アクシオン場を持つ磁性体における新現象の予言 〜素粒子アクシオン検出手法の研究が物性分野の研究に貢献〜 (Physical Review Letters "Editor's Suggestion")

東京大学柏キャンパスには、国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構1) と物性研究所2) という、一見全く別の研究をしている研究所が隣接しています。今回、両研究所の研究者が、未発見の素粒子アクシオン3) の予想される振る舞いと最近物性の分野で注目されているトポロジカル絶縁体4) の類似性に着目した共同研究を行い、アクシオン場が強い電場の下で示す新たな相転移5) を予言しました。素粒子としてのアクシオンは未発見であり、今回の理論を素粒子実験によって検証できるかについての展望は必ずしも明らかではありません。しかし、今回の研究では、物性実験においては試料の調整によってこの新しい効果が観測できることが予言されたのです。カブリ数物連携宇宙研究機構と物性研究所の研究者による共同論文は今回が初めてです。この研究成果は、Physical Review Letters に "Editor's Suggestion" として掲載されます。


発表雑誌

Physical Review Letters
(オンライン版は4月11日発行予定)

論文タイトル

Instability in magnetic materials with dynamical axion field

著者

大栗博司(カリフォルニア工科大教授、 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員)

   押川正毅(東京大学物性研究所教授)

お問い合わせ先

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研究内容について:

東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 大栗博司   E-mail: h.ooguri_at_gmail.com

東京大学物性研究所 押川正毅   E-mail: oshikawa_at_issp.u-tokyo.ac.jp Tel: 04-7136-3296

報道対応:  

東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 大林 / 土方
E-mail: press_at_ipmu.jp Tel: 04-7136-5974/5977 Fax: 04-7136-4941

東京大学物性研究所 総務係 橋本
E-mail: issp-somu_at_kj.u-tokyo.ac.jp Tel: 04-7136-3207


研究内容解説

 東京大学カブリ数物連携宇宙機構1) の大栗主任研究員は、未発見の素粒子アクシオン3) の新たな検出方法として、磁場の代わりに強い電場をかけたときのアクシオン場の応答を用いる方法を検討していましたが、期待されるアクシオンの質量や電磁場との相互作用を用いて計算をすると、検出に必要な電場が大きすぎて、現在の観測技術ではこの方法を適用するのは難しいという結論に至っていました。しかし、カブリ数物連携宇宙研究機構と物性研究所2) との交流の中で研究に転機が生じました。

 最近物性の分野で注目されているトポロジカル絶縁体4) に磁気を持つイオンを添加(ドーピング)した場合、素粒子で考えられているアクシオン場と共通する振る舞いが現れることが知られています。そこで、大栗主任研究員と物性研究所の押川教授とで詳細に検討した結果、強い電場のもとではアクシオン場が相転移5) を起こし外部から加えた電場を遮蔽するという新しい現象を理論的に導きました(図1)。しかも、自然によってパラメータが決定されているはずの素粒子のアクシオンと異なり、物性物理の実験では不純物のドーピングを調節するなどの方法でパラメータを調整することができます。特に、ドーピングを調節することでアクシオンの有効質量を小さくすれば、今回見出した現象の観測の可能性が高くなります。なお、トポロジカル絶縁体に限らず通常の絶縁体でも、物質中の磁化と電荷の結合によっては同様の現象が生じます。

 今回の研究は、物性の研究者と素粒子の研究者との交流によって新たな現象を見つけ出したものです。両分野の交流が豊かな成果を生むことは、本学卒業生でもある南部陽一郎博士が物性物理における超伝導をヒントに素粒子物理における対称性の破れの概念を確立しノーベル賞を受賞したことにも象徴されています。両研究所を拠点として今後もこの交流を続けることで、さらに新しい研究が進むことが期待されます。

村山 斉 カブリ数物連携宇宙研究機構長は次のようにコメントしています。

「アクシオンは素粒子物理学で長年あるに違いないと言われながら、未だ見つかっていない素粒子の代表格です。今後も実験的な探索には時間がかかりそうです。一方、今回の論文ではこのアクシオンが引き起こすものと同じ様な物理状態がトポロジカル絶縁体に現れ、その相互作用を調べることができるかもしれない、ということで、今後のアクシオン研究に弾みがつく結果です。非常に面白い結果だと思います。そしてまた、素粒子物理学と物性物理学が『量子場の理論』という共通の数学的な言語を持つことで、互いに触発・連携できることを示した、大変素晴らしい例になっています。」

家 泰弘 物性研究所長は次のようにコメントしています。

「素粒子物理学と物性物理学では、その対象とする世界が、長さのスケールやエネルギースケールで大きく異なっていますが、数学的定式化や理論的概念における接点も少なくありません。本論文の内容は、素粒子物理学の分野で近年目覚しい発展を遂げているAdS/CFT対応の研究から、アクシオンと呼ばれる未知の素粒子に関して導かれた新しいアイデアを実験的に検証する場として、最近物性分野で注目されているトポロジカル絶縁体と呼ばれる物質が使えるのではないかという提案です。柏キャンパスでは2009年度に数物連携宇宙研究機構(IPMU)の建物が物性研究所の隣に完成したのを機に、IPMUと物性研とで共同の国際会議を開催しました。今回の論文は、そこから継続的に行われている両研究所の交流による成果の一つです。今後も、両分野間の相互啓発による新しい展開に大いに期待するところです。」


図1: 外部電場に対する物質内の電場と磁場の変化する様子を表した図。アクシオン場の相転移により物質内の電場が頭打ちになり代わりに磁場が発生する。図1: 外部電場に対する物質内の電場と磁場の変化する様子を表した図。アクシオン場の相転移により物質内の電場が頭打ちになり代わりに磁場が発生する。


用語解説

1) 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構

文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)に採択され2007年10月に東京大学をホスト機関として設立された、宇宙の起源と進化の解明を目指す融合型研究拠点。現代基礎科学の最重要課題である暗黒エネルギー、暗黒物質、統一理論(超弦理論や量子重力)などの研究を数学、物理学、天文学における世界トップクラスの研究者の連携によって進め、目に見える国際研究拠点の形成を目標としている。2012年4月より米国カブリ財団の寄附による基金設立を受け、カブリ冠研究所となった。

2) 東京大学物性研究所

「物性物理学」の研究推進のため、1957年4月1日に、全国物性研究者の要望と日本学術会議の勧告および、文部省と科学技術庁の合意に基づき、東京大学附置全国共同利用研究所として設立された。2000年3月に43年間活動を展開した六本木キャンパスから柏新キャンパスに全面移転した。柏キャンパスでは、同時に移転した宇宙線研究所および、新設された大学院・新領域創成科学研究科、隣接するカブリ数物連携宇宙研究機構などと共に、従来の枠をこえた新しい学問領域の推進を目指している。2010年4月には共同利用・共同研究拠点として認可された。

3) アクシオン (axion)

素粒子のクォーク同士を結びつける「強い力」を記述する量子色力学において、CP対称性が保たれていることを自然に説明するために提唱された素粒子。宇宙物理における「見えない」物質、暗黒物質(=ダークマター)の正体の候補としても有力である。これまで、暗黒物質として空間に漂っているアクシオンに強い磁場をかけて電磁波に変換して検出する方法、ゲルマニウム検出器の結晶構造によってアクシオンを光子に変換して検出する方法、強磁場中に大出力レーザーを通してアクシオンを発生させて検出する方法など、様々なアイデアにもとづく探索が行われてきたが、いずれの方法でも未発見。

4) トポロジカル絶縁体

従来の物質とは大きく異なる新しい種類の固体物質で、内部は絶縁体なのに対し、周辺部(2次元体ならば端、3次元体ならば表面)は金属状態が生じている物質。位相幾何(トポロジー)を物質の電子状態の解析に取り入れることで2005年に提唱され、2007年に実験で確かめられた。トポロジカル絶縁体の周辺部の伝導電子は、従来の物質中の電子よりも格段に動きやすい上に不純物に邪魔されにくいという性質をもっており、この性質を利用した次世代の超低消費電力デバイスや超高速の量子コンピューターなどへの応用が期待されている。

5) 相転移

通常、物質の性質(例えば密度)は温度の変化とともになめらかに変化するが、特定の温度で性質が急激に変化することがあり、このことを物質が固体と液体など異なる状態(相)の間を移り変わること、すなわち相転移という。このような相転移は、温度の変化に限らず、圧力などさまざま物理量を変化させることによっても起こり、たとえば、今回の研究では電場を加えることにより起きる相転移を予言した。物性の研究から相転移の概念が生まれたが、これは素粒子や宇宙の研究にも応用されており「真空」は何もない空間であると言うよりも、多くの原子からなる物質のような性質を持ち、相転移を起こすと考えられるようになっている。