宇宙を満たす暗黒物質 〜暗黒物質は銀河間空間にも広がっていた〜

銀河の質量をすべて足し合わせても、宇宙全体の物質質量の半分にしかならない、ということはこれまで宇宙物理学における大きな謎のひとつでした。しかし最近になって、遠方の天体からの光が銀河周辺の「見えない」質量(暗黒物質)によって曲げられ、遠方の天体が明るく見える現象を利用して、銀河の周辺の物質分布を 測定できるようになりました。

東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)と名古屋大学のメンバーからなる日本の研究チームは、高精度の数値シミュレーションを用いて、最新の観測結果と整合する暗黒物質分布を明らかにしました。暗黒物質は、星など光を出す通常の物質の分布とは異なり、その分布の裾野が隣の銀河の裾野と重なり合うほどまで広がっており、宇宙の全体に拡がっていると分かったのです。

さらに銀河の外に広がる暗黒物質の質量を全て足し合わせると、銀河内部の質量に匹敵する量にもなるということも判明しました。銀河の質量が宇宙の質量の半分にしかならないという矛盾が解決されることになったのです。

この結果は、2012年2月10日発行の米国雑誌 The Astrophysical Journalに掲載されます。


発表雑誌: The Astrophysical Journal 746, 38 ( 2012 February 10 )

論文タイトル: Matter Distribution around Galaxies

著者:

正木彰伍(名古屋大学大学院理学研究科 日本学術振興会特別研究員)
福来正孝 (東京大学宇宙線研究所、IPMU)
吉田直紀 (IPMU)

電子版はこちら、プレプリントはこちら から入手できます。


問い合わせ先:

研究内容について

正木彰伍 名古屋大学大学院理学研究科
E-mail: shogo.masaki _at_ nagoya-u.jp

報道対応

東京大学数物連携宇宙研究機構広報担当 土方/大林
E-mail: press _at_ ipmu.jp
電話: 04-7136-5977


 研究内容解説

宇宙を構成する「物質」は、星などを形作る通常の物質と、その6倍の量の「見えない」物質=暗黒物質から成り立っていることが知られています。ところが、銀河の質量を全て足し合わせても宇宙の大局的な質量の半分しか説明できないという問題が残っていました。つまり物質の半分は宇宙のどこにあるのか分かっていないのです。

アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量のある物質の近くを光が通過するとき、光の経路が重力によって曲げられる「重力レンズ効果」と言う現象が引き起こされます。ある銀河の近くをより遠方の銀河より放たれた光が通過するときも、重力レンズ効果によって光が曲がったり、またその結果背景の銀河が明るく見えたりします。従って、重力レンズ効果を詳しく調べることで、銀河の周りの物質の質量分布を知ることができます。この効果は一つ一つの銀河に関してはきわめて微小なのではっきりと観測することはできませんが、膨大な量の銀河の像を重ね合わせて平均化することによって銀河の周囲の平均的な質量分布を算出することが原理的に可能です。2010年に、トロント大学のBrice Menard 博士や東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)の研究者らから成るチームは、スローンデジタルスカイサーベイから得られた高精度のデータベースから、2400万枚の銀河画像を重ね合わせて解析し、銀河周りの各視線方向に質量がどれほど存在するのかを算出しました。

IPMUと名古屋大学のメンバーよりなる日本の研究チームは高精度の大規模数値シミュレーションを用いて、観測された質量分布がいくつかの成分の足し合わせで説明できると突き止めました。その結果、銀河の質量分布には有限な境界があるのではなく、分布の裾野はゆるやかに無限に広がっており、十分遠方では隣の銀河の裾野と重ね合わさっていることが分かりました。これは、銀河の光を出す成分、すなわち星の分布が有限の範囲にあるのと対照的です。さらに詳細な計算からは、銀河の外苑部に広がる暗黒物質質量は銀河の全質量のちょうど半分に達することも分かりました。この新たな知見により、宇宙の物質の半分がどこにあるのかという謎が解決された事になります。

図1: 左の図は手前に何もない場合の遠方のクェーサーの見え方を表したもの、右の図は手前に銀河がある場合にその質量による重力レンズ効果を受けた遠方クェーサーの様子を表したもの。手前の銀河のより近くを通して見えるクェーサーは明るく見える。(Image credit: Joerg Colberg, Ryan Scranton, Robert Lupton, SDSS, http://www.sdss.org/news/releases/20050426.magnification.html )図1: 左の図は手前に何もない場合の遠方のクェーサーの見え方を表したもの、右の図は手前に銀河がある場合にその質量による重力レンズ効果を受けた遠方クェーサーの様子を表したもの。手前の銀河のより近くを通して見えるクェーサーは明るく見える。(Image credit: Joerg Colberg, Ryan Scranton, Robert Lupton, SDSS, http://www.sdss.org/news/releases/20050426.magnification.html )

図2: 銀河中心からの距離と質量密度の分布。観測結果(青いデータ点)とシミュレーション(黒実線)を比べた。さらに比較として、中心銀河からの寄与を赤点線、近傍銀河からの寄与を灰色1点鎖線で表した。図2: 銀河中心からの距離と質量密度の分布。観測結果(青いデータ点)とシミュレーション(黒実線)を比べた。さらに比較として、中心銀河からの寄与を赤点線、近傍銀河からの寄与を灰色1点鎖線で表した。

図3: コンピューターシミュレーションから得られた暗黒物質の分布。一辺がおよそ1億光年の領域の中での暗黒物質を表しており、図の明るい部分には暗黒物質が集中している。銀河はこのような高密度部にあると考えられる。図3: コンピューターシミュレーションから得られた暗黒物質の分布。一辺がおよそ1億光年の領域の中での暗黒物質を表しており、図の明るい部分には暗黒物質が集中している。銀河はこのような高密度部にあると考えられる。