宇宙における元素の起源に迫るプログラム「Birth of Elements」が英国財団の研究奨励賞に選出

2021年6月22日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

 

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 客員上級科学研究員を兼ねるハートフォードシャー大学の小林千晶准教授が、英国の Leverhulme Trust (リーヴァーヒューム・トラスト) の研究奨励賞に選ばれました。

Leverhulme Trust は、英国の慈善家であった Leverhulme 卿が研究と教育を支援することを目的として残した財の一部を基盤として、1925年 Leverhulme 卿の死後に設立された財団です。英国で研究支援を行う伝統ある財団として、様々な支援プログラムを実施してきました。今回、小林准教授が選出された Research Fellowship のプログラムでは、毎年自然科学、人文科学、社会学の分野の熟練研究者が研究のみに専念するための資金提供を行なっています。
 

小林准教授はこれまで、野本憲一上級科学研究員はじめ Kavli IPMU の研究者らとともに、銀河系や系外銀河における元素の存在比を調べることにより、超新星の物理や元素の起源、銀河進化を研究してきました。更には、スーパーコンピューターを用いて観測データの再現をすることで宇宙の化学力学進化の予測なども行なっています。小林准教授は、Kavli IPMU を中心とする国際チームが開発を進めている超広視野多天体分光器 PFS (Prime Focus Spectrograph) プロジェクトにも参加しています。

PFS は、すばる望遠鏡に取り付けられる次世代主力観測装置の1つで、2023年からの本格観測運用開始が予定されています。すばる望遠鏡の8.2m 大口径による集光力と主焦点の広視野という特徴に加え、 PFS の約2400本の光ファイバーで同時に沢山の天体からの光を捉え、3種類の分光器を用いて380ナノメートルから1260ナノメートルの波長範囲を一度に分光観測することが出来ます。ダークマターやダークエネルギーの正体解明のほか、近傍から遠方まで多種多様な銀河を観測することで、銀河の形成や進化の歴史に迫ることが期待されています。
 

今後の研究の展望について、小林准教授は、
「宇宙における元素の量を知るには、さまざまな天体の分光観測が必要です。プリズムを通して光を分光すると、原子によって特定の波長に輝線や吸収線が現れるので、その強さから元素の量を測ることができます。これはただ天体の写真を撮る測光観測よりも難しく、多サンプルのサーベイ観測は近年になってようやく可能になりました。それにより銀河系内における元素分布の詳細な観測データが得られ、『元素の物理的な起源』についての理解が進みました。今後は一歩進んで『元素の誕生現場』に迫りたいと考えています。まだ誰も見たことない銀河系の外の星々や、遠方の銀河で元素の分布がどうなっているのか? PFS は、まさにそういった全く新しい観測結果をもたらします。観測サーベイは2023年から数年間続き、PFS 銀河系考古学グループでは、銀河系円盤の外縁、局所銀河群の矮小銀河、そしてアンドロメダ銀河を構成する個々の星々の運動と元素組成を測る予定です。Kavli IPMU の John Silverman (ジョン・シルバーマン) 准教授が主導する PFS 系外銀河進化グループでは、銀河の運動のほかに質量-金属量関係の過去30億年の時間進化を測る予定です。私も両ワーキング・グループの一員として新しい観測結果と私の理論予測を比較するのを楽しみにしています」と述べています。
 

その他、共同研究を行う予定の Kavli IPMU の研究者達は下記のように述べています。

John Silverman Kavli IPMU 准教授
「PFS 系外銀河進化グループが、化学進化の指標となる元素の観測結果と、コンピューターシミュレーションの結果とを比較する際、小林さんが力になってくれると思います。 このような連携により、銀河の内側と外側といった場所の差や銀河の環境の違い応じて、重元素がどのように分布しているのかが更に明らかになっていくでしょう。」

高田昌広 Kavli IPMU 主任研究者
「分光観測から星の元素の存在量を測ることで、地球の化石の発掘のように、過去の天の川銀河で何が起こったのか、その進化史を探ることができます。また、ユウロピウム (Eu)、金 (Au) などは重力波を伴う中性子星の合体でも作られたと考えられています。元素量の組成比の研究から、天の川銀河の歴史で、ブラックホール、中性子星が過去にどのくらい生成されたのかを探ることもでき、今後進展が期待される重力波天文学とも密接に関係します。小林さんの専門知識の助けを借り、PFS 観測で銀河の進化史の理解が進むと期待しています。」

田村直之 Kavli IPMU 特任准教授
「たくさんの星の位置、速度に加え元素組成を精密に測定できれば、まさに銀河の考古学が可能になります。つまり、元素組成を道しるべに、天の川銀河の生い立ちをビデオを巻き戻すがごとく詳しく理解できるようになるのです。一方、遠くの銀河をたくさん観測してその性質を時代ごとに理解していけば、多種多様な銀河種族全体がどのように発現し進化してきたのかを追うことができます。銀河の形成・進化の全貌を理解するには、この2つのアプローチから多角的に知見を獲得することが不可欠です。星と銀河の広域大規模観測を行いどちらの研究においても重要な役割を果たす PFS は、完成までもう一息です。小林さんはじめ楽しみにしている研究者の皆さん、期待して待っていてください。」


本件については、併せて Leverhulme Trust による小林准教授の研究内容紹介の記事についてもご覧下さい。


関連リンク
Birth of elements (Leverhulme Trust の記事, 英語)

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