。

注2) 宇宙の大規模構造
宇宙の銀河の分布が示す非一様な構造。銀河がほとんど存在しない「ボイド」と呼ばれる領域や銀河が多く集まる「フィラメント構造」が存在する。宇宙の質量の大半を占めるダークマターも同様の分布をしており、宇宙初期の非常に小さな密度揺らぎが重力相互作用によって増大して宇宙大規模構造を形成すると考えられている。

 


4. 発表雑誌
雑誌名:Physical Review D
論文タイトル:Constraints on anisotropic primordial non-Gaussianity from intrinsic alignments of SDSS-III BOSS galaxies
著者:Toshiki Kurita (1, 2) and Masahiro Takada (1)
著者所属:
1 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study (UTIAS), The University of Tokyo, Chiba 277-8583, Japan
2 Department of Physics, Graduate School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

DOI : https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.083533  (2023年10月31日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review D のページ)
プレプリント (arXiv.org のページ)
 


5. 問い合せ先
(研究内容について)
栗田 智貴 (くりた としき)
マックス・プランク天体物理学研究所 博士研究員
E-mail : ktosh_at_mpa-garching.mpg.de
*_at_を@に変更してください

高田 昌広 (たかだ まさひろ) 
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 教授
E-mail: masahiro.takada_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 
小森 真里奈
E-mail:press_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください