月面電波望遠鏡でダークマターの正体に迫るには

2025年9月16日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI)
 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI) の吉田直紀 (よしだ なおき) 特任教授 (東京大学大学院理学系研究科教授を兼務) が参加し、筑波大学計算科学研究センターの Hyunbae Park (ヒョンベ パク) 研究員 (2019年から2021年まで特任研究員として Kavli IPMU に在籍) を中心とする研究グループは、宇宙の暗黒時代に漂っていた水素ガスから放たれた波長約21cmの微弱な電波 (水素21cm線, 注1) がどのような強度と周波数で観測されるかを、標準宇宙モデルに基づきシミュレーションしました。そして、コンピュータ上に再現された水素ガスの温度や密度の詳細な情報をもとに、全天から地球に届く電波(グローバルシグナル, 注2)を正確に計算しました。

その結果、グローバルシグナルには電波輝度温度に換算して1ミリケルビン (1000分の1度) 程度の特徴的な周波数変動が現れること、さらにダークマターがどのような性質のものであるかによってその変動具合に差が生じることが初めて明らかになりました。このため、数十メガヘルツ付近の広い周波数帯でグローバルシグナルを観測すれば、ダークマターがどれくらい "冷たい" のか、すなわちダークマターの質量や速度の乱雑さといった性質を測定することができます。本研究の成果をもとにすれば、地球大気圏外、例えば我が国が構想する月面天文台で宇宙電波を観測することでダークマターの正体に迫ることができると期待されます。

図1 本研究で行なったコンピュータシミュレーションの結果
暗黒時代の水素ガスの空間分布を粒子 (つぶつぶ) の位置で表した。一つの粒子はおよそ太陽の1000個分の水素ガスに相当する。粒子の色はガス温度を表しており、黒、赤、黄の順に20, 50, 200 度 (ケルビン) に対応する。図で左側に表示された標準的な冷たいダークマターモデルの場合には細かな構造がみられ、ガス温度とスピン温度 (注4) の変動も顕著な一方、右側に表示された温かいダークマターモデルでは全般に滑らかで、温度差も小さい。図の縦軸は時間 (宇宙年齢) を表し、対応する赤方偏移 (z) の値も示した。表示された両矢印の差し渡しの長さは現在の宇宙で150万光年に相当する。(Credit:Park et al.)

2. 発表内容
<研究の背景>
宇宙が始まってから数億年ほどは、光輝く天体がまだ一つも存在しない「暗黒の時代」が続いたと考えられています。宇宙望遠鏡や地上大型電波望遠鏡によって、暗黒時代直後に光輝いた銀河は次々と発見されるようになりましたが、暗黒時代の宇宙はこれまで直接観測されていません。    

近年のさまざまな深宇宙観測から、宇宙の加速度的膨張を引き起こすダークエネルギーと、銀河や大規模構造の形成をつかさどる謎の物質「ダークマター」を宇宙の主な構成要素とする標準宇宙モデルが確立されました。ダークマターの正体は依然として大きな謎として残っていますが、暗黒時代の宇宙の様子を詳しく探ることで、その性質も明らかにできると期待されています。

<研究内容と成果> 
本研究では、暗黒時代の水素から放たれた水素21cm線が現在、どのような強度と周波数で観測されるかを、大規模なコンピュータシミュレーションによって詳細に予測しました。標準宇宙モデルに基づく現実的な初期条件を設定し、宇宙初期の超音速ガス流や化学反応、宇宙背景放射との相互作用など、考えられる全ての物理過程を取り入れたシミュレーションによって暗黒時代の様子を再現しました (図1)。

電波強度は発生源となる水素ガスの温度と密度、さらには当時の宇宙に飛び交っていた背景放射の温度によって決まります。シミュレーションの結果を基に水素21cm線の放出率を正確に求め、進行中あるいは将来の電波望遠鏡計画による観測にも資する予測を行いました。そして、全天から届く電波を足し合わせたグローバルシグナルには電波輝度温度に換算して1ミリケルビン程度の特徴的な周波数変動が現れること、さらにダークマターの性質 (注3) によってその変動具合に差が生じることを初めて明らかにしました (図2)。地球に届く暗黒時代の水素21cm線の周波数をカバーする数十メガヘルツ付近の広い周波数帯で観測することで、ダークマターがどれくらい "冷たい" のか、すなわちダークマターの質量や運動速度の乱雑さ (速度分散) といった性質を測定することができます。

本研究グループはこれまでに、宇宙初期の超音速ガス流が及ぼす影響 (Astrophysical Journal, 2020) や暗黒時代後の宇宙再電離の進行を小さなガス雲が阻害する効果 (Astrophysical Journal, 2021) などを次々と明らかにしてきました。これらの成果も基にして本研究の計算を行いました。

図2. シミュレーションの結果をもとに計算した21cm 線グローバルシグナルの輝度温度
単純な一様等方宇宙モデルによって計算した場合との輝度温度の差を表示しており、冷たいダークマターモデルの場合には密度揺らぎに起因する非線形効果によって輝度温度の周波数依存性が大きい。(Credit:Park et al.)

 

<今後の展開> 
最近では、米航空宇宙局 (NASA) が打ち上げたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡 (JWST) によって、ビッグバン後2億8000万年という早期に存在した銀河が観測されています。本研究により、数十メガヘルツというFM放送より低い超低周波数の電波によって、さらに遠方、すなわち過去の暗黒時代やその後の「宇宙の夜明け」を直接観測できるとともに、ダークマターの謎を解き明かす新たな道筋が示されました。

素粒子物理学の分野で近年注目されている温かいダークマターや軽いダークマターなどは、これまでの宇宙観測や地上実験では検証が困難でした。しかし、本研究の提案するグローバルシグナルの測定により、ダークマターがどのような粒子で構成されているか、その正体が明らかになると期待されます。

 

3. 発表雑誌
雑誌名: Nature Astronomy
論文タイトル: The Signature of Sub-Galactic Dark Matter Clumping in the Global 21-cm Signal of Hydrogen

著者: Hyunbae Park (1,2), Rennan Barkana (3), Naoki Yoshida (4,5,6), Sudipta Sikder (3), Rajesh Mondal (7), and Anastasia Fialkov (8,9)
著者所属:
1 Center for Computational Sciences, The University of Tsukuba, 1 Chome-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8577, Japan.
2 Computational Cosmology Center, Lawrence Berkeley National Laboratory, 1 Cyclotron Road, Berkeley, California 94720, USA.
3 School of Physics and Astronomy, Tel Aviv University, Tel Aviv, 69978, Israel.
4 Department of Physics, School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan.
5 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe, 5-1-5 Kashiwanoha Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan.
6 Max-Planck-Institut für Astrophysik, Karl-Schwarzschild-Str. 1 Garching, D-85741, Germany.
7 Department of Physics, National Institute of Technology Calicut, Calicut, 673601, Kerala, India.
8 Institute of Astronomy, University of Cambridge, Madingley Road Cambridge, CB3 0HA, UK.
9 Kavli Institute for Cosmology, Madingley Road Cambridge, CB3 0HA, UK.
DOI: 10.1038/s41550-025-02637-0 (2025年9月16日掲載)
論文のアブストラクト (Nature Astronomy のページ)
 

4. 用語解説
注1) 水素21cm線
水素原子が放射吸収する、波長が21cm (周波数1420 MHz) のスペクトル線。水素原子を構成する陽子と電子は共にスピンと呼ばれる物理量を持つ。それぞれ二つの状態を示し、上向き・下向きと呼ぶ。陽子と電子のスピンの向きが一致している時と、逆向きの時とで水素原子全体が持つエネルギーはわずかに異なる。水素原子のこれらの状態が変わる際に放射または吸収されるスペクトル線が21cm線である。

注2) グローバルシグナル
電波は天空のあらゆる場所から到来するが、ある波長帯の電波だけを全て足し合わせた強度を測定することができる。特定の波長あるいは広い波長帯に含まれる水素21cm線の寄与を全天にかけて平均したものをグローバルシグナルと呼ぶ。

注3) ダークマターの性質
ダークマターの正体は分かっていないが、もし微視的な粒子で構成されるなら、個々の粒子の質量や宇宙の始まりの頃にどれくらい速く動いていたかをあらわす温度に相当する量によって特徴づけられる。冷たいダークマターモデルや温かいダークマターモデルなどと分類される。
 
注4) スピン温度
水素21cm線の強度はスピン温度とよばれる、特定のエネルギー準位を占める水素原子の割合によって定まる。また、電波の輝度温度は宇宙背景放射との相対的な温度差によって定まる。


5. 問い合わせ先
(研究に関すること)
Hyunbae Park
筑波大学 計算科学研究センター 研究員
Email: parkhb_at_ccs.tsukuba.ac.jp
*_at_を@に変更してください

吉田 直紀 
東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任教授
Email: naoki.yoshida_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
 

(報道に関する連絡先)
筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu_at_un.tsukuba.ac.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報 小森
TEL: 04-7136-5977
E-mail: press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
 

関連リンク
月面電波望遠鏡でダークマターの正体に迫るには (筑波大学の記事)