2020年12月24日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Volodymyr Takhistov (ウラジーミル・タキストフ) 特任研究員や大学院生の杉山素直 (すぎやま すなお) さん、高田昌広主任研究者らをはじめとする Kavli IPMU の研究者とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者からなる国際共同研究チームは、宇宙初期の加速膨張であるインフレーション時に出来た「子」宇宙が、その後にダークマター候補の一つである原始ブラックホールになったとする理論を提唱。さらに、この理論で示されたシナリオが、ハワイのすばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC; ハイパー・シュプリーム・カム) を用いた原始ブラックホール探索の観測で検証できることを示しました。この理論研究に基づいた追観測が本格的に始められており、観測の面から原始ブラックホール形成の謎を解く手がかりが得られると期待されます。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) のオンライン版に2020年10月30日付で掲載されました。
2. 発表内容
1970年代前後に Yakov Zeldovich (ヤーコフ・ゼルドヴィッチ) 氏や Igor Novikov (イゴール・ノヴィコフ) 氏、Stephen Hawking (スティーブン・ホーキング) 氏らによって、宇宙初期に形成されたブラックホールである「原始ブラックホール」の存在が提唱されました。原始ブラックホールは、大質量星が自身の重力によって崩壊して出来たとされる天体起源の通常のブラックホールとは異なるものです。この原始ブラックホールが、宇宙の様々な謎を一度に説明できる可能性があるため近年注目されています。例えば、米国の LIGO をはじめとする重力波望遠鏡によって観測されている「ブラックホールの連星の起源」、あるいは我々の天の川銀河をはじめ銀河中心に存在すると考えられている「超大質量ブラックホールの起源」を自然に説明できる可能性があります。さらに、宇宙空間に漂う原始ブラックホールが、中性子星と衝突することで、金やプラチナといった元素の生成にも寄与している可能性も指摘されています。なかでも特に興味深いのは、私たちの宇宙の物質の約85%を占めるとされる未知の物質「ダークマター」が原始ブラックホールである可能性についてです。
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Volodymyr Takhistov (ウラジーミル・タキストフ) 特任研究員や大学院生の杉山素直 (すぎやま すなお) さん、高田昌広主任研究者らをはじめとする Kavli IPMU の研究者と Alexander Kusenko (アレクサンダー・クセンコ) 教授をはじめとするカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者からなる国際共同研究チームは、原始ブラックホールを調べるために、初期宇宙の理論に手がかりを求めました。研究グループは、素粒子論、宇宙論、天文学を専門とする、多様な分野の研究者から構成されており、原始ブラックホールに関する理論的、観測的研究を現在進めています。
従来の理論研究から、高温・高密度のビックバン火の玉宇宙だった頃の初期宇宙の時代に、平均密度から30%程度大きな空間領域が存在すると、強い重力のためにその空間自身が崩壊し、原始ブラックホールが形成されると考えられています。一方で、宇宙初期に起きたとされるインフレーションと呼ばれる急激な加速膨張の期間に生じた密度ゆらぎ (密度の非一様性)は非常に小さかったことが分かっており、原始ブラックホールの形成はごく稀にしか起こりません。それでも、宇宙空間は広大であるため、宇宙初期の様々な場所で形成された原始ブラックホールがダークマターになり得るのです。初期宇宙の様々な物理過程で、原始ブラックホールが形成される可能性があることが分かっています。
研究チームは、インフレーションのときに生まれたかもしれない「子」宇宙から原始ブラックホールが形成されたという可能性に着目しました。インフレーション時には、我々の宇宙から沢山の「子」宇宙 (多元宇宙) が生まれた可能性が従来より唱えられていました。研究グループはこの多元宇宙のうちの小さな「子」宇宙が収縮することで、原始ブラックホールが形成されたとする理論を提唱しました。
さらに、大きな「子」宇宙にはより奇妙な現象も起こり得ます。アインシュタインの重力理論の予言では、「子」宇宙が臨界のサイズよりも大きい場合、「子」宇宙の内側、あるいは外側にいる観測者それぞれに、「子」宇宙は全く別のものとして見えます。「子」宇宙の内側の観測者には、その宇宙が膨張し続けているように見え、一方、我々も含む、外側の観測者は、その「子」宇宙をブラックホールとして観測します。これはまるで SF映画のような現象ですが、ブラックホールの「事象の地平線」を境界として、内部と外側の観測者から異なった見え方をするという現象は、今年のノーベル物理学受賞者 Roger Penrose (ロジャー・ペンローズ) 氏が最初に予言した現象です。研究グループの今回の研究は、こうしたペンローズ氏の考え方を用いており、「子」宇宙は我々にとって原始ブラックホールとして認識されることになります。
本研究は、2019年4月に発表された Kavli IPMU の高田昌広主任研究者や当時大学院生だった新倉広子さんらの研究チームによる HSC を用いた原始ブラックホール探索観測のデータをもとにした理論研究にあたります(2019年4月2日「ダークマターは原始ブラックホールではなかった!?」)。なお、2014年の HSC による観測では、この多元宇宙の予言と矛盾しない、月質量程度の原始ブラックホールの可能性がある重力レンズ候補天体を1例を報告しています (脚注1, 図4参照)。この2014年の初期観測と今回の理論研究を契機として、本研究の国際共同チームは HSC を用いて多元宇宙を起源とする原始ブラックホール探索の追観測を現在本格的に始めています。今後観測の面から原始ブラックホール形成の謎を解く手がかりが得られると期待されます。
脚注1.
2014年の観測では、HSC を使って近傍の巨大渦巻き銀河であるアンドロメダ銀河の画像を数分毎に撮影していきました。もし、原始ブラックホールが、地球から見た視線方向上でアンドロメダ銀河のなかの星の手前を横切ると、その重力で星からの光の経路を曲げる重力レンズ現象が起こり、その星は明るさが変化して明るく観測されます。その明るさの変わる時間の長さから、ブラックホールの質量を推定することができます。例えば,太陽のような質量の星が、アンドロメダ銀河の星に重力レンズ現象を起こす場合は、約200日間で明るさが変化します。一方、月程度の質量(太陽質量の1億分の1程度)の原始ブラックホールが重力レンズ現象を引き起こす場合は、約30分で星の明るさが変化します。すばる望遠鏡は8.2mの大口径であることから高い集光力を持ち、HSC も高解像度で広視野を撮像できる性能を持つことから、短い露出時間でも星々からの僅かな光を一度に広範囲で撮影できます。そのため、HSCを用いた観測では、一度にアンドロメダ銀河の約1億個の星の明るさをモニターでき、手前を横切って星の明るさを変化させる原始ブラックホールを捉えることができます。
3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル: Exploring Primordial Black Holes from the Multiverse with Optical Telescopes
著者: Alexander Kusenko (1, 2), Misao Sasaki (2, 3, 4), Sunao Sugiyama (2, 5), Masahiro Takada (2), Volodymyr Takhistov (1,2), Edoardo Vitagliano (1)
著者所属:
1. Department of Physics and Astronomy, University of California, Los Angeles, Los Angeles, California 90095-1547, USA
2. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), UTIAS The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
3. Center for Gravitational Physics, Yukawa Institute for Theoretical Physics, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan
4. Leung Center for Cosmology and Particle Astrophysics, National Taiwan University, Taipei 10617, Taiwan
5. Department of Physics, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.181304 (2020年10月30日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
4. 問い合わせ先
(研究内容について)
高田 昌広 (たかだ まさひろ)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 主任研究者/教授
E-mail: masahiro.takada_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-6510
*_at_を@に変更してください
杉山 素直(すぎやま すなお)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程1年
E-mail: sunao.sugiyama_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail:press_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください
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