ニュートリノにおけるCP対称性の破れを探る第一歩

2017年6月9日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

 

T2K 実験(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)国際共同研究グループは、ニュートリノにおける CP 対称性の破れを示唆する結果を示しました。2016年8月7日 (日本時間) にアメリカのシカゴで開催された高エネルギー物理学に関する国際会議 (ICHEP) で主な内容は公表されていましたが、成果をまとめ詳細を示した論文が2017年4月10日付でアメリカ物理学会の学術誌フィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) の注目論文 (Editors’ Suggestion) に選ばれ、掲載されました。Editors’ Suggestion は編集者が選抜するもので、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文が選ばれます。T2K 実験国際共同研究グループには、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Mark Hartz (マーク・ハーツ) 特任助教をはじめ、Kavli IPMU の研究者も複数参加しています。 



素粒子物理における標準模型は物質の基本的な構成要素や物質がどのように相互作用しているかを示しています。物質を構成する粒子が生じるためには、そこに反物質を作る反粒子も必ず生じます。しかしながら、物質は、反物質との対消滅で消えたはずにも関わらず、反物質のみ無くなり物質だけが残って現在の宇宙で銀河や星、私たち人間を構成しています。これは、物質と反物質の性質の違いによって生じた量のずれで引き起こされたと考えられており、この性質の違いは、CP 対称性の破れと呼ばれています。クォークについては実験的に観測されてきましたが、クォークにおける CP 対称性の破れだけでは、宇宙に存在する膨大な物質の量を十分に説明できません。


T2K 実験は、ニュートリノと反ニュートリノのそれぞれのニュートリノ振動を調べることで、ニュートリノにおける CP 対称性の探索を行うことのできる世界で初めての実験です。実験は、高エネルギー加速器研究機構 (KEK) と東京大学宇宙線研究所が主体機関となっています。KEK と日本原子力研究開発機構 (JAEA) が茨城県東海村で共同運営する大強度陽子加速器施設 J-PARC で高強度のミュー型ニュートリノビーム (あるいは反ミュー型ニュートリノビーム) を生成し、295km 離れた岐阜県飛騨市神岡にある宇宙線研究所のスーパーカミオカンデ検出器に向けて放ちます。ミュー型ニュートリノは電子型ニュートリノへ、反ミュー型ニュートリノは反電子型ニュートリノへ、ニュートリノ振動により自然とフレーバーを変化させます。ニュートリノと反ニュートリノビームでの振動率の違いは、粒子と反粒子との間の不均衡の証拠として、標準模型を超える新しい物理を示すものになります。


ニュートリノビームを用いた2010年1月から2013年5月までの間には電子型ニュートリノが32個検出され、反ニュートリノビームを用いた2014年5月から2016年5月までの間には反電子型ニュートリノが4個検出されたことが、最初のデータ解析結果として公表されました。この観測数は「 CP 対称性の破れがない」と仮定した場合に予想される数と比較していずれも異なります。さらに、その他様々な検証を行った結果、ニュートリノと反ニュートリノでニュートリノ振動の起きる確率に違いが見られ、ニュートリノにおいて CP 対称性の破れが存在する可能性が示されました。
 

T2K 実験国際共同研究グループの研究者である Kavli IPMU の Mark Hartz 特任助教は、「決定的な結論を述べるにはデータ量はまだ不十分ですが、大きな CP 対称性の破れを示す弱い傾向は見えて来ています。CP 対称性を明らかにするため、データ取得とより精度の高い探索を今後も続けていくことを楽しみにしています。もし我々の運が良く CP 対称性の破れの効果が大きければ、2026年までに3シグマ (有意水準99.7%) での CP 対称性の破れの証拠を得られるかもしれません」と述べています。
 

最近 T2K 実験では、電子型ニュートリノに関して、既に利用可能なデータ量の2倍に相当する新たなデータを取得し終わったところです。このデータの解析結果は、今年の終わり頃には示されると期待されます。

 

論文情報
雑誌名:「Physical Review Letters」(Phys.Rev.Lett. 118,151801)
論文タイトル:Combined Analysis of Neutrino and Antineutrino Oscillations at T2K
著者:T2K Collaboration

DOI: 10.1103/PhysRevLett.118.151801(2017年4月10日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Lettersのページ)
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.118.151801
論文のプレプリント (arXiv.orgのページ)
https://arxiv.org/abs/1701.00432


関連リンク
T2K国際共同実験グループ

J-PARCニュートリノ実験施設のページ

スーパーカミオカンデのページ