天体素粒子物理学

天体素粒子物理学は、素粒子物理学と天体物理学の境界に位置する研究分野であり、大きく二つの相補的な方向に分けることができます。

一つは、ガンマ線、宇宙線、ニュートリノ、重力波などの多様なメッセンジャーを用いて、天体現象や宇宙の極限環境を理解する研究です。

もう一つは、天体や宇宙を、地上実験では到達することが困難な素粒子物理学の実験場として利用し、暗黒物質をはじめとする未知の素粒子や新しい物理法則を探る研究です。

第一の方向では、可視光や電波などによる従来の天文学に加えて、高エネルギーの光子や宇宙線、ニュートリノなどの粒子、さらには重力波を観測することにより、ブラックホール、中性子星、超新星爆発、活動銀河核など、宇宙で起こる高エネルギー現象の物理を明らかにします。この研究は、カブリIPMUの「高エネルギー天体物理」「ニュートリノ物理学」「超新星」などのリサーチプログラムと密接に関連しています。その一例がMeVガンマ線による宇宙観測であり、カブリIPMUではNASAのMeVガンマ線衛星COSI(Compton Spectrometer and Imager)に参加し、銀河系内に存在する陽電子の起源、放射性同位体からの核ガンマ線を用いた元素合成、ブラックホールやパルサー、ガンマ線バーストなどからのガンマ線偏光、さらに重力波などと組み合わせたマルチメッセンジャー天文学に取り組んでいます。また、高エネルギーニュートリノや宇宙線などの観測を通じて、その起源となる天体を特定するとともに、宇宙における高エネルギー粒子の生成・加速・伝播機構を明らかにする研究も進めています。

第二の方向では、天体や宇宙を、地上実験では到達することが困難な素粒子物理学の実験場として利用します。その中でも、カブリIPMUが特に力を入れている研究の一つが暗黒物質の間接探査です。暗黒物質は宇宙の物質の大部分を占めていますが、その正体はいまだ明らかになっておらず、標準模型を超える新しい素粒子である可能性が広く研究されています。暗黒物質の探索には、地下実験などで暗黒物質と通常物質との散乱を捉える直接探査、加速器で暗黒物質やそれに関連する新粒子を生成する加速器探査、そして宇宙に存在する暗黒物質の対消滅や崩壊から生じる信号を探す間接探査という、互いに相補的なアプローチがあります。カブリIPMUでは、直接探査については「暗黒物質検出」、加速器探査については「加速器実験の現象論」などのリサーチプログラムで研究が進められており、天体素粒子物理学では、とりわけガンマ線、ニュートリノ、電子・陽電子や反核子などの宇宙線を用いた間接探査を進めています。

カブリIPMUでは、広いエネルギー領域と多様なメッセンジャーを用いて、暗黒物質の間接探査を進めています。ガンマ線では、CTAO(Cherenkov Telescope Array Observatory)によるTeV領域、Fermi-LATによるGeV領域、さらにCOSIによるMeV領域の観測が、互いに相補的な暗黒物質探索の窓を提供します。特に、これまで十分に観測されてこなかったMeVガンマ線領域では、軽い暗黒物質を含む従来とは異なる質量領域や相互作用を探索できる可能性があります。カブリIPMUはNASAのMeVガンマ線衛星COSIに参加するとともに、そのScience TeamにおけるDark Matter subgroupを主導し、暗黒物質の崩壊や対消滅から生じるガンマ線ラインや連続スペクトル、電子・陽電子から生じる511 keV線など、多様な信号の探索に取り組んでいます。

また、暗黒物質から生成されるニュートリノをニュートリノ望遠鏡で探索する研究や、電子・陽電子、反核子などの宇宙線観測を利用した間接探査も重要です。異なるエネルギー領域やメッセンジャーによる観測を組み合わせることにより、それぞれ異なる暗黒物質候補や反応過程に感度を持ち、暗黒物質の質量や相互作用を幅広く調べることができます。こうした探索では、銀河中心、矮小銀河、銀河団などにおける暗黒物質の分布を理解するとともに、通常の天体現象から生じる背景放射を精密に評価することが不可欠です。カブリIPMUでは、素粒子模型に基づいて観測される信号を理論的に予言する研究、宇宙の構造形成に基づいて有望な観測対象を選定する研究、そして実際の観測データを解析する研究を組み合わせ、理論・天体物理・観測を横断した暗黒物質探索を進めています。

宇宙を素粒子物理学の実験場として利用する研究は、暗黒物質だけに限られません。超新星や中性子星、ブラックホールなどには、地上の加速器や実験室では実現できない高温、高密度、強磁場などの極限環境が存在します。また、天体から地球までの非常に長い伝播距離や宇宙の長い時間スケールを利用することで、通常の物質とは極めて弱くしか相互作用しない新粒子を探索することもできます。こうした特徴を利用して、アクシオンやアクシオン様粒子をはじめとする新しい軽粒子、ニュートリノの未知の性質など、地上実験だけでは探ることが難しい標準模型を超える物理を探索する研究も進められています。

(Last update: 2026/09/25)

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