標準理論を越える理論

クォーク、レプトン、ベクトルボゾンを構成要素として3つの異なる力を記述する量子場理論がこれまでに得られたすべての実験データをほぼ説明できるように見える。しかし、ベクトルボゾンのうちの弱い力(原子核のベータ崩壊を引き起こす)を仲介するものは質量を持つことが知られている。この仲間には3つがあってW、W、Zボゾン、あるいはまとめてウィークボゾンと呼ばれる。量子場理論の整合性を考慮すると、これらのベクトルボゾンが質量が持つにはなんらかの理由が必要であると考えられる。どのようにしてこれらの質量が現れるかはまだ実験的に検証されていない。

標準理論と呼ばれる理論はウィークボゾンがどのようにして質量を得るかの簡単な理論的アイディアを与える。それによれば、これらの質量はヒッグズボゾンと呼ばれる新しいスカラー場の量子凝縮によって起こる。このヒッグズボゾンは標準理論でただひとつまだ見つかっていない粒子で、もしウィークボゾンの質量が標準理論どおりなら、近い将来実験で発見されるだろう。

これで話は終わりだろうか?そうかもしれない。しかし多分そうではないだろう。次のような疑問を持ってみよう。

  • ウィークボゾンは標準理論の中でただひとつのスカラー場;標準理論に出てくる他のすべての力学的自由度はフェルミ粒子かベクトル場である。なぜ標準理論はスカラー場ひとつ、あるいはたったひとつ持つのか?その凝縮はどのように起こるのか?
  • ニュートン常数GN≃6.7x10−11m3kg/s2はエネルギースケール1/sqrt(GNh/2πc3)∼1019GeVに相当する。どうしてこのエネルギースケールとボゾン質量(102GeV程度)の間には1017というものすごい違いがあるのか?量子補正を受けるにも拘わらず、どうしてボゾン質量がこのように小さい値を取れるのか?

これらの疑問を理論的に解決するために標準理論を越えるさまざまな模型が構築され、よりよい解決に向けた努力は今でも続いている。具体的な模型を構築してこれまでのデータすべてと一致するかどうか調べ、将来の実験に現れる信号を予言し、その模型を確立するために必要な実験を提案するのである。

標準理論の疑問点はウィークボゾン質量の起源だけではない。宇宙の大部分が暗黒物質と暗黒エネルギーからなることが知られている。暗黒物質が標準理論に現れる通常の物質であるとは非常に考えづらい。

これが標準理論を拡張するもうひとつの動機である。我々の宇宙は初期のインフレーションで急膨張し、スカラー場の量子的ゆらぎが初期宇宙の密度のばらつきを作り出し、そこからやがて銀河や銀河団が生まれたと考えられる。標準理論を拡張して、自由度をもうひとつ増やしてみては、と考えてみたくなる。インフレーション、原始的な密度のばらつき、あるいは暗黒物質といったような宇宙論的問題が標準理論拡張を促すのである。そして量子場の理論がこのための適切な枠組みを与えると思われる。

最近報告された高エネルギー宇宙線フラックスの過剰やミューオン磁気モーメントの標準理論からのずれや、その他の標準理論と合わない事象も標準理論を越える物理の存在を示唆しているのかも知れない。これらの現象の理論的説明をしていかなければならない。

さらに次のような問題にも向きあわなければならない。標準理論はおよそ30個のパラメターを持った量子場の理論で、その値はすべて実験から決められるにすぎない。これらの値を標準理論を含んだ理論的枠組みから理論的に決めることは可能だろうか?

初期宇宙の熱過程の歴史は、少なくとも数MeVまでの時期までは、標準理論によって非常にうまく記述されるが、それでも宇宙の初期条件としていくつかのパラメターを必要とする。バリオン非対称、密度コントラストの基準値、暗黒物質の量がこのパラメターに含まれる。これらの初期条件はどのようにして決まったのだろう?標準理論の拡張なしにはこのような疑問にも答えることができない。

グループメンバー

専門外の方への予備知識

kBch/2πを1にしてしまうと、(距離)=(エネルギー)-1だけが物理的次元として残る。自然界の基本的物理法則はこれまでに10-3フェルミ=10-8オングストロームの小ささの距離まで探索されている。これは102GeV=1011eVエネルギースケールに相当する。これより小さい距離で起こっていることに関して確かなことはなにもわかっていない。