量子もつれが時空を形成する仕組みを解明~重力を含む究極の統一理論への新しい視点~

大栗 博司 Kavli IPMU 主任研究員大栗 博司 Kavli IPMU 主任研究員

1.発表者

大栗 博司(おおぐり ひろし)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究員

2.発表のポイント

  • 重力の基礎となる時空が、さらに根本的な理論の「量子もつれ」から生まれる仕組みを具体的な計算を用いて解明した。
  • 物理学者と数学者の連携により得られた成果であり、一般相対性理論と量子力学の理論を統一する究極の統一理論の構築に大きく貢献することが期待される。
  • 成果の重要性等が評価され、アメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌(Physical Review Letters)の注目論文(Editors’ Suggestion)に選ばれた。

3.発表概要

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の大栗博司主任研究員とカリフォルニア工科大学数学者のマチルダ・マルコリ教授と大学院生らの物理学者と数学者からなる研究グループは双方の分野の連携により、一般相対性理論から導き出される重力の基礎となる時空が、さらに根本的な理論の「量子もつれ」から生まれる仕組みを具体的な計算を用いて解明しました。本研究成果は、一般相対性理論と量子力学を統一する究極の統一理論の構築に大きく貢献するものです。本成果の重要性とともに論文内容が他分野の研究者に伝わるよう平易に記述されていた点が評価され、アメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌(Physical Review Letters)の注目論文(Editors’ Suggestion)に選ばれました。論文は近く掲載が予定されています(6月2日に掲載されました)

4.発表内容

【図1】ホログラフィー原理の模式図: 一般相対性理論では、ある時空に含まれる情報は、その内部ではなく表面に蓄えられるとする原理。この原理を用いると、重力の量子化という難問を、空間の表面に住んでいる、重力を含まない別の理論としてより簡単に定式化することができる。 (credit: 大栗博司)【図1】ホログラフィー原理の模式図: 一般相対性理論では、ある時空に含まれる情報は、その内部ではなく表面に蓄えられるとする原理。この原理を用いると、重力の量子化という難問を、空間の表面に住んでいる、重力を含まない別の理論としてより簡単に定式化することができる。 (credit: 大栗博司)私たちの世界には、現在、「電磁気力」「強い力」「弱い力」そして「重力」の4つの力が存在しています。しかし、これらの力は宇宙がはじまった当初は一つの力としてすべて統一されていたと考えられており、力の統一について物理学の実験や理論の側面からさまざまな研究がなされてきました。重力を含む4つの力を統一して説明する理論の理解は、宇宙のはじまりを探求する Kavli IPMU の重要な課題でもあります。現在のところ、ミクロの世界を記述する量子力学を基礎とした理論を用いて、「電磁気力」「強い力」「弱い力」の3つの力を説明できることが分かっています。

一方、天体の動きや宇宙の進化などマクロな世界での現象はアインシュタインの唱えた一般相対性理論で上手く説明できます。この時、重力は3次元の空間と1次元の時間とをまとめた4次元の時空の性質に帰すことで説明されます。しかしながら、ミクロな世界の現象は量子力学で説明されており、重力も含めて一つの理論で統一的に説明するためには重力もまた量子化される必要があるとされてきました。

【図2】量子もつれと一般相対性理論の間の対応関係: 赤い点は一般相対性理論の時空における局所データを表す。本研究では青い半球で表される量子もつれによってこれを計算する方程式を導いた。 (credit: Jennifer Lin et al.)【図2】量子もつれと一般相対性理論の間の対応関係: 赤い点は一般相対性理論の時空における局所データを表す。本研究では青い半球で表される量子もつれによってこれを計算する方程式を導いた。 (credit: Jennifer Lin et al.)そうした、一般相対性理論と量子力学を統一する理論を構築する上でホログラフィー原理 が重要であることが分かっています。ホログラフィー原理ではミクロな世界での重力を、重力を含まない量子力学の問題として説明することができます (図1) 。それにより、重力現象、さらにはその基礎となる時空自身さえも、重力を含まない理論から量子効果 (注1) によって生まれるとされます。しかし、量子効果から時空が生じる仕組みはよく理解されていませんでした。

Kavli IPMU の大栗博司主任研究員、カリフォルニア工科大学数学者のマチルダ・マルコリ教授と大学院生らの物理学者と数学者からなる研究グループは、量子効果から時空が生じる仕組みの鍵は量子もつれ (注2) であることを見出しました。特に、エネルギー密度のような時空の中の局所データが、量子もつれを用いて計算できることを示しました (図2) 。

量子もつれとは、異なる場所にある粒子のスピンなどの量子状態が独立に記述できないという現象で、アインシュタインは「奇怪な遠隔作用」と呼びました。本成果はこの量子もつれという現象こそが重力現象の基礎となる時空を生成するということを示したものです。

大栗博司主任研究員は「量子もつれは、ブラックホールの情報問題 (注3) や防火壁問題 (注4) など、一般相対性理論と量子力学の統一に関する深い問題と関わっていることが知られていました。今回の論文は、この量子もつれの現象と時空間の微視的構造との関係を、具体的な計算で明らかにしたものです。量子重力 (注5) の研究と、情報科学との連携は、今後ますます重要になると考えられ、私自身、引き続き量子情報 (注6) の研究者との共同研究を進めています。」と話します。

一般相対性理論から導き出される重力現象の基礎となる時空がさらに根本的な理論の「量子もつれ」から生まれる仕組みを解明した本成果が、一般相対性理論と量子力学とを統一する理論の構築に向けた研究の前進に大きく寄与すると期待されます。

5.発表雑誌

雑誌名:Physical Review Letters, 114, 221601 (2015) (2015年6月2日発行)

論文タイトル:Locality of gravitational systems from entanglement of conformal field theories

著者:Jennifer Lin,1 Matilde Marcolli,2 Hirosi Ooguri,3 4 Bogdan Stoica3

著者所属:
1 Enrico Fermi Institute and Department of Physics, University of Chicago
2 Department of Mathematics, California Institute of Technology
3 Walter Burke Institute for Theoretical Physics, California Institute of Technology
4 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), the University of Tokyo


DOI: 10.1103/PhysRevLett.114.221601

論文のアブストラクト:http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.114.221601(Physical Review Lettersのページ)

プレプリント:http://arxiv.org/abs/1412.1879 (arXiv.orgのウェブページ

6.問い合わせ先

報道対応

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 坪井 / 小森
E-mail: press_at_ipmu.jp Tel: 04-7136-5981/ 5977
携帯: 080-9343-3171 Fax: 04-7136-4941
*_at_を@に変更してください

研究内容について

大栗博司(おおぐり・ひろし)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究員
E-mail: h.ooguri_at_gmail.com
*_at_を@に変更してください

7.用語解説

(注1) 量子効果
量子力学に特有の効果。原子などミクロな世界の現象に顕著に現れる。

(注2) 量子もつれ(量子エンタングルメント)
アインシュタインらが1930年代に行った思考実験に端を発する概念。アインシュタイン自身は、量子力学の問題点を指摘するために考え出したものであるが、その後実験でも確認され、最近盛んに研究されている量子情報や量子計算の理論(注6参照)で基本となる考え方である。19世紀までのいわゆる古典物理の世界では、物理的状態に関する情報は、個々の自由度(たとえば粒子の位置や速度)に分解して理解することができた。しかし、量子力学の世界では、物理的状態を分解して理解することができないことがある。たとえば、遠く離れた2つの粒子に関して、一方の粒子についての観測が、もう一方の粒子の観測結果に影響を与えることがある。これを量子もつれと呼ぶ。

(注3) ブラックホールの情報問題
ブラックホールは質量、電荷、角運動量(スピン)という3つの量だけでしか区別ができないとされる。崩壊してブラックホールになる際に、その物質がどのような特性を持っていたかという情報はすべて失われる。しかし、物理学者スティーブン・ホーキング博士の計算によると、ブラックホールは量子力学的効果によって、熱を持ち、エネルギーを放出することで、質量を失って蒸発してしまうとされる。情報問題とは、ブラックホールを形成した際の物質の特性の情報が、蒸発によって失われてしまうかどうかという問いである。量子力学の原理は情報が失われないことを要請するので、それがホーキング博士の計算とどのようにつじつまがあっているのかが問題なのである。

(注4) 防火壁問題
ブラックホールのまわりに事象の地平線ができ、遠方の観測者からは地平線の中の出来事を観測することはできない。量子力学的な効果から、観測者が地平線を無事に越えられるとすると矛盾が起きる。地平線が防火壁の役割を果すべく高温となり、観測者を焼き尽くすのではないかという仮説がある。

(注5) 量子重力
量子化された重力を指す。

 
(注6) 量子情報(量子計算)
量子力学では、異なる状態(たとえば、箱の中のネコが生きている状態と死んでいる状態)が同時に実現することが可能であり、これを状態の重ね合わせと呼ぶ。この状態の重ね合わせという特性を利用して計算を行う新しい計算法が量子計算である。たとえば、インターネット取引で使われる RSA 暗号は、大きな数の素因数分解が難しいことに基づいたものであるが、量子計算が実現すると、因数分解が効率的にできるようになるので、 RSA 暗号が解けてしまうとされる。

8.参考画像

画像は http://web.ipmu.jp/press/20150527-PRJentanglement からダウンロード可能です。