すばる望遠鏡ユーザーコミュニティーが村山提案 「超広視野分光器(SuMIRe-PFS)計画」を支持

2011年2月7日
数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe : 略称 IPMU)

2011年1月19日に開催されたすばる望遠鏡ユーザーズミーティングと、ユーザー代表で構成される委員会は、すばる望遠鏡のための次世代装置として広視野多目的分光装置を製作するというIPMUを中心とした提案(超広視野分光器、以下PFS)を支持することを決定いたしました。すばるに設置されるPFSは、同時に沢山の銀河を観察できる世界最強の分光装置になることが期待されます。すばる望遠鏡は世界中にある大型望遠鏡の中でも広視野の観測が可能という点で世界唯一のものです。PFSは現在建設中の9億ピクセルで3トンを越える重さを待つハイパー・シュプリーム・カム(以下HSC)という超広視野のデジタルカメラで行われる大規模撮像観測と相補って多数の天体を同時に分光観測します。この新しい提案は、現在の宇宙の73%を占める暗黒エネルギーの謎と、宇宙のこれからの運命を探る目的で、中心研究者である村山斉教授(IPMU機構長、カリフォルニアバークレー校教授)によってなされました。さらにPFSでは銀河の誕生から進化の詳細にわたる研究や、天の川銀河の中で星が誕生した頃から現在までの成長過程などの研究ができます。この提案は、IPMUと台湾天文及天文物理研究所、カリフォルニア工科大学、マルセイユ天文物理研究所、NASAジェット推進研究所、プリンストン大学、国立天文台ハワイ観測所、サンパウロ大学との緊密な共同研究に基づいています。


本件に関するお問い合わせ先

研究内容

  • IPMU機構長 村山斉 Hitoshi Murayama

E-mail. hitoshi.murayama _at_ ipmu.jp

報道対応 

  • IPMU広報担当 宮副英恵 Fusae Miyazoe

E-mail. press _at_ ipmu.jp


発表内容

 1990年代に発見された暗黒エネルギーは我々の宇宙の視点をすっかり変えてしまいました。暗黒エネルギーは宇宙を引き裂く力を持って、その膨張を加速させています。その正体の性質によっては、銀河を引き裂いて素粒子にしてしまい宇宙を終わらせるかもしれません。世界中のあちこちで暗黒エネルギーの正体を見極め、宇宙の運命を見極めようという計画が多数持ち上がっています。前世代の観測に比べて高精度を要求されるため、これらの計画は関係者は「第3ステージ」計画と呼んでいます。さらに世界の天体物理学関係者は「第4ステージ」計画の準備も始めています。最近発表された「アストロ2010」と呼ばれる米国科学アカデミーの報告書ではこのような計画の重要性を強調しています。

 すばる望遠鏡の超広視野分光器(PFS)は「第4ステージ」計画の中で最初のものとして提案されたもので、2010年代の後半に暗黒エネルギーの観測を始める予定です。1月19日に東京三鷹の国立天文台に集まったすばるユーザーたちは、国立天文台が世界に誇るすばる望遠鏡の次世代の主要装置として、この提案を圧倒的多数で支持しました。すばる望遠鏡は巨大鏡(口径8.2メートル)で微弱な光を集めて数十億光年かなたの遠方銀河をキャッチできるだけでなく、極めて広い視野(1度四方以上、ハッブル望遠鏡の数千倍以上)で観測できます。そのため個々の銀河の個性に邪魔されることなく宇宙全体の傾向を知ることができるので、暗黒エネルギーの研究には特に適しています。すばる望遠鏡は世界的に天文観測に最適な場所の一つであるハワイ島のマウナケア山頂に設置されています。

 暗黒エネルギーの性質を調べるには、宇宙膨張の歴史を正確に測定する必要があります。光は有限の速さで伝わるので、遠方を見ることによって過去の膨張の速さを測定できます。異なった距離での膨張の速さを比較することによって膨張の歴史がわかるのです。およそ70億年前にどのように宇宙膨張が減速から加速に変わったかが、暗黒エネルギーの正体の解明に結びつくのではないかと考えられています。膨張それ自体の測定は比較的偏移偏移を起こし、通常の分光器で測定することができます。
一方、膨張の歴史を測定するためには、銀河から放たれた光がどのぐらい過去のものなのか、またはどのくらいの距離から来たのかを知る必要があります。しかし宇宙論的規模で距離を正確に測定することは大変困難なことです。PFSはいくつかの銀河が一定の決まった距離を保って空間に分布している「模様」があり、それが「標準定規」として使えるという性質を使います。これはバリオン音波振動(BAO)と呼ばれていますが、このためには沢山の銀河を観測する必要があり、超広視野が必要です。同時に多くの銀河を観測できる分光器を制作することによって、観測に何千年も費やすことなく、この方法で十分なデータサンプルを集めることができるのです。

 バリオン音波振動に加えて、この装置では他のいくつかの別の手法で暗黒エネルギーの正体をおさえることも可能になります。さらに、このような超広視野と多天体同時観測機能を備えた分光器は世界中の大型望遠鏡の中でも類がなく、宇宙の形成や進化、あるいは天の川銀河の歴史に関して、これまで不可能だった研究をも可能にすると期待されます。

 この計画の強みは今年中に完成する予定の重さ3トン、9億ピクセルのHSCで得られるデータを活用できることです。すばる望遠鏡のHSCによるイメージングとPFSによる分光の組み合わせにはSuMIRe計画(Subaru Measurement of Images and Redshifts、日本語で“スミレ”)という愛称が付けられています。SuMIRe計画は2.5メートル望遠鏡に設置されたスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)計画の大成功を踏襲し、初期の星や巨大ブラックホールが誕生した時期へと宇宙の視野を深めることができます。

 すばるユーザーコミュニティーを代表する委員会(すばる小委員会)は次のような提言を発表しました。「次世代装置として広視野撮像・分光装置を併せもつことは、すばるが今後も世界の第一線で成果を出し続けるための強力な武器になると思われる。またPFSは当初BAO探査のために計画されたが、その後の検討を経て銀河考古学、銀河進化研究など、サイエンスの幅が拡がりつつある。このためSACはすばるの次世代装置としてPFS計画を推進することを以下の条件付きで推奨する」

 PFS共同研究グループは現在のところカリフォルニア工科大学、NASAジェット推進研究所、プリンストン大学、マルセイユ天文物理研究所、エジンバラ王立天文台と英国グループ、サンパウロ大学とブラジルグループ、中央科学院天文及天文物理研究所と台湾グループ、国立天文台ハワイ観測所およびIPMUの研究者と技術者から構成されています。

 共同研究グループのメンバーはこの決定にとても喜んでいます。提案者の村山斉は「PFSは暗黒エネルギーの性質をこれまでに例のない精度で測定するだけでなく、まだ赤ん坊だった頃の宇宙で起きた現象を調べる機会を与えてくれます。すばるユーザーコミュニティーの支持をいただいたので、立派な装置を作って宇宙の解明の最先端を広げていきます。私自身この計画のもっている可能性にとてもわくわくしています。宇宙に終わりがあるかどうか知ることができたらすばらしいですよね」と言っています。

 カリフォルニア工科大学スティール天文学教授のリチャード・エリス氏は長い間8メートルクラスの望遠鏡にPFSのような装置を取り付けたいと夢見てきました。彼は今回の支持を大変よろこんで次のように言いました。「PFSの製作を支持するすばるユーザーコミュニティーの決定はとてもありがたいです。PFS計画の実現は我々カリフォルニア工科大学のケック観測所の仲間の多くにとって夢でした。我々はこの計画実現に向けて日本や他の国の仲間と一緒に仕事を出来ることを喜んでいます。とてもいいニュースです」

 プリンストン大学のチャールズ・ヤング天文学教授のデービッド・スパーゲル氏はHSC共同研究で日本や台湾の科学者と一緒に研究に取り組んできました。「すばるコミュニティーからのPFS支持は大変うれしく、また勇気付けられました。これは世界最高の望遠鏡の一つに取り付けられる世界唯一の装置です。この装置を実現させるため日本の天文学者と一緒に仕事をすることを楽しみにしています」

 英国グループでエジンバラ大学天文研究所長のジョン・ピーコック氏は宇宙の地図作りをしてきました。「SuMIRe-PFSは宇宙地図作りという壮大な計画で我々が必要としている次のステップです。これまでの2-4m級望遠鏡による2dFGRS計画やSDSS計画からの撮像は現在の宇宙の物質分布に関して我々に多くの新しい知識を与えてくれました。しかし、その構造がどこから発生したのかを知るためには、さらに初期のかすかな光をとらえて銀河分布を観測しなければなりません。それはすばるが捕まえる光だけが可能にすると思っています。日本の天文学者が世界をリードするこの望遠鏡を、この計画で使えるようになることはすばらしいニュースです」

 サンパウロ大学天文学教授のラエルテ・ソドウレ氏はブラジルグループを率いて、この計画に重要な光ファイバーの専門家です。氏は次のようにコメントしました「私たちブラジルの数名の仲間はSuMIRe-PFS計画にブラジルの研究コミュニティーが参加できる可能性を喜んでいます。私自身はこのグループの一員であることをうれしく思うと同時に、IPMUをはじめこの計画の他のメンバーと実りのある立派な科学的成果を出せるチームを作っていきたいと思っています」

 HSCで大切な役割を担ってきた台湾の天文及天文物理研究所所長のポール・ホー氏は次のように語り、興奮しています。「我々はすばるユーザーコミュニティーと委員会がPFSをすばる望遠鏡の次世代装置として支持したことをうれしく思います。我々はIPMUや国立天文台と協力して遠方の天体の赤方偏移を広い視野にわたって観測するため、より速く観測できるこの新しい装置の建設に取り組むことを楽しみにしています。我々としては、HSCと同様にPFSを天文及天文物理研究所とすばる望遠鏡との共同研究の継続と位置づけています」

 なお、委員会から付帯された条件は以下の通りです。

  1. 装置はコミュニティーが納得する仕様を実現すること
  2. 計画推進強化のために、日本人マネジャーを中心とした国内体制を確立すること
  3. SACの代表が今後の国際協力交渉の重要な局面に参加すること
  4. 人材育成の観点から若い人を装置開発に参加させる枠組みを作ること

 研究チームの次のステップは運営体制の強化と必要な資源を確保、また、委員会から課された条件を満たすことです。PFS装置の科学的な価値の検証はIPMUの高田昌広准教授が中心になって行われてきました。それが今回の委員会の支持につながったのです。

 提案者である村山斉の研究は、内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の資金でおこなわれています。


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