機構長から

機構長就任のご挨拶

2018年10月15日

Kavli IPMUの二代目の機構長になることを光栄に思うとともに、身の引き締まる思いです。

村山前機構長とは30年以上のお付き合いです。1980年代に東京大学の大学院生になられた時が最初で、その後1990年代にはカリフォルニア大学バークレイ校でともに教員を務めました。私は、この研究所には設立当初から主任研究者として参加しており、村山さんのリーダーシップの下で世界トップレベルの研究所に向けて成長し発展していく様子を間近で見てまいりました。

この11年の間に、Kavli IPMUは数学、物理学、天文学において数々の重要な発見をし、国際的にもっとも魅力的な研究所となりました。学生や若い科学者を育成し、彼らの多くは世界各地の一流の大学や研究所で指導的な職を得ています。また、研究所の斬新で効果的な運営方法を導入し、日本の大学に新しい風を吹き込んでいます。

それでも、Kavli IPMUがWPIプログラム支援の5年間延長に選ばれた時には、喜ぶとともに驚きました。Kavli IPMUが選ばれるべき理由は多く思いつきますが、最初の5つのWPIセンターのなかで、もっとも「役に立たない研究」をしていることも紛れもない事実です。私たちがここで行っている基礎研究を、日本政府が重要なものであり支援し続けなれけばいけないと認めたことは、素晴らしいと思います。

基礎研究の支援は長期的にはよい投資であり、好奇心に駆られた研究が多くの配当をもたらすことについては、さまざまな証拠があります。

プリンストン高等研究所のアブラハム・フレクスナ―初代所長は、1939年に発表した論考で、「人類に利益をもたらした重要な発見のほとんどは、役に立つためではなく、自分自身の好奇心を満たすために研究にかきたてられた人々によって成し遂げられた」と述べています。

もっと最近では、カリフォルニア工科大学のジャン=ルー・シャモ―前学長が -- これは、私が直接お聞きした言葉ですが --「科学の研究が何をもたらすかを予め予測することはできないが、真のイノベーションは人々が自由な心と集中力を持って夢を見ることのできる環境から生まれることは確かである。一見役に立たないような知識の追求や好奇心を応援することは、わが国の利益になることであり、守り育てていかなければいけない」と述べています。道路や橋の建築を専門とする土木工学者であるシャモ―が、役に立たない研究は国益にかなうものであり支援し続けなければいけないと語っているのです。

Kavli IPMUには、日本政府、東京大学、Kavli財団の支援の三本柱があります。今日は、Kavli財団からクリストファー・マーチン研究担当副理事長(暫定)にお越しいただいています。こうした支援を受け続けることがふさわしい研究所であるためには、研究において大きな成果をあげ、また若手研究者が世界のリーダーとなるよう育成し、さらには研究所の組織改革を大学の中に広げて、日本の大学がグローバルな競争力を持つことにも貢献していかなければなりません。そのために、研究者や事務職員を含むすべての構成員が最高の力を出し切れる環境を作ることが私の仕事です。

役に立たない研究の効用は、私たちには当然のことに思えるかもしれませんが、この研究所の外の人たちにはそうではありません。あらゆる機会をとらえて、支援の三本柱や社会全体に基礎研究の重要性を伝え、私たちの成果を広報していくことも、私の務めと考えています。

4年前、高等研究所のピーター・ゴダード前所長がKavli IPMUを訪問された時に、村山さんと鼎談をしました。そのときの口述記録は、Kavli IPMU Newsに掲載されています。彼が語ったことで、私の心に刻み込まれていることが二つあります。

ひとつは、真の学術的研究施設はその使命を忘れてはいけないということです。

Kavli IPMUは大きな成功をおさめ、資金においても人的資源においても多くの支援を受けています。恒久化も実現し、将来は安定しています。数多くの研究成果を挙げ、高い評価を得ています。そのため、さまざまな魅力的な提案が舞い込み、またできそうなことこともたくさんあります。しかし、私たちにできることは限られています。よさそうなことを何でもするのではなく、私たちがその可能性を信じて本当にやりたいと思う研究目標を注意深く選び、私たちの資源を最も効率的に活用し、計算されたリスクを取って、やるからには最高の成果を目指すべきです。そして、こうした選択は、研究所の使命によって導かれなければなりません。

Kavli IPMUの成功の一因は、「宇宙の最も深淵な謎を解く」という使命にあります。宇宙はとてつもなく大きく、私たちのすべてがすっぽり収まります。数学、物理学、天文学などの様々な側面から研究することができ、その各々で大きな成果を得ることができます。

私自身の研究もこの使命に影響されてきました。私は弦理論の研究者ですが、Kavli IPMUに関わってきたことで自分の研究が宇宙の問題にとってどのように重要かを自問することになり、私の研究の方向もこれによって変化してきました。

私は、高校生の時にアンリ・ポアンカレの書いた『科学と方法』と題した本を読み大きな影響を受けました。この本の終わりの方で、彼は「大きな成果を生む研究と、そうでない研究があるのは、なぜか」と自問します。より大きな成果を生む研究がしたい。では、それをどのようにして見つけるかという問いかけです。

ポアンカレの結論は、よい研究の方向というのは、より幅広い分野に影響を与え、その発展を触発するものであるというものでした。彼は、「こうした方向に科学が発展していくと、それらを結びつけるものがより鮮明に表れてくる - 普遍科学の地図である」と述べています。彼は、そうした科学を「湧水が流れ出し、4つの盆地を満たすスイスのサンクト・ゴッタルド峠」に例えています。最近のグーグル流の表現では、ページランクの高い科学というところでしょうか。

Kavli IPMUは、ポアンカレの教えを実現する理想的な環境にあります。宇宙についての基本的な疑問を解くという使命は、私たちの研究を大きな視座でとらえることを可能にします。宇宙の問題は、数学者、物理学者、天文学者の連携を導き、その間の関係 -- 普遍科学の地図を明らかにします。私たちの使命が、私たちを結びつけている。私は、こうした共同研究が育む環境を支えていきます。

私たちとの鼎談で、ゴダードさんからもう一つ学んだことは、学術研究所のタイムスケールについてです。

IPMUは村山さんのビジョンから始まり、これは過去11年の間素晴らしく機能してきました。今のところ、このモデルを変える必要は思い当たりません。しかし、それに満足しているわけにはいきません。11年前に始めた研究プロジェクトのいくつかは成熟し、その成功に立った新たな可能性を開拓する時期に来ています。今年、Kavli IPMUは東京大学内で正式な恒久機関となりました。国際的な評価も高く、多くの優秀な科学者がKavli IPMUで研究をすることを望んでいます。そのため、これまでできなかったことも、できるようになりつつあります。過去11年の間に達成したことを振り返り、私たちの資源と機会を生かして将来の計画をするよいタイミングだと思います。

私たちの研究の方向は、私たちの科学スタッフが作り上げていくものです。11年前にKavli IPMUがゼロから -- 人も建物もなく -- 始まったときとは大きく異なります。今や、私たちの最も大きな財産は人です。私は、先月のはじめからすでに25名以上の科学スタッフや事務スタッフと面談をし、彼らの夢を聞き、新しい可能性について学び、それをいかにして支援していけるかを相談してきました。これは今後も続けていくつもりです。こうした対話から、今後10年間の長期戦略計画を作成する予定です。

最後に、多様な背景を持つ人々を受け入れる環境を約束したいと思います。宇宙の最も基本的な疑問を解くという私たちの使命を達成するためには、私たちが各々を尊重しあい、ハラスメントのない職場環境を守り、自らの先入観や思い込みに注意を払う必要があります。こうしたのびのびとした知的環境の下でこそ、大胆なアイデアが奨励され、多様な視点を取り入れた緻密な議論によって形になっていくのです。また、科学者が自由に集中して考える空間を与えることで、研究の新しい方向が開拓され実現していきます。

これまで誰も行ったことのない場所に、果敢に進もうではありませんか。

Kavli IPMUの12年目にようこそ。皆さんと共に働くことを楽しみにしています。

 

東京大学 国際高等研究所
カブリ数物連携宇宙研究機構

機構長 大栗博司