いて座矮小楕円銀河からのγ線放射を検出

2022年9月6日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

 

1.    発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias (オスカー・マシアス) 特任研究員(研究当時、現:アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センターの博士研究員)とオーストラリア国立大学のRoland Crocker(ローランド・クロッカー)准教授を中心とし、Kavli IPMUの堀内俊作(ほりうち しゅんさく)客員科学研究員、安藤真一郎(あんどう しんいちろう)客員科学研究員を含む国際共同研究チームはGAIA(注1)とフェルミガンマ線宇宙望遠鏡(注2)のデータを解析し、フェルミ・バブル(注3)内の最も明るい部分のγ線放射の多くが「いて座矮小楕円銀河(Sgr dSph)」(注4)に由来するものであることを明らかにしました。
この発見は、ミリ秒パルサーが高エネルギー電子や陽電子を効率的に加速する天体であることを確認するとともに、天の川銀河の他の矮小楕円銀河でも同様の物理過程が進行している可能性を示唆するものです。
本研究成果は、国際的な天文学専門誌ネイチャー・アストロノミー誌(Nature Astronomy)に9月5日付けで掲載されました。


2. 発表内容
【背景】
天の川銀河の中心で、5万光年におよぶ巨大なγ線の泡、フェルミ・バブル(図1のマゼンタ色の構造)が吹き出しています。約10年前にフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡で発見されたこの砂時計型の現象は、その発生源が不明なままでした。
フェルミ・バブルと呼ばれるこの現象には、非常に明るいγ線を放射する謎の下部構造がいくつか見られます。その代表的なのがコクーン(cocoon)と呼ばれる南側にある最も明るいスポット(図2の拡大図)で、当初は天の川銀河の超巨大ブラックホールからの過去の暴発によるものと考えられていました。
いて座矮小楕円銀河は、私たちが住む地球からフェルミ・バブルを通して見ることができます (図1)。この銀河は、我々の銀河を中心に極軌道を描いて回っており、過去に銀河円盤を通過したことにより、星間ガスの大部分を失い、多くの星がその中心から細長い流れに引きはがされています。星間ガスに乏しいため、もはや星形成の場ではなく、そのγ線放出の可能性として、未知のミリ秒パルサー集団やダークマターの消滅など、わずかなものしかありませんでした。
ミリ秒パルサーは、太陽よりはるかに重い星の残骸で、連星系にあり、極度な回転エネルギーの結果、宇宙粒子を吹き出しています。ミリ秒パルサーから発射された電子は、宇宙マイクロ波背景放射(注5)の低エネルギー光子と衝突し、高エネルギーのγ線に叩きあげます。
つまり、観測されたγ線信号は、ミリ秒パルサーの磁気圏放射と組み合わさって、矮小銀河のミリ秒パルサー集団から入射した高エネルギー電子・陽電子対による宇宙マイクロ波背景光子の逆コンプトン散乱によって説明できることが示されました。
研究者らは、コクーンのγ線放射の多くが、実は「いて座矮小楕円銀河(Sgr dSph)」のミリ秒パルサーによるものであることが明らかにし、ダークマター自己消滅説を否定しました。

【研究手法・成果】
Kavli IPMU の Oscar Macias (オスカー・マシアス) 特任研究員(研究当時、現:アムステルダム大学 GRAPPA センターの博士研究員)を中心とする国際共同研究チームは
フェルミ大型望遠鏡(Fermi-LAT)のデータ解析の初期段階において、フェルミ・バブルの中に銀河系北半球のジェットと南半球のコクーンといて座矮小楕円銀河の位置が重なってことに着目しました。研究者達は、いて座矮小楕円銀河からのγ線放射の起源を検証するために、Fermi-LATによって観測されたγ線放射を、テンプレート解析によってコクーンを含む関心領域(ROI)上に当てはめることにしました。

いて座矮小楕円銀河のγ線信号の起源には、次の2つの可能性があります。
まず、ダークマターハローのダークマター粒子の対消滅によるものです。この場合、γ線信号はダークマターハローの空間分布をトレースすると期待されます。次に、ミリ秒パルサーの高エネルギー放出の可能性です。この場合、矮星の星を大きくトレースすることが予想されます。研究者達は、観測的にγ線の形状が後者であることを突き止め、ダークマター起源の可能性を否定しました。いて座矮小楕円銀河の星はM31や銀河系バルジよりも若く、金属に乏しい星であることがわかっています。金属に乏しい星では、質量あたりのミリ秒パルサーの数が多くなるとも予想されます。いて座矮小楕円銀河のγ線光度は、このような環境依存性を考慮した理論的な予測や他のγ線放出星団の観測結果と完全に一致します。
また、年齢と金属量を考慮すれば、他のγ線放出が確認されている星集団の観測結果とも完全に一致することが示されました。恒星集団合成モデルに基づいていて座矮小楕円銀河のγ線輝度は650個のミリ秒パルサーによって作られたと推定されます。

【波及効果、今後の予定】
この発見は、ダークマター信号に対し相対的にミリ秒パルサー信号が弱いと予想されていたことから、ダークマター探索の代表的ターゲットとなっている矮小銀河に、更なる焦点を当てることを強く示唆しました。また、ミリ秒パルサーの寄与とその恒星集団の年齢や金属量への依存性のモデル化が発展することが期待され、このようなモデリングは、将来のダークマター消滅探索のための最も有望なターゲットを特定するために重要です。
"我々の研究は、矮小楕円銀河のような静止状態と思われてきた恒星天体でも、高エネルギー放射の能力を持っており、ダークマター消滅探索の主要ターゲットとしての役割について再評価を迫るものです。"とマシアス氏は述べています。


3.用語解説
(注1)ガイア(GAIA)
欧州宇宙機関 (ESA)が2013年に打ち上げられたガイア宇宙望遠鏡である。位置天文学用で、約10億個に及ぶ恒星の精密位置測定をし、恒星までの距離や固有運動を観測する。

(注2)フェルミガンマ線宇宙望遠鏡(Fermi Gamma-Ray Space Telescope)
2008年6月11日NASAによって打ち上げられ、2008年8月からアメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スウェーデンによる運用が開始された。
フェルミガンマ線宇宙望遠鏡は、大面積望遠鏡 (LAT) とガンマ線バーストモニター(GBM) という2つのガンマ線観測装置を搭載している。LAT は 20 MeV から300 GeV 以上のエネルギー帯域の、高エネルギーガンマ線の検出・撮像装置である。活動銀河、超新星残骸、パルサーのような高エネルギーガンマ線天体や、暗黒物質、宇宙線、星間物質を観測対象とする。GBM は 8 keV から 30 MeV のエネルギー帯域でガンマ線バーストのような突発天体を観測する。

(注3)フェルミバブル(Fermi Bubbles)
フェルミガンマ線宇宙望遠鏡によって2010年に発見された強いγ線を放射する巨大な泡状構造。銀河面に垂直に約5万光年に及ぶ。

(注4)いて座矮小楕円銀河 Sagittarius dwarf spheroidal galaxy (Sgr dSph)
質量は天の川銀河の約 1/1000、直径は約10,000光年、地球からの距離は約70,000光年である。天の川銀河中心から半径約50,000光年の極軌道を描いて回っている。
地球から見て天の川銀河中心の反対側に位置するため非常に暗く、1994年に発見された。天の川銀河より年齢が古く、星間塵をほとんど含まず構成する星の金属量は少ない。
数十億年にわたって10回ほど天の川銀河を周回していると考えられ、強い潮汐力を受けても形を保持しており、この銀河にはダークマターが通常より強く集中している可能性も指摘されている。

(注5)宇宙マイクロ波背景放射(CMB)
宇宙誕生直後、火の玉状態であった宇宙の残光。約138億年前に放出された。
 

4. 発表雑誌
雑誌名: ネイチャー・アストロノミー
論文タイトル: Detection of g-ray emission from the Sagittarius Dwarf Spheroidal galaxy
著者: 
Roland M. Crocker (1,10), Oscar Macias (2,3), Dougal Mackey (1), Mark R. Krumholz (1), Shin’ichiro Ando (2,3), Shunsaku Horiuchi (4,3), Matthew G. Baring (5), Chris Gordon (6), Thomas Venville (7), Alan R. Duffy (7), Rui-Zhi Yang (8,9,10), Felix Aharonian (11,12), J. A. Hinton (11), Deheng Song (4), Ashley J. Ruiter (13), and Miroslav D. Filipović (14)

著者所属: 
1 Research School of Astronomy and Astrophysics, Australian National University, Canberra 2611, A.C.T., Australia
2 GRAPPA  Gravitational and Astroparticle Physics Amsterdam, University of Amsterdam, Science Park 904, 1098 XH Amsterdam, The Netherlands
3 Kavli IPMU (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
4 Center for Neutrino Physics, Department of Physics, Virginia Tech, Blacksburg, Virginia 24061, USA
5 Department of Physics and Astronomy - MS 108, Rice University, 6100 Main Street, Houston, Texas 77251-1892, USA
6 School of Physical and Chemical Sciences, University of Canterbury, Christchurch, New Zealand
7 Centre for Astrophysics and Supercomputing, Swinburne University of Technology, PO Box 218, Hawthorn, VIC 3122, Australia
8 Department of Astronomy, School of Physical Sciences, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui 230026, China
9 CAS Key Labrotory for Research in Galaxies and Cosmology, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui 230026, China
10 School of Astronomy and Space Science, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui 230026, China
11 Max-Planck-Institut f ¨ ur Kernphysik, Saupfercheckweg 1, 69117 Heidelberg, Germany
12 Dublin Institute for Advanced Studies, 31 Fitzwilliam Place, Dublin 2, Ireland
13 School of Science, University of New South Wales Canberra, The Australian Defence Force Academy, 2600 ACT, Canberra, Australia
14 Western Sydney University, Locked Bag 1797, Penrith South DC, NSW 2751, Australia

DOI:10.1038/s41550-022-01777-x (2022年9月5日発行)
論文アブストラクト(ネイチャー・アストロノミーのページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)

5. 問い合わせ先
*_at_を@に変更してください
(研究内容に関する連絡先)
安藤真一郎(あんどう しんいちろう)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構客員科学研究員
E-mail: s.ando_at_uva.nl
 堀内俊作(ほりうち しゅんさく)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構客員科学研究員
E-mail: horiuchi_at_vt.edu
(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930