人工知能が見つけた、最初の星はひとりではなかった

2023年3月23日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
国立天文台(NAOJ)
 


1.発表概要
  東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の客員科学研究員 (Tilman Hartwig、石垣美歩、小林千晶、富永望、野本憲一)の研究チームは、超新星の元素合成の理論計算を使って、低金属量の星々の化学組成から初代星の物理的特性を解析する人口知能アルゴリズムを開発しました。
具体的には超新星の元素合成理論でありうる化学組成比をすべて使って10個のサポートベクターマシーンの集合体を学習させました。それを用いて太陽系近傍の450以上の低金属量の星の化学組成を解析したところ、サンプルの68%の星々は複数の超新星の影響を受けていることがわかりました。
本研究で開発された手法を、将来すばる望遠鏡Prime Focus Spectrograph(注1)等で見つかる銀河系で最古の星々の観測データに適用することで、宇宙で最初の星「初代星」の正体を明らかにすることができます。この結果は3月22日発行のAstrophysical Journalで報告されました。



2.発表内容
【背景】
我々は星のかけら、人の体を構成する酸素や炭素といった重元素は星で生成されたと原子核宇宙物理でいわれています。したがって宇宙で最初に生まれた星「初代星」には酸素や炭素いった元素は存在しません。その次に生まれた星には重元素(天文学ではまとめて「金属」と呼ばれます)がごくわずか存在し、そういった低金属量の星々は我々の銀河系でも観測され、初代星の謎に迫る重要な鍵として着目されています。
宇宙で最初に誕生した星は「初代星」と呼ばれています。ビッグバンで宇宙が誕生してから初代星の誕生までは、今日我々の身近にある元素のほとんどは存在しませんでした。というのも、水素、ヘリウムより重い元素のほとんどは、恒星の一生とともにその内部で進む核融合反応によって作られるからです。初代星の誕生により、水素やヘリウムから、炭素や酸素などの元素が初めて合成され、星の最期に起こる超新星爆発によって、鉄などのより重い元素とともに星間空間にばら撒かれました。こうして初代星が供給した元素によって、次の世代の星や銀河ができる土台が作られたのです。
初代星の性質は謎に包まれています。現在のところどのような観測装置を使っても、初代星を直接観測することはできていません。唯一の観測的な手がかりとなっているのが、天の川銀河に生き残る古い星々です。特に金属元素をごくわずかにしか含まない星「超金属欠乏星」は、初代星の作った元素しか含まないガスからできたと考えられており、
その元素の組成を調べると、元素を作った初代星の質量や超新星爆発について手がかりが得られます。

【研究手法・成果】
東京大学、国立天文台、ハートフォードシャー大学(英国)に所属するカブリ数物連携宇宙機構の客員科学研究員からなるチームは、機械学習を用いて、超金属欠乏星の元素組成データから未知の初代星の性質を解明する新しい手法を開発しました。チームは初代星の単独、あるいは複数の超新星爆発で汚染された場合の元素組成パターンの理論予測を教師データとして、およそ450もの超金属欠乏星の元素組成データを機械学習で分類しました。その結果、それらの星のおよそ68%は、複数の初代星から放出された元素による汚染によって説明できることを示しました。これは初代星が複数同時にまとめて生まれたかどうかという「マルチプリシティ」について初めての定量的な制限となります。
本論文の主著者である東京大学知の物理学研究センターのTilman Hartwig助教は「初代星の『マルチプリシティ』は数値計算で予測されていましたが、観測的に検証する方法はこれまでありませんでした。我々の研究結果は、初代星が小さな星団で生まれ、複数の超新星が初期の星間空間の化学進化に影響していることを示唆します。」と言います。ハートフォードシャー大学の小林千晶教授は「今回我々の開発したアルゴリズムにより、来る大容量天文データを解析するための新たな手法が得られました。人工知能による天文データの解析はごく最近に世界的にも盛んになってきていますが、銀河考古学に応用されたのは初めてです。」と言います。国立天文台の石垣美歩助教は、「これまでに詳細な元素組成が調べられているのは、太陽系のごく近傍の星々に限られています。すばる望遠鏡に搭載されるPrime Focus Spectrograph (PFS)は最先端の多天体分光器で、来年から大規模な天文サーベイが始まります。天の川銀河の外縁やアンドロメダ銀河などこれまでの望遠鏡では届かなかった遠方の星々の運動や化学組成を観測することができます。」と言います。
小林千晶教授は「初代星の形成理論によると、初代星が太陽の十数倍も重い星であることが予測されています。そのような星は太陽の百万倍も重いガス雲の中で誕生したのであろうと考えられてきました。ところが我々の解析によると、宇宙で最初に生まれた星は単独ではなかった、他の星々とともに星団を形成していたか、連星系になっていたか。初代星が近接連星系だった場合は、ビックバン直後の重力波源が今後の衛星や月面での観測で受かるかもしれません」と言います。

【波及効果、今後の予定】
新しいアルゴリズムの開発をリードしたHartwig助教は、誰もが自身の観測データを解釈できるように、アルゴリズムを実行するためのプログラムを一般に公開しています(https://gitlab.com/thartwig/emu-c)。本研究を新しく見つかる超金属欠乏星の観測データに適用することで、未知の初代星と宇宙の始まりに、新たな知見が得られることが期待されます。

 

3.用語解説
(注1)PFS (Prime Focus Spectrograph) 超広視野多天体分光器
PFSは、2022年度に始動した「すばる2」計画の主力装置の一つです。
PFS では、望遠鏡やドームのあちこちに設置された複数のサブシステムが望遠鏡と連携して動作し観測を遂行していきます(図2)。すばる望遠鏡の主焦点の直径1.3度の視野内に約2400本の光ファイバーを搭載し、各々の光ファイバーは、10数ミクロンという精度で観測したい星や銀河へ向けられます。そして、捕らえられた多数の天体からの光は、「青」「赤」「近赤外」3つのカメラからなる分光器システムへ送られ、380ナノメートルから1260ナノメートルの波長範囲に及ぶスペクトルとして一度に分光観測されます。

図1(左から)野本憲一客員上級科学研究員・東大名誉教授、石垣美穂客員准科学研究員、Tilman Hartwig客員准科学研究員、小林千晶客員上級科学研究員、富永望客員上級科学研究員。(Credit: Kavli IPMU, Nozomu Tominaga)
図2 初代星の超新星爆発と、低金属量星のスペクトルから測定される元素の概念図。初代星の超新星爆発(水色、緑、紫の雲)は、ビッグバンでできる水素とヘリウムからなる始原ガスに「重元素」をばら撒きました。もし初代星が単独ではなく、連星あるいは星団として誕生したとすると、それらが最期に起こす超新星爆発で供給される元素は混じり合い、次の世代の星に取り込まれます。次世代の低金属量星のスペクトルには、単独の超新星でできた元素を含むか(赤い星)、あるいは複数の超新星による元素を含むか(青い星)の指標となる、特徴的な元素組成パターンが現れます。当研究チームは、こうしたメカニズムの証拠となる特徴的な元素組成パターンを機械学習によって見つけ出す新しい手法を開発し、多くの初代星が単独で生まれたのではなかったことを明らかにしました。(Credit:Kavli IPMU)
fig3
図3 低金属量星の炭素と鉄の組成。色は、本論文の機械学習アルゴリズムによって計算された「単一の超新星によって汚染された可能性」を示す(赤は単一、青は複数)。破線(炭素と鉄の比([C/Fe] = 0.7)より上の星は炭素過剰金属欠乏星と呼ばれ、単一の超新星によって汚染された可能性が高い。(クレジット:Hartwig et al.)


4. 発表雑誌
雑誌名: The Astrophysical Journal (アストロフィジカル・ジャーナル)
論文タイトル:Machine learning detects multiplicity of the first stars in stellar archaeology data
著者: Tilman Hartwig (1, 2, 3), Miho N. Ishigaki (4, 5, 3), Chiaki Kobayashi (6, 3), Nozomu Tominaga (4, 7, 3) and Ken'ichi Nomoto (3)
著者所属:
1 Institute for Physics of Intelligence, School of Science, The University of Tokyo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan
2 Department of Physics, School of Science, The University of Tokyo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan
3 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
4 National Astronomical Observatory of Japan, Mitaka, Tokyo 181-8588, Japan
5 Astronomical Institute, Tohoku University, 6-3, Aramaki, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
6 Centre for Astrophysics Research, Department of Physics, Astronomy and Mathematics, University of Hertfordshire, Hatfield AL10 9AB, UK
7 Department of Physics, Faculty of Science and Engineering, Konan University, 8-9-1 Okamoto, Kobe, Hyogo 658-8501, Japan

DOI:10.3847/1538-4357/acbcc6(2023年3月22日発行)
論文アブストラクト(The Astrophysical Journal (アストロフィジカル・ジャーナル)のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)  

5. 問い合わせ先
(研究連絡先)
小林千晶(こばやし ちあき)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
客員上級科学研究員
E: c.kobayashi_at_herts.ac.jp
* at_を@に変えてください。

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930

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