なぜ物質は完全消滅を免れたのか? -重力波で探る物質の起源-

2020年2月4日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
 

1. 発表概要
カリフォルニア大学バークレー校教授を兼ねる東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の村山斉 (むらやま ひとし) 主任研究者ら米国、日本、ドイツ、カナダの研究者からなる研究グループは、宇宙初期の相転移の際に出来たとされる「宇宙ひも」から生じる重力波を観測することで、相転移がニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせたとする従来の理論を実証できることを指摘しました。この重力波は、欧州や日本で将来計画として検討されている宇宙重力波望遠鏡によって検出できる可能性があり、もし観測できればこの宇宙が物質優勢になった謎の解明につながると期待されます。

本研究成果はアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2020年1月28日 (米国東部時間) 付で掲載されました。また、注目論文として Editor’s Suggestion に選定されました。Editors’ Suggestion は編集者が選抜するもので、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文が選ばれます。

 

2. 発表内容
ビッグバン理論によると、宇宙の初期において物質と反物質は同じ量作られたと考えられていますが、現在の宇宙では物質だけが残り私たち人間をはじめ、星や銀河などあらゆるものが物質から構成されています。物質と反物質が同量であれば対消滅でいずれも消えてしまったはずですが、反物質のみが無くなり物質だけが残ったという状況はビッグバン理論と矛盾しています。宇宙の初期に、少量の反物質が物質に変わり物質と反物質の間に10億分の1程度の不均衡が生じたことで、物質優勢の今の宇宙になったと考えられています。しかし、いつどのようにして物質と反物質の間の不均衡が生じたのかは謎のままです。
 

「誕生から約40万年間の宇宙は光を通さず不透明です。そのため通常の望遠鏡では観測が難しく、我々がなぜ存在するのか?という根源的な疑問に答えるのは困難です」とカリフォルニア大学バークレー校の Jeff Dror 研究員は述べます。

物質と反物質は反対の電荷を持っているため、入れ替わることができません。しかし、ニュートリノは電気的に中性な粒子であり、反物質から物質の入れ替えが可能な最も有力な候補とされています。多くの研究者が支持する理論は、宇宙初期の相転移が、ニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせたとする理論で、Kavli IPMU の柳田勉客員上級科学研究員 (現 上海交通大学特別招聘教授) や福来正孝上級科学研究員等が提唱したレプトジェネシス機構と呼ばれるものです。

「相転移は、水で言うと沸騰した水の水蒸気への変化や、冷たい水が氷へ変わるといった状態の変化のようなものです。物質の振る舞いは、臨界温度と呼ばれる特定の温度で変化します。他の例としては、リニアモーターカーの磁気浮上技術やガン診断に用いられる核磁気共鳴画像法 (MRI) に利用される金属の超伝導体への変化です。ある特定の金属を低温に冷却していくと、相転移が起き電気抵抗が完全に失われて超伝導体になります。超伝導体のように、初期宇宙の相転移では、『宇宙ひも』と呼ばれる磁場の非常に細いチューブが作り出された可能性があります」とカリフォルニア大学バークレー校教授を兼ねる村山斉 Kavli IPMU 主任研究者は述べます。

研究グループは、宇宙初期の相転移で出来た宇宙ひもが、自ら小さくなろうとする際に重力波が生じると考えました。そして、この重力波は、欧州で計画されている LISA や BBO、日本で計画されている DECIGO といった、将来の宇宙重力波望遠鏡によって検出できる可能性があると指摘しました。

「重力波による近年の発見は、宇宙の歴史を更に遡る新たな機会をもたらしました。重力は宇宙初めから隅々まで伝搬しているからです。初期宇宙が、現在の宇宙で最も熱い場所より1兆倍から1000兆倍も熱かった場合には、ニュートリノは物質を生き残らせるのに十分な振る舞いをした可能性があります」とカナダの国立粒子加速器センター (TRIUMF) Graham White  研究員は述べます。

さらに、宇宙線研究所の平松尚志特任研究員と Kavli IPMU 客員科学研究員を兼ねる高エネルギー加速器研究機構 (KEK) の郡和範准教授はそれぞれ下記のように述べています。

「宇宙ひもは、星や銀河を形成するきっかけとなる質量密度の小さな揺らぎを生み出すものとしてかつて一般的でしたが、最近の観測データによりその考えは否定されています。しかし、宇宙ひもは我々の研究により別の理由で戻ってきました。」

「宇宙ひもからの重力波は、ブラックホールの合体といった天体物理学的に生じる重力波とは明らかに異なるスペクトルを持ちます。そのため、重力波源が確かに宇宙ひもであるとはっきり確信することは十分可能です。」

研究グループが示すように、相転移で生じた宇宙ひもからの重力波が検出されれば、相転移がニュートリノに物質と反物質の入れ替えを可能とさせたとするレプトジェネシス機構の実証に繋がり、この宇宙が物質優勢になった謎の解明の一歩になると期待されます。更には、レプトジェネシス機構の実証に加えて、ニュートリノが他の素粒子と比較して非常に小さな質量を持つ謎の解明にもつながると研究グループは指摘します。

村山斉 Kavli IPMU 主任研究者は、「科学の究極の問いである『なぜ私たちが存在するのか?』について知ることができたら本当に面白いと思います」と述べています。
 


3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル:Testing Seesaw and Leptogenesis with Gravitational Waves
著者:Jeff A. Dror (1, 2), Takashi Hiramatsu (3), Kazunori Kohri (4, 5, 6), Hitoshi Murayama (1, 6, 2, 7), and Graham White (8)

著者所属:
1. Department of Physics, University of California, Berkeley, CA 94720, USA
2. Ernest Orlando Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley, CA 94720, USA
3. Institute for Cosmic Ray Research, The University of Tokyo, Kashiwanoha 5-1-5, Kashiwa 277-8582, Japan
4. Institute of Particle and Nuclear Studies, KEK, 1-1 Oho, Tsukuba 305-0801, Japan
5. The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), 1-1 Oho, Tsukuba 305-0801, Japan
6. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan
7. Deutsches Elektronen-Synchrotron DESY, Notkestrasse 85, 22607 Hamburg, Germany
8. TRIUMF, 4004 Wesbrook Mall, Vancouver, BC V6T 2A3, Canada

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.124.041804 (2020年1月28日掲載)

論文のアブストラクト (Physical Review Lettersのページ)

プレプリント (arXiv.orgのウェブページ)


4. 問い合わせ先
(研究内容について)
村山 斉 (むらやま ひとし)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究者
E-mail: hitoshi.murayama_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

郡 和範(こおり かずのり)
高エネルギ-加速器研究機構 (KEK) 素粒子原子核研究所 理論センタ-准教授/
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 客員科学研究員
E-mail: kohri_at_post.kek.jp TEL: 029-864-5393
*_at_を@に変更してください


(報道対応)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください