「宇宙のものさし」の異端児? -最も高密度な白色矮星による超新星爆発の痕跡を特定-

2021年6月10日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 野本憲一 (のもと けんいち) 上級科学研究員やカリフォルニア工科大学 Shing-Chi Leung 研究員 (元 Kavli IPMU 特任研究員) も参加する、東京大学大学院理学系研究科修士課程2年の大城勇憲さん (ISAS/JAXA 宇宙物理学研究系 山口研究室所属) を中心とする国際研究チームは、1999年に欧州宇宙機関 (ESA) が打ち上げた X 線天文衛星 XMM-Newton を用いた超新星残骸 (注1)  3C 397 の観測により、Ia 型超新星爆発 (注2) を起こす直前の白色矮星 (注3) の中心密度を決定しました。鍵となったのは、Ia 型超新星およびその残骸から史上初めて検出された 50Ti (チタン50)や 54Cr (クロム54) などの中性子過剰同位体です。これらの同位体は、爆発する白色矮星の中心密度が高いほど効率的に作られます。研究チームはこの性質を利用することで、3C 397 を生み出した白色矮星の中心密度が、一般的な Ia 型超新星爆発を起こす白色矮星の中心密度と比べて約3倍も高かったことを明らかにしました。これは、宇宙の距離測定の「ものさし」として利用される Ia 型超新星の多様性を示す新たな証拠です。今後は多様性のさらなる理解を通じて「ものさし」の信頼性を高めることにより、宇宙膨張の歴史をより精緻に解明できると期待されます。また本成果は、太陽系形成期に作られた隕石「炭素質コンドライト」に見られる中性子過剰同位体の起源特定にも有力な手がかりを与えました。

本研究成果は、米国天文学会が発行する天体物理学専門誌 アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ  (Astrophysical Journal Letters)  に2021年6月4日付で掲載されました。
 

2. 発表内容
【背景】
太陽のような恒星は、最終的に炭素と酸素で構成される白色矮星を残してその生涯を終えます。しかし、白色矮星が別の星と連星を成す場合、伴星からガスを受け取ることで成長を続けます。白色矮星として存在できる限界質量である「チャンドラセカール限界質量 (太陽質量の約1.4倍) (注4)」に近づくと、炭素の熱核反応の暴走によって星全体が爆発します。これが Ia 型超新星です。どの Ia 型超新星も同じ明るさになるので、遠方銀河までの距離を測る「ものさし (標準光源)」として利用され、宇宙の加速膨張の発見 (2011年のノーベル物理学賞) をもたらしました。しかし、このように重要な天体でありながら、明るさが天体間で同じになる物理的な理由は未だ解明されていません。また最近の研究では、質量や中心密度が大きく異なる多種多様な白色矮星が、いずれも Ia 型超新星を起こす可能性が指摘されており、「ものさし」の信頼性を再検証する必要性に迫られています。
 

【研究成果】
本研究では、Ia 型超新星の残骸として知られる「3C 397」に着目しました。この超新星残骸は、JAXA の X 線天文衛星「すざく」によって、爆発前の白色矮星の質量がチャンドラセカール限界質量に近かったことが指摘されています[1]。そこで今回、「すざく」より空間分解能に優れる欧州宇宙機関 (ESA) の XMM-Newton 衛星を用いて 3C 397 を観測し、その形状や元素分布を詳しく調べました。本研究では特に、その生成量が爆発直前の白色矮星の中心密度に敏感なチタン (Ti) やクロム (Cr) の局所的な元素質量比に注目し、詳しいデータ解析を行いました。その結果、残骸の南部に、鉄 (Fe) やニッケル (Ni) に対する Ti と Cr の質量比 (Ti/FeやTi/Ni) が異常に高い領域を発見しました (図1)。なお、Ia 型超新星やその残骸から Ti が検出されたのは、本研究が世界初です。
 


本結果を超新星元素合成の数値計算モデルと比較したところ、3C 397 で観測された元素組成比は、チャンドラセカール限界に近い質量を持つ白色矮星の中でも、特に高密度の中心領域でのみ実現することが明らかになりました (図2)。また、観測値から制限された中心密度は 5×109 g cm-3 と、従来想定されていた密度 (注5) より2〜3倍高いものでした。白色矮星の中心密度が高くなると、爆発時の電子捕獲反応 (注6) が効率的に起こり、中性子数が過剰 (注7) な原子核が生成されやすくなります。特に、密度が3×109 g cm-3を超えると、Ti と Cr の安定同位体の中で最も中性子過剰な核種である 50Ti (陽子数22, 中性子数28)や 54Cr (陽子数24, 中性子数30) が大量に作られます。今回 3C 397 から発見されたのは、これらの同位体と考えられます (注8)。

 

【本研究の科学的意義】
先述の通り、近年の研究によって Ia 型超新星の一様性が疑問視されつつあります。そのため、一つ一つの Ia 型超新星に対して、白色矮星の質量や中心密度を観測的に制限することが喫緊の課題でした。本研究では、超新星残骸に含まれる中性子過剰核の局所的な質量比に着目する新手法によって、爆発前の星の中心密度の決定に初めて成功しました。現在の宇宙に存在する様々な重元素のうち、50Ti や 54Cr、55Mn、56Fe, 58Ni などは、いずれも Ia 型超新星が主要起源であると考えられています。一方、3C 397 で観測された Ti/Ni 比や Cr/Ni 比は、現在の宇宙の平均的な組成比と比べて1桁ほど高いものでした。この事実は、3C 397 が Ia 型超新星の「異端児」であり、近年示唆されていた Ia 型超新星の多様性を改めて示すものです。最近の宇宙論研究では、宇宙の膨張速度を決めるハッブル定数が、測定に用いる Ia 型超新星の距離によって異なる値を取ることも示されています。この事実は、宇宙の膨張を加速させるダークエネルギーの性質が時代とともに変化した可能性を示唆しますが、3C 397 タイプの特異な Ia 型超新星の混入率が時間変化したことによる見かけ上の効果かもしれません。今後は 3C 397 以外の Ia 型超新星残骸に対しても、本研究と同様の手法で爆発前の質量や中心密度を調べ、標準的、すなわち宇宙の「ものさし」として確実に利用できる Ia 型超新星の特徴を明らかにしていきます (注9)。これによって、宇宙膨張の歴史をより精緻に解明できると期待されます。この研究において特に活躍が期待されるのが、2022年度に JAXA が打ち上げ予定の「X線分光撮像衛星 XRISM 」です。XRISM は「すざく」や XMM-Newton と比べて分光能力が約30倍高く、チタンやクロムなどの微弱な輝線の検出を得意とします。XRISM は、3C 397 をはじめとする様々な超新星残骸を観測する予定です (詳細は関連リンクを参照)。

また、本研究成果は、太陽系の形成過程を知る上でも重要な意義を持ちます。地球に飛来する隕石のうち、様々な有機物を含む「炭素質コンドライト」は、太陽系形成期 (46億年前) に原始惑星系円盤の外縁部で作られ、その後太陽系の内縁部まで移動したと考えられています。このタイプの隕石では、一般に 48Tiと52Cr に対する 50Ti と 54Cr の同位体比が高い値を示します。高い同位体比の起源候補の1つとして、太陽系形成期に近傍で発生した、密度の高い白色矮星による Ia 型超新星が提案されていました。今回の研究成果は、炭素質コンドライトに見られる同位体異常を説明しうる高密度の白色矮星が実際に存在することを初めて観測的に実証したものであり、3C 397 と同タイプの Ia 型超新星が、太陽系形成期に近傍で起こった可能性をも示唆します。「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウのサンプルでも、50Ti と 54Cr 同位体比が詳しく調べられる予定です。これによって、リュウグウの母天体が太陽系のどのあたりで作られたかが明らかになると期待されています。


本研究成果の詳細については、宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 (ISAS/JAXA) のウェブページの記事も併せてご覧ください。
 

3. 発表雑誌
雑誌名:Astrophysical Journal Letters
論文タイトル:Discovery of a Highly Neutronized Ejecta Clump in the Type Ia Supernova Remnant 3C 397

著者:Yuken Ohshiro (1, 2), Hiroya Yamaguchi (2, 1), Shing-Chi Leung (3), Ken'ichi Nomoto (4), Toshiki Sato (5), Takaaki Tanaka (6), Hiromichi Okon (7), Robert Fisher (8, 9, 10), Robert Petre (11), Brian J. Williams (11)
著者所属:
1. Department of Physics, Graduate School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
2. Institute of Space and Astronautical Science (ISAS), Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA), 3-1-1 Yoshinodai, Chuo-ku, Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan
3. TAPIR, Walter Burke Institute for Theoretical Physics, Mailcode 350-17, Caltech, Pasadena, CA 91125, USA
4. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
5. Department of Physics, Rikkyo University, 3-34-1 Nishi Ikebukuro, Toshima-ku, Tokyo 171-8501, Japan
6. Department of Physics, Konan University, 8-9-1 Okamoto, Higashinada, Kobe, Hyogo 658-8501, Japan
7. Center for Astrophysics — Harvard & Smithsonian, 60 Garden Street, Cambridge, MA 02138, USA
8. Department of Physics, University of Massachusetts Dartmouth, 285 Old Westport Road, North Dartmouth, MA 02740, USA
9. Institute for Theory and Computation, Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics, 60 Garden Street, Cambridge, MA 02138, USA
10. Kavli Institute for Theoretical Physics, Kohn Hall, University of California at Santa Barbara, Santa Barbara, CA 93106, USA
11. NASA Goddard Space Flight Center, Code 662, Greenbelt, MD 20771, USA

DOI: 10.3847/2041-8213/abff5b  (2021年6月4日掲載)
論文のアブストラクト (Astrophysical Journal のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
 

4. 用語解説/補足説明
注1) 超新星残骸
超新星爆発の後に残る構造のこと。残骸には数千万度の高温プラズマが存在しており、X 線で明るく輝く。

注2) Ia 型超新星爆発
超新星爆発の中でも、白色矮星と呼ばれる星が熱核融合暴走を引き起こすことで起こるもの。

注3) 白色矮星
太陽のような恒星がその進化の果てに行き着く、炭素と酸素からなる星のこと。

注4) チャンドラセカール限界質量
速度は光速を越えられないという特殊相対論と量子力学から導かれる、白色矮星が支えられる最大の質量のこと。実は、白色矮星の典型的な大きさは地球と同程度であることが知られている。地球の重さは太陽質量の約0.000003倍なので、白色矮星がとてつもなく重い星であるとがわかる。

注5) 従来の理論では、チャンドラセカール限界質量に迫った標準的な白色矮星の爆発時の中心密度は、2×109 g cm-3程度と考えられていた。今回測定された中心密度との差異はわずかなようにも見えるが、このわずかな差が爆発する超新星の明るさや、爆発後の元素組成に大きな違いを生み出す。

注6) 密度が2×108 g cm-3を超えるような高密度な環境では、陽子と電子が合体して中性子になるという電子捕獲反応 (p + e- → n +νe) が起こる。

注7) ここでいう「中性子過剰」は、原子核に存在する陽子の数よりも中性子が多いことを示す。

注8) 地球上に存在するチタンやクロムの主要同位体は、それぞれ 48Ti と 52Cr である。

注9) 実は、Ia 型超新星の「ものさし」としての有用性は、私たちの銀河の近くでしか確かめられていない。したがって、遠くの銀河で起こる Ia 型超新星が、私たちの銀河の近くで起こる Ia 型超新星と全く同じ現象であるという確証はない。


関連リンク
XRISM 公式サイト (宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所のウェブページ)
「宇宙のものさし」の異端児? ─ 最も高密度な白色矮星による超新星爆発の痕跡を特定 ─ (宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所の記事)