「宇宙の蜃気楼」により裏付けられた加速膨張する宇宙

1.発表者:

大栗真宗(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構特任助教)

2.発表のポイント: 

◆どのような成果を出したのか

大量のクエーサーの重力レンズ効果を探索し、宇宙の加速膨張の強い証拠を捉えた。

◆ 新規性(何が新しいのか)  

超新星爆発による方法とは独立した、重力レンズ効果を用いることで宇宙の加速膨張を検証した。

◆ 社会的意義/将来の展望  

2011年ノーベル物理学賞の対象となった宇宙が加速膨張しているという事実をさらに強固なものとし、Kavli IPMUが推進する宇宙のダークエネルギー探査「SuMIRe計画」に大きく弾みをつけることとなった。

3.発表概要: 

 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の大栗真宗特任助教、奈良工業高等専門学校の稲田直久講師を中心とする国際研究チームは、クエーサーと呼ばれる明るい遠方天体の重力レンズ現象のこれまでにない規模の探索を行い、その結果をもとに宇宙の膨張速度の進化を調べました。その結果、宇宙の膨張速度が加速度的に増える、いわゆる「加速膨張する宇宙」の強い証拠を得ました。宇宙の加速膨張は2011年ノーベル物理学賞の対象となった超新星爆発の観測などによって明らかにされていましたが、今回まったく異なる方法で確認したことによって、加速膨張およびそれを引き起こすダークエネルギーの存在がより確かなものになりました。

 この研究結果は米国のThe Astronomical Journal誌に掲載が決まっています。

4.発表内容: 

 クエーサーとは、銀河中心にある巨大ブラックホールにガスが落ち込むことによって明るく光り輝くと考えられている天体です。非常に明るいため遠方宇宙を調べるいわば灯台の役割を担う天体ですが、重力レンズの研究においても重要な役割を果たしています。遠方クエーサーの手前にちょうど銀河が存在した場合、銀河の重力場により光の径路が曲げられる重力レンズ効果が発生し、その結果背後のクエーサーが見かけ上複数個に分裂して観測されることがあります。この「宇宙の蜃気楼」は、1979年に初めて実際の現象が観測的に報告されて以来、これまでに100例以上発見されています。Kavli IPMUの大栗真宗特任助教、奈良高専の稲田直久講師らの国際研究チームは、このようなクエーサー重力レンズ現象をスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS) (注1)のデータから系統的に探索する計画を推進してきました。足掛け10年にわたる10万個のクエーサーの探索の結果、約50個の新しい重力レンズを発見し観測例を大幅に増やすことに成功しました(図1)。

 これらクエーサー重力レンズの頻度、すなわち調べたクエーサーのうち何割のクエーサーがこのような重力レンズ現象を起こしているかを観測することで、宇宙の膨張の様子を調べることができます。もし宇宙の膨張速度が速くなればクエーサーまでの距離が増えるためその分手前に重力レンズを引き起こす銀河がちょうど重なる可能性が高くなるからです(図2)。実はこの方法はKavli IPMUの福来正孝主任研究員やエドウィンターナー併任研究員らが1990年に提唱した方法でしたが、観測の進展により、20年あまりたった現在になってようやく現実的な応用が可能となってきました。今回の探索では、遠方のクエーサーが重力レンズ現象として観測される可能性は約0.05%と判明し、これを詳細な理論計算と比較することで宇宙の膨張の歴史を明らかにしました。その結果、宇宙の膨張が加速度的に増えていること、すなわち宇宙のエネルギーの7割以上がダークエネルギーと呼ばれる未知のエネルギーで占められていることを強く支持する結果が得られたのです。

 宇宙の加速膨張は現在の宇宙論研究の最重要テーマの一つです。2011年のノーベル物理学賞が超新星爆発の研究による宇宙の加速膨張の発見に与えられたことは記憶に新しいですが、超新星爆発を用いた膨張の測定も様々な仮定に基づいたものであるためその結果の独立な検証は極めて重要となります。今回のクエーサー重力レンズを用いた測定は、超新星爆発により発見された宇宙の加速膨張の裏付けとなるのみならず、膨張の様子を詳しく調べる上でも貴重な結果となりました。例えば、宇宙背景放射の観測などと組み合わせることで、ダークエネルギーの性質がいわゆる宇宙項(注2)と良く一致することが超新星爆発の結果とは独立に得ることもできました。ダークエネルギーの性質については、Kavli IPMUが推進するすばる望遠鏡を用いた大規模サーベイ「SuMIRe計画」によってその正体に迫ることが期待されています。

 重力レンズを用いた宇宙膨張測定法の提案者の一人、東北大学大学院理学研究科天文学専攻、二間瀬敏史教授は、「遠方の天体が手前にある天体の重力によって2つ、あるいはそれ以上の数になってみえる重力レンズと呼ばれる現象を用いて宇宙の暗黒エネルギーの存在を検証した研究である。大栗氏は重力レンズ研究の第一線で活躍している若手研究者である。この研究の優れている点は、日本も参加しているSDSSという大規模な銀河サーベイで発見された50836個のクエーサーを用いており、これまでの研究に比べて統計的な精度が飛躍的に高まったことである。この研究によって暗黒エネルギーの存在がより確実になった意義は大きい。」とコメントしています。

 ダークエネルギー等の観測的宇宙論研究を専門とする、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻、須藤靖教授は、「今回の研究では、2011年度のノーベル物理学賞の対象となった遠方超新星の観測とは独立に宇宙のダークエネルギー(その最大の候補はアインシュタインの宇宙定数である)の存在を示した点で重要である。しかし個人的にはそれ以上に、次の2点の重要性を強調しておきたい。一つ目は、1990年台初頭から日本では宇宙定数の存在は理論研究者の間ではかなり市民権を得ていたこと。これには、今回の研究の共著者の一人である福来正孝氏による先駆的な研究の数々が大きな影響を与えている。二つ目は、今回の重力レンズ探査は、大規模国際共同研究であるスローンデジタルスカイサーベイにおいて、当時大学院学生であった大栗真宗氏と稲田直久氏が一貫して主導し今回の集大成に結びつけたこと。この2点はいずれも、現在計画中のすばる望遠鏡を用いた国際共同研究SuMIReにおいて、日本の理論および観測的宇宙論研究者が本質的な貢献を果たすことを実証してくれたものと考える。」とコメントしています。

 重力レンズによる宇宙論研究に宇宙論研究に詳しい、東北大学大学院理学研究科天文学専攻、千葉柾司教授は、「クエーサー重力レンズの統計は、宇宙膨張の仕方、特にアインシュタインが導入した宇宙項による加速膨張に対して強い依存性があることが知られていたため、別の銀河計数を用いた宇宙項決定法とならんで、1990年代に日本の研究者の間で盛んに研究が進められていた。そして、当時の観測データから宇宙の加速膨張に対する一定の示唆が既に得られていたが、重力レンズのサンプルが少なくレンズモデルの不定性などにより、宇宙加速膨張の決定的な証拠とはされずに後に出された超新星爆発を用いた結果が広く世界に受け入れられた。今回の研究は、大規模な重力レンズの探査と洗練された理論モデル構築により、重力レンズ統計に含まれていた不定性を一気に払拭し、宇宙加速膨張の証拠をさらに強固にする大変意義深い結果。今後のすばる望遠鏡を用いた大規模観測による宇宙のダークエネルギー探査計画に大きく弾みがつく。」とコメントしています。

5.発表雑誌:

雑誌名:「米国雑誌 The Astronomical Journal 」 (143:120 (14pp), 2012 May)

論文タイトル:The Sloan Digital Sky Survey Quasar Lens Search. VI. Constraints on Dark Energy and the Evolution of Massive Galaxies

著者:大栗真宗、稲田直久、他13名

Publishd online on April 11, 2012
doi:10.1088/0004-6256/143/5/120

プレプリント: http://arxiv.org/abs/1203.1088

6.注意事項:

7.問い合わせ先:

研究内容について:  

東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 大栗 真宗
E-mail: masamune.oguri _at_ ipmu.jp 電話:04-7136-6507

報道対応:

東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 大林 / 土方  
E-mail: press _at_ipmu.jp  電話:04-7136-5974 / 5977 Fax: 04-7136-4941

8.用語解説: 

(注1)スローンデジタルスカイサーベイ(Sloan Digital Sky Survey, SDSS)

広視野の望遠鏡とCCDカメラ、分光器を組み合わせた観測機器を用いて宇宙の地図を作るプロジェクト。全天の4分の1にわたり、1億個以上の天体の位置と明るさを測定し、さらに100万個の銀河とクエーサーに対しては距離も測定する。1998年の観測開始後、得られたデータは順次公開され、宇宙の構造を理解するための様々な研究に利用されている。
SDSS ホームページhttp://www.sdss.org/
SDSS Sky Server (日本語による解説有)http://skyserver.sdss.org/edr/jp/

(注2)宇宙項

 アインシュタインが一般相対性理論を発表する際に、宇宙は膨張も収縮もせず定常的であると信じて導入した重力(引力)との釣り合いを取るための項。後にハッブルらによる膨張宇宙モデルが主流になるとアインシュタイン本人も「生涯で最大の失敗」と語ったとされるように、必要ないと考えられるようになった。しかし、近年宇宙の膨張が加速しているという事実が明らかになると、これを説明するために再登場した。宇宙項は真空のエネルギー(ダークエネルギー)を表し、物質同士が反発しあう斥力の効果を与える。

9.添付資料:

図1 今回の探索により発見された新しいクエーサー重力レンズSDSSJ1226-0006の画像図1 今回の探索により発見された新しいクエーサー重力レンズSDSSJ1226-0006の画像  実際に探索に使われたスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)の画像ではわずかに広がったようにしか見えませんが、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)で観測した画像ではクエーサー(白色)が見かけ上二つに分裂した様子、および重力レンズ現象を引き起こしている手前の銀河(オレンジ色)の存在がはっきりと確認できます。

図2 クエーサー重力レンズを用いた宇宙の膨張速度測定の概念図図2 クエーサー重力レンズを用いた宇宙の膨張速度測定の概念図  遠方天体クエーサーのちょうど手前に銀河が重なった場合に銀河の重力場によって光の径路が曲げられ複数個に分裂して観測される現象が重力レンズ現象ですが、宇宙の加速膨張によりクエーサーまでの距離が増えるとそれだけ手前に銀河が重なる可能性が増え、重力レンズの起こる割合も高くなります。