2026年4月16日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)
1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)の高橋忠幸 (たかはし ただゆき) 特任教授が参加し、中部大学と東北大学を中心とする国際共同研究グループは、高分解能X線検出器を用いて、素粒子のミュオン(注1)を使う核融合(ミュオン触媒核融合:µCF(注2))の反応率を左右するミュオン分子の共鳴状態(注3)を世界で初めて直接観測し、量子力学的な状態ごとの存在比を定量的に決定しました。これまで不明確であった分子生成過程の実像が明らかとなり、長年にわたる理論と実験の不一致を解消しました。ミュオン分子の中では、原子核同士が極めて近距離に閉じ込められることにより、プラズマを用いず常温でも核融合を起こすことができます。本成果は、量子状態を区別して理解できる段階までµCF研究を深化させるとともに、将来的なエネルギー源として期待されるµCFの高効率化に向けた基盤を大きく前進させるものです。
本研究成果は、米科学振興協会(AAAS)が発行する科学誌Scienceの姉妹誌であるScience Advancesに2026年4月15日付 (日本時間4月16日) で掲載されました。
2.発表内容
Kavli IPMUの高橋忠幸特任教授が参加し、中部大学ミュオン理工学研究センターの外山裕一特任助教と岡田信二教授、東北大学大学院理学研究科化学専攻の山下琢磨准教授と木野康志教授らを中心とする国際共同研究グループは、ミュオンを媒介とするµCFの反応率を左右するミュオン分子の共鳴状態を、極低温検出器を用いた高分解能X線分光により世界で初めて直接観測することに成功しました。さらに量子状態ごとの存在比を定量的に同定しました。これまで不明確であったミュオン分子生成過程の実像が明らかとなり、長年にわたる理論と実験の不一致を解消しました。本成果は、量子状態を区別して理解できる段階までµCF研究を深化させるとともに、将来的なエネルギー源として期待されるµCFの高効率化に向けた基盤を大きく前進させるものです。
現在、水素原子核同士を融合させる核融合(フュージョン)の実用化を目指した研究が世界各地で行われています。フュージョン発電は、原理的に暴走事故が起こらず安全性が高いことに加え、燃料となる水素は海水から得られ、発電時に二酸化炭素を排出しないという利点があります。
フュージョンを起こすには、極めて高い温度でプラズマを生成し磁場で閉じ込める方法や、レーザーによって燃料を瞬間的に圧縮して高温・高密度のプラズマを実現する方法が用いられます。これに対しµCFでは、水素分子の中の電子をミュオンに置換し、200分の1程度の小さなミュオン水素分子を作ります。このミュオン分子の中では、原子核同士が極めて近距離に閉じ込められることにより、プラズマを用いず常温でも核融合を起こすことができます。µCFを効率よく起こすためには、ミュオン原子やミュオン分子を速やかに生成することが重要です。しかし、このミュオン分子生成に至る原子・分子の反応過程については、長年にわたり理論と実験の間に不一致があり、ミュオン分子の共鳴状態の役割も未解明でした。
最近の理論研究により、共鳴状態を含む反応経路により、理論と実験の不一致を解決する可能性が、東北大の木野教授と山下准教授らによる精密な理論研究により定量的に示され、共鳴状態の生成を示す特徴的なX線スペクトルが予測されていました。本研究では、従来の半導体検出器に比べて10倍以上優れたエネルギー分解能をもつ超伝導転移端センサー(TES)マイクロカロリメータ(注4)(以下、TES検出器と略記、米国国立標準技術研究所(NIST)により製作)を用いることで、ミュオン分子とミュオン原子に由来するX線成分を分離して検出することに成功しました(図1)。さらに、観測されたスペクトルを高精度理論計算と比較することにより、共鳴状態にある2個の重水素原子核(d)とミュオン(µ)からなるミュオン分子(ddµ*)の振動量子状態を同定し、存在比を定量的に評価することに成功しました。
この定量的同定の結果、これまで考慮されてこなかった共鳴状態を経由する反応経路が、µCFにおいて主要な分子生成過程としての役割を果たしていることを実証しました。さらに、µCFの律速過程であるミュオン分子生成反応を回避し、核融合を起こす状態に直接遷移する「ファストトラック」の存在を示唆する結果も得られました。これらの結果は、理論予測とも整合的であることが確認されました。
本成果は、TES検出器による高分解能X線分光を通じて、µCF研究の根幹に関わる、反応率の理論と実験の不一致という未解決問題を解決し、µCF研究にブレークスルーをもたらしました。ミュオン分子を量子状態レベルで直接観測・同定できる段階に到達したことで、µCF研究は、不明確な理論モデルに依存した段階から、量子状態に基づく反応過程を精密実験により検証できる新たな段階へと大きく前進しました。
今後は、本手法を重水素と三重水素の混合系など、より高効率な反応系へと展開することで、µCFの反応サイクルの全体像の解明や、エネルギー生産への応用に向けた研究のさらなる進展が期待されます。
本成果は、科学技術振興機構(JST)が推進する内閣府のムーンショット型研究開発事業(目標10)(注5)のもとで推進される高効率ミュオン触媒核融合の実現に向けた研究において、今後の展開を方向づける重要な科学的基盤を構成するものです。また、Kavli IPMU の高橋特任教授が領域代表者を務めていた文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究 (2018–2022)「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。(https://member.ipmu.jp/SpaceTech_to_QuantumBeam/index.html)」の発展として生み出された成果です。
本研究で確立した高分解能X線分光技術と、共鳴状態の物理学的役割を明らかにした知見により、µCF高効率化に向けた研究戦略に明確な指針を与えるとともに、「革新的ミュオン触媒フュージョン技術の社会実装」に向けた研究開発を一層加速することが期待されます。
3. 用語解説
(注1) ミュオン
ミュオンは電子とよく似た性質を持ち、電子と同じ負の電荷に加えて電子の約207倍の質量をもつ。寿命は約2.2 µs(マイクロ秒、100万分の1秒)と短く、最終的に電子などに崩壊する。
(注2) ミュオン触媒核融合(Muon Catalyzed Fusion: µCF)
ミュオンが電子の代わりに水素の同位体(重水素など)と結びつき、「ミュオン分子」と呼ばれる風変わりな分子を生成する。この分子では、ミュオンが電子よりも約207倍重いことにより、原子核同士が非常に近づく。その結果、太陽のような高温のプラズマを作らなくても核融合が起こる。さらに、反応後にミュオンは再び放出され、その寿命が続く限り何度も核融合を繰り返し引き起こすため、「触媒」として働く。
(注3) 共鳴状態
寿命をもつ準安定な状態であり、より安定な状態へ遷移する際にX線などの放射線を放出して崩壊する。
(注4) 超伝導転移端センサーマイクロカロリメータ(TES検出器)
X線を吸収した際のエネルギーを、微小な温度上昇として測定する装置(マイクロカロリメータ)の一種であり、温度センサーとして超伝導体を用いる。超伝導体は転移温度付近で電気抵抗が急激に変化するため、わずかな温度変化を高感度に電気信号として検出できる。この特性を利用することで、TES検出器は極めて高いエネルギー分解能を実現し、従来の半導体検出器では識別が困難であった微細なスペクトル構造の観測を可能にする。
(注5) ムーンショット型研究開発事業(目標10)
我が国が推進する10個の挑戦的研究開発プログラムの一つであり、目標10では「2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現」することを掲げている。本研究は、その中で推進されている「革新的ミュオン触媒フュージョン技術の社会実装」に向けた研究開発の一環として、µCFの高効率化に資する基盤的研究として位置付けられる。
4. 発表雑誌
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Direct observation of muonic molecules in resonance states critical to muon catalyzed fusion
著者:Y. Toyama (1∗), T. Azuma (2,3), D.A. Bennett (4), W.B. Doriese (4), M.S. Durkin (4,5), J.W. Fowler (4), J.D. Gard (4,5), T. Hashimoto (6), R. Hayakawa (3), Y. Ichinohe (7), K. Ishida (8), S. Kanda (8), N. Kawamura (8), Y. Kino (9*), R. Konishi (9), Y. Miyake (8), K.M. Morgan (4), R. Nakashima (9), H. Natori (8), H. Noda (10), G.C. O’Neil (4), S. Okada (1,11,12*), T. Okumura (13), K. Okutsu (9), C.D. Reintsema (4), K. Sasaki (9), T. Sato (14), D.R. Schmidt (4), K. Shimomura (8), P. Strasser (8), D.S. Swetz (4), T. Takahashi (15), M. Tampo (8), H. Tatsuno (16), J.N. Ullom (4,5), I. Umegaki (8), S. Watanabe (17), S. Yamada (18), T. Yamashita (9∗)
* 責任著者
著者所属:
1 Center for Muon Science and Technology, Chubu University
2 Atomic, Molecular and Optical Physics Laboratory, RIKEN
3 WPI-QUP, KEK
4 National Institute of Standards and Technology (NIST), USA
5 University of Colorado, Boulder, USA
6 RIKEN Pioneering Research Institute, RIKEN
7 RIKEN Nishina Center, RIKEN
8 High Energy Accelerator Research Organization (KEK)
9 Department of Chemistry, Tohoku University
10 Astronomical Institute, Tohoku University
11 Department of Mathematical and Physical Sciences, Chubu University
12 National Institute for Fusion Science (NIFS)
13 Department of Chemistry, Tokyo Metropolitan University
14 Department of Physics, Meiji University
15 Kavli IPMU, The University of Tokyo
16 Department of Physics, Tokyo Metropolitan University
17 Institute of Space and Astronautical Science (ISAS), JAXA
18 Department of Physics, Rikkyo University
DOI: 10.1126/sciadv.aed3321 (2026年4月15日掲載)
論文掲載ページ(Science Advances)
5. 問い合せ先
(研究内容について)
外山 裕一
中部大学 ミュオン理工学研究センター 特任助教
E-mail:toyama_at_fsc.chubu.ac.jp
*_at_を@に変更してください
岡田 信二
中部大学 ミュオン理工学研究センター長/理工学部 数理・物理サイエンス学科 教授
E-mail:sokada_at_fsc.chubu.ac.jp
*_at_を@に変更してください
山下 琢磨
東北大学大学院理学研究科化学専攻 准教授
E-mail:tyamashita_at_tohoku.ac.jp
*_at_を@に変更してください
木野 康志
東北大学大学院理学研究科化学専攻 教授
E-mail:y.k_at_tohoku.ac.jp
*_at_を@に変更してください
(報道に関する連絡先)
中部大学 入試・広報センター
E-mail:chubu-info_at_fsc.chubu.ac.jp
TEL:0568-51-5541
*_at_を@に変更してください
東北大学大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
E-mail:sci-pr_at_mail.sci.tohoku.ac.jp
TEL:022-795-6708
*_at_を@に変更してください
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森
E-mail:press_at_ipmu.jp
Tel:04-7136-5977






