ブラックホール光子球面上での光の振る舞いの謎を超弦理論で解決

2021年3月26日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 


1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の大栗博司 (おおぐり ひろし) 機構長と Matthew Dodelson (マシュー ドーデルソン) 特任研究員は、ブラックホール外側の光子球面上で周回する光子の相関関数が発散して無限大となり特異点を生み、物理的予言と矛盾するという従来指摘されてきた問題を、超弦理論の考え方に基づき光子を点粒子ではなく閉じた弦として考えることで解決できることを理論的に明らかにしました。ブラックホール周辺の重力の強い特殊環境下における弦の振る舞いを知る手がかりとなる成果の一つであり今後の超弦理論発展への影響が期待されます。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー D (Physical Review D) のオンライン版に米国時間2021年3月24日付で掲載され、成果の重要性から注目論文 (Editors’ Suggestion) に選ばれました。


2. 発表内容
2019年4月10日、国際協力プロジェクトのイベント・ホライズン・テレスコープ (EHT) は、おとめ座方向の楕円銀河 M87の中心にある超大質量ブラックホールの観測画像を世界に公表し注目を集めました。この時公表された画像には、ブラックホールの影と影の周囲を囲む光の輪の様子が捉えられていました。この光の輪は、ブラックホールに対して水平方向に入ってきた光が、その重力によって引き付けられてブラックホールの周囲を通って進むことのできる境界面にあたり、光子球面と呼ばれます (この光子球より内側に入ってしまった光はブラックホールに引き込まれ出てくることが出来ません)。

量子論で素粒子を点粒子として扱う際に、ある地点の粒子がある別の地点に伝搬する確率を測る相関関数が重要となってきます。2つの点を真っ直ぐ結ぶ光のような軌道を描く際には相関関数が発散し無限大となる特異点を生み出します。平坦な時空においては、特異点を生み出すこの唯一独特な軌道の存在は許されています。しかし、時空が曲がっている時には、2点を結ぶ多くの軌道が存在する可能性があります。これはつまり、ブラックホールの強い重力によって時空が曲げられることで、光によっては光子球面上を何回も周回する軌道を描くことを説明しています。しかし、光子球面上を周回した後に通り過ぎていく光の相関関数が発散し無限大となって特異点を生み出すことは、物理的な予言と矛盾してしまい、この矛盾が素粒子論の問題として従来指摘されてきました。

今回、Kavli IPMU の大栗博司 (おおぐり ひろし) 機構長と Matthew Dodelson (マシュー ドーデルソン) 特任研究員は、超弦理論の考え方に基づき光子を点粒子ではなく閉じた弦として考えることで、この問題を解決できることを理論的に明らかにしました。超弦理論では、全ての粒子を弦の特定の励起状態とみなし考えます。粒子を点ではなく大きさを持った弦とすることで、ブラックホール近くを通過する際に粒子は重力の働き方の差異で生まれる潮汐効果によって弦が引き伸ばされ、引き伸ばされたことをきっかけとしてブラックホールから遠ざかる際に今度は振動を始めます (図1)。この効果によって、物理的な期待と矛盾せずブラックホールの光子球面上を周回する光子の相関関数は無限大とならず、特異点は生まれないことを示しました。

この結果は、ブラックホール周辺の重力の強い特殊環境下での超弦理論で記述される弦の振る舞いを知る手がかりとなる成果の一つであり今後の発展が期待されます。更には、素粒子や素粒子同士の相互作用といったミクロな世界を記述する量子力学と天体の運動や時空といった重力に関係するマクロな世界を記述する一般相対性理論、この2つの理論を上手く結びつけると期待される量子重力理論において、素粒子の状態を記述する上で超弦理論の考え方を含めることが欠かせないことを示す証拠となるものです。

本研究に関して大栗機構長は、「我々の論文では、ブラックホールの近くで超弦理論の効果が大きく表れることを明らかにしました。この効果そのものは、イベント・ホライズン・テレスコープで観測できるほど大きくないですが、このような研究からブラックホールを使った超弦理論の検証への道があらわれることを期待しています」と述べています。


3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review D
論文タイトル: Singularities of thermal correlators at strong coupling 
著者: Matthew Dodelson (a), Hirosi Ooguri (a,b)
著者所属:
a. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU, WPI), The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
b. Walter Burke Institute for Theoretical Physics, California Institute of Technology, Pasadena, CA 91125, USA

DOI: 10.1103/PhysRevD.103.066018  (2021年3月24日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review D のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
 

4. 問い合わせ先
(研究内容について)
大栗 博司(おおぐり ひろし)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長/主任研究者
E-mail: hirosi.ooguri_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

Matthew Dodelson(マシュー ドーデルソン)[英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
Email: matthew.dodelson_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
 

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください