銀河中心からの過剰なガンマ線放出の起源が暗黒物質である可能性を排除 -徹底的なモデリングにより暗黒物質の候補を絞り込み-

2020年9月14日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias (オスカー・マシアス) 特任研究員を中心とする  Kavli IPMU や カリフォルニア大学アーバイン校などの研究者らからなる国際共同研究チームは、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡が10年以上前に観測していた天の川銀河中心部からの高エネルギーガンマ線の過剰な放出に関する観測データについて、分析と徹底的なモデリング演習を行いました。その結果、この高エネルギーガンマ線の過剰な放出が暗黒物質の有力な候補とされている Weakly Interacting Massive Particle (WIMP) の対消滅によって起きた可能性を否定し、暗黒物質の性質に強い制限を与えました。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー D (Physical Review D) のオンライン版に2020年8月20日付で掲載されました。
 

2. 発表内容
10年以上前、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡によって天の川銀河中心部で高エネルギーガンマ線の過剰な放出が検出されました。フェルミガンマ線宇宙望遠鏡は2008年6月に打ち上げられた高エネルギーガンマ線観測用の天文衛星です。銀河中心部は、暗黒物質が高密度で存在している領域とされていることから、これまで一部の物理学者達は、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡が観測したこの天の川銀河中心部からの高エネルギーガンマ線の過剰な放出の要因は、暗黒物質粒子が対消滅することで引き起こされたと考えてきました。
 

アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センターの博士研究員を兼務する東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias 特任研究員を中心とし、カリフォルニア大学アーバイン校などの研究者らからなる国際共同研究チームは、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡の観測データの分析と徹底的なモデリング演習を通して、観測された天の川銀河中心部からの過剰なガンマ線の事象は、暗黒物質の有力な候補の一つとされる WIMP の対消滅によって生じたという可能性を否定しました。研究グループの一人であるカリフォルニア大学アーバイン校の Kevork Abazajian 教授は、「40年ほどの間、素粒子物理学者の間では、暗黒物質の主な候補は WIMP のような熱的で弱い相互作用を起こす粒子でした。我々の結果は初めて、その主要な候補を非常に高い質量まで排除しました」と述べています。

研究グループは、銀河中心から生じる過剰なガンマ線の放出を推定するため用いられてきた天体物理学的背景を持つモデルを従来以上の広い範囲でカバーすることができました。銀河中心で過剰なガンマ線放出を引き起こすとされる天体物理学的な現象とは、例えば銀河中心での星形成、分子ガスによる宇宙線の制動放射、中性子星の発するミリ秒パルサーなどがあります。研究グループの最新のモデルを用いると、天の川中心のガンマ線過剰の要因に暗黒物質を含める必要がなく、天体物理学的背景のみでガンマ線の過剰放出について説明することができ、これにより暗黒物質のモデルに非常に厳しい制限を課すことができます。
 

Kavli IPMU の Oscar Macias 特任研究員は「銀河中心の分子ガス、星形成に関係する恒星の質量放出、低エネルギーの光子を散乱させ逆コンプトン散乱を引き起こす高エネルギー電子についてなど、銀河中心で起こる様々なモデルを全て調べあげました。そして新しいモデルを全てまとめてガンマ線の過剰放出について調べるのに3年以上かかりました。その結果、暗黒物質の対消滅によって生じたという可能性の余地がほとんどないことが分かったのです」と述べ、加えて「フェルミガンマ線宇宙望遠鏡搭載の主要検出器の一つである 大面積望遠鏡 (Large Area Telescope, LAT) のコラボレーションによって提供されたデータとソフトウェアがなければ、この結果はあり得ませんでした」と述べています。
 

また、暗黒物質の対消滅が銀河中心のガンマ線の過剰放出を引き起こしたとすれば、ガンマ線の放射は銀河中心から滑らかな球形もしくは楕円形に放出される形で現れると予測されます。しかしながら、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡によって観測されたガンマ線の過剰放出は、棒のような構造を持つ三軸状に現れていました。また、銀河中心にはバルジと呼ばれる膨らみがあります。このバルジを詳しく見てみると、星は非対称な箱のように分布しており非常に特殊な形状をしています。この星の分布の形状では、暗黒物質の対消滅によってガンマ線の過剰放射が起きる可能性の余地がほとんどないことも示しました。
 

今回の研究グループの成果は、銀河に暗黒物質が存在する可能性を排除してしまうことになるのでしょうか? 研究グループの一人であるカリフォルニア大学アーバイン校の Manoj Kaplinghat 教授はその疑問について否定し、「私たちの研究では、存在する暗黒物質の粒子の種類を制限しています。銀河における暗黒物質の存在を示す証拠となる複数の手がかりは、我々の仕事によって揺らぎませんし影響を受けていません」と述べています。つまり、研究グループの成果は、物理学者に落胆を与えるものではなく、最も人気のある WIMP のような考え方以外の可能性について物理学者が注目するような後押しとなり、今後の暗黒物質研究の進展につながることが期待されます。

 

3. 発表雑誌
雑誌名:  Physical Review D
論文タイトル: Strong constraints on thermal relic dark matter from Fermi-LAT observations of the Galactic Center 
著者: Kevork N. Abazajian (1), Shunsaku Horiuchi (2), Manoj Kaplinghat (1), Ryan E. Keeley
(1,3), Oscar Macias (4,5)
著者所属:
1. Center for Cosmology, Department of Physics and Astronomy, University of California, Irvine, California 92697, USA
2. Center for Neutrino Physics, Department of Physics, Virginia Tech, Blacksburg, Virginia 24061, USA
3. Korea Astronomy and Space Science Institute, Daejeon 34055, Korea
4. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
5. GRAPPA Institute, University of Amsterdam, 1098 XH Amsterdam, Netherlands

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevD.102.043012  (2020年8月20日掲載)

論文のアブストラクト (Physical Review D のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)


4. 問い合わせ先
(研究内容について)
Oscar Macias (オスカー・マシアス) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員/
アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センター博士研究員
E-mail: oscar.macias_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください

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(カリフォルニア大学アーバイン校の記事, 英語)

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