宇宙最強磁石星と大質量星のペアが、光速に達する超高エネルギー電子を生み出す?

2020年11月26日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) で大学院生として研究を行ってきた東京大学大学院理学系研究科の米田浩基 (よねだ・ひろき) さん (現:理化学研究所 基礎科学特別研究員) 、連携研究員の牧島一夫教授、主任研究者の高橋忠幸教授を中心とする研究チームは、ガンマ線を強く放射し連星周期により放射強度が増減する特殊な天体「ガンマ線連星」がどのような連星系であるか、また、どのようなメカニズムで超高エネルギー電子や強いガンマ線を生み出し輝くかの謎を明らかにするため、ガンマ線連星の LS5039 に着目。X線天文衛星の「すざく」や「NuSTAR」のデータを解析しました。従来、ガンマ線連星は高温大質量星と質量の小さいコンパクト星の連星系と考えられてきましたが、コンパクト星が中性子星かブラックホールなのかは分かっていませんでした。研究チームは今回、LS5039 が大質量星と中性子星との連星系であることを明らかにしました。また、従来定説とされてきた放射メカニズムを否定。中性子星が強磁場を持つマグネターと呼ばれる種類の星で、その磁場エネルギーが超効率的な高エネルギー粒子の加速を引き起こしガンマ線連星が輝いているという新たなメカニズムの可能性を提案しました。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) のオンライン版に2020年9月8日付で掲載されました。

 

2.    発表内容
「ガンマ線連星」は、可視光で見ると、よくある青白い星ですが、X線やガンマ線で見ると、数日から数年の決まった周期でその強度が増減し、高エネルギー光子であるガンマ線を強く放射している特殊な天体です。この周期性から、可視光で見える星には、ガンマ線を出す天体が伴星として存在し連星系を成しており、連星周期によってガンマ線の強さが増減していると考えられています。これらの天体が認識されてきたのは最近で、TeVガンマ線と呼ばれる高エネルギーガンマ線の観測ができるようになってきた2000年代になってからです。さらに、高エネルギーガンマ線を生み出すもととなる電子は、わずか数秒という短時間で生成されていて、そのエネルギーは、およそ1テラ電子ボルト (1TeVは1兆電子ボルト) まで達します。高エネルギー粒子源として有名な超新星残骸では、電子の加速に1000年程度の時間が必要であることを考えると、ガンマ線連星は、極めて効率のよい宇宙に存在する粒子加速器とも言うことができます。

ガンマ線連星は、これまで10個程度、銀河系に見つかっていますが、一方で、X線で輝く連星系は、300個以上も見つかっています。なぜ、このような少数のガンマ線連星が、他の多くの連星系とは異なり、超高エネルギー電子や強いガンマ線を生み出しているのかは、そのメカニズムも含めて大きな謎となっています。さらに、一部のガンマ線連星では、数メガ電子ボルトのエネルギーのガンマ線も強く放射していることが知られています。このエネルギーのガンマ線は、現在、高い感度での観測が難しいので、全天で約30天体からしか観測することができていません。この未開拓のエネルギー帯域でも強い放射をしていることも、ガンマ線連星の謎を大きく深めています。

これらの謎を解く上で重要な情報が、ガンマ線連星がどのような星からなる連星系かということです。これまでの研究から、ガンマ線連星は、太陽質量の20-30倍の重さを持つ大質量で高温の星と、コンパクト星(ブラックホールもしくは中性子星)からできていることは分かっていました。しかし、多くのガンマ線連星において、コンパクト星が、果たしてブラックホールなのか中性子星なのかははっきりしていませんでした。

このコンパクト星の正体をはっきりさせるため、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) で大学院生として研究を行ってきた東京大学大学院理学系研究科の米田浩基 (よねだ・ひろき) さん(現: 理化学研究所 基礎科学特別研究員)、Kavli IPMU連携研究員の牧島一夫 (まきしま・かずお) 教授、主任研究者の高橋忠幸 (たかはし・ただゆき) 教授を中心とする研究チームは、ガンマ線連星の中でも特に明るい天体で、たて座付近にて2005年に発見された LS 5039に注目して、中性子星の強い存在証拠となるパルス放射の探索を行いました。この天体は、X線やTeVガンマ線の放射が極めて安定であるという特徴から、中性子星を含んでいる可能性が高いと思われていましたが、これまで電波・軟X線を用いたパルス探索では発見に至っていませんでした。これは、伴星の星風の吸収でパルスが見えづらくなっている可能性が議論されており、研究グループは、よりエネルギーが高く、パルスが星風に吸収されづらい硬X線 (軟X線よりも波長が短くエネルギーが高いX線) のデータに着目して、パルス探索を実施しました。

研究グループは、パルス探索に十分なデータを得るために、硬X線で世界に誇る感度を実現したX線衛星「すざく」の硬X線検出器の観測データを利用しました。これは、日本を中心に開発され、2005年から約10年に渡って活躍した天文衛星です。2007年にLS 5039を観測したデータは、約6日間に及び、これは、LS 5039の連星系の軌道周期の約1.5 倍にあたります。また、観測時間が長くなると、中性子星の連星中での公転運動が効き、ドップラー効果により見かけのパルス周期が徐々に変化してしまうという問題が発生しますが、これを防ぐために、連星運動のドップラー効果の影響を低減しながらパルス探査を行う方法を考案しました。

その結果、「すざく」のデータから周期 約9秒の周期成分の兆候を発見しました。この周期成分が、統計的なゆらぎに由来する確率は約0.1%程度と小さく、9秒程度で回転する中性子星の存在を強く示唆します。加えて、2016年に約4日間観測したNASAのX線天文衛星NuSTAR (Nuclear Spectroscopic Telescope Array) のデータからも、同じく約9秒の周期放射の兆候を確認し、これらの結果から、中性子星の回転周期が、1年で約0.001秒ずつ遅くなっていることも示唆されました。ただし、NuSTAR衛星の観測から得られたパルス強度は、「すざく」の結果と比べると、かなり小さくなっていることや、両データから得られた連星軌道の解が一致していないことなど、いくつかの研究課題も残りました。研究グループは、今後、硬X線の追加観測を提案し、このパルス検出の追検証を行っていく予定です。

今回得られた結果をもとにすると、中性子星の回転エネルギーの減少率が、天体から放たれるガンマ線の放射エネルギーよりも2桁も小さいことがわかりました。これは、これまで有力だとされてきた「中性子星の高速回転をエネルギー源としながら、中性子星から発生する電子・陽電子の風である『パルサー風』と伴星からの星風が衝突するところで、電子が加速されている」というガンマ線連星での粒子加速メカニズムの定説を否定することになります。研究グループは、他のいくつかの可能性を議論し、「LS 5039では、中性子星の持つ強力な磁場エネルギによって、超効率的な高エネルギー粒子の加速が起きている」という新しい可能性を提案しました。この場合、LS 5039の中性子星には、通常の中性子星よりもさらに3桁も大きい約1011 T (テスラ) という極めて強い磁場が必要になります。

面白いことに、中性子星の中には、この1011 T  (テスラ) という超強磁場を持つ「マグネター」と呼ばれる種族が存在することが知られていて、LS 5039の中性子星もこのマグネターだと考えられます。実は、これまで見つかっている30個ほどのマグネターは、いずれも孤立星として見つかっているので、ガンマ線連星にマグネターが存在するということは、あまり主流の発想として考えられていませんでした。しかし、(i) 9秒というパルス周期はマグネターに典型的、(ii) 磁場が強いと中性子星が主星の星風を捕獲できないため、LS 5039がX線パルサーに似た性質を示さない理由が説明できる(X線パルサーでは、主星からの星風が中性子星に重力で捕獲される際、X線が発生する)、(iii) 磁場が極めて強いとすると、数メガ電子ボルトのエネルギーをもつガンマ線が強く放射されているという観測結果をうまく説明できる等、今回の提案を裏付けるような間接的な証拠も研究グループは示しています。

今回の結果は、あくまでガンマ線連星のうちのひとつの天体がマグネターを持つ連星の可能性があるというものですが、ガンマ線連星の特殊性の謎について新しいヒントを与えているように思われます。今後は、硬X線での追観測や他の波長データの解析を行い、今回の発見をより確かなものにするとともに、連星中のマグネターがどのようにして高効率な粒子加速を引き起こすのか、詳細なメカニズムの解明も進めていく予定です。


3. 発表雑誌
雑誌名:  Physical Review Letters
論文タイトル: Sign of Hard-X-Ray Pulsation from the γ-Ray Binary System LS 5039
著者: Hiroki Yoneda (1,2,3), Kazuo Makishima (2,1), Teruaki Enoto (4), Dmitry  Khangulyan (5), Takahiro Matsumoto (1), Tadayuki Takahashi (2,1)
著者所属:
1. Department of Physics, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan
2. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwa-no-ha, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
3. RIKEN Nishina Center, 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-0198, Japan
4. Extreme natural phenomena RIKEN Hakubi Research Team, Cluster for Pioneering Research, RIKEN, Hirosawa 2-1, Wako, Saitama 351-0198, Japan
5. Department of Physics, Rikkyo University, 3-34-1 Nishi Ikebukuro, Toshima, Tokyo 171-8501, Japan

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.111103 (2020年9月8日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
 

4. 問い合わせ先
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください