XENONnT 実験での太陽ニュートリノによる原子核散乱事象の測定結果

2024年7月11日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI)
 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)、名古屋大学宇宙地球環境研究所、神戸大学が参加する、米国・欧州・日本を中心とした国際共同実験 XENON コラボレーションは、現在稼働している暗黒物質探索実験である XENONnT(ゼノンエヌトン)実験において、太陽で生成されたニュートリノとキセノン原子核の散乱をはじめて観測しました。本結果は、イタリア・ラクイラで開催されている国際会議「IDM2024」で日本時間7月10日に報告されました。

太陽で生成されるニュートリノとキセノン原子核の散乱事象は、微弱かつ非常に稀な現象であるため、高感度・大質量の検出器を使った長期の測定による観測が必要です。世界をリードする暗黒物質探索実験である XENONnT 実験の検出器は、大型の液体検出器でありながら、優れた検出器性能と背景事象の除去能力を持つため、微弱かつ非常に稀な現象の観測に最適な装置です。XENONnT 実験で取得した約3.5トン年のデータを解析した結果、観測した信号が背景事象のみに起因する確率が 0.35% であるという有意度でニュートリノとキセノン原子核の散乱事象を観測しました。この成果はそれ自体が初観測であるだけでなく、暗黒物質探索実験の検出器としての性能の高さを示す重要なマイルストーンと言うことができます。
 

2. 発表内容
XENONnT 実験はイタリア・INFNグランサッソ国立研究所で行われている暗黒物質直接探索実験です。宇宙線などの背景事象の起源となる放射線を避けるために、暗黒物質探索やニュートリノ観測実験は、本研究所や岐阜県飛騨市神岡町にある地下の実験室等で行われています。XENONnT 検出器は、これまでに XENON 実験が観測をおこなってきた装置よりも高い感度で暗黒物質を探索できるように設計されました。検出器の中核をなすのは、気体・液体キセノンからなる2相式キセノン"タイムプロジェクションチェンバー"(TPC)で(写真参照)、5.9トンの超高純度液体キセノンで満たされています。XENONnT 検出器には、「大質量のキセノンを -95℃ に保つための冷却装置」「キセノン中に含まれる放射性不純物を常時除去するオンラインキセノン蒸留システム」「最新の検出器コントロールおよびデータ取得システム」そして「中性子背景事象を低減するためのガドリニウムを用いた中性子検出器」の4点が新たに導入されました。また、外部からの放射線を遮蔽するために、検出器は宇宙線ミュー粒子と環境中性子の検出器を備えた700トンの水タンク内に設置されています。
 

xenon
XENONnT 検出器の TPC 内部 (Credit: XENON Collaboration)


本実験で観測した、太陽内部で生成され地上に届くニュートリノとキセノン原子核との散乱は、ニュートリノ‐原子核コヒーレント弾性散乱と呼ばれ、1974年に予言されています。この散乱は標準理論と呼ばれる物理理論の枠組み内の現象であるものの、散乱で与えられるエネルギーが非常に小さいことと、反応確率が非常に小さいことから、その実験的な検証には40年以上を要しました。2017年に、COHERENT グループが、米国テネシー州のオークリッジの中性子施設で人工的に生成した高エネルギーニュートリノを使った実験でニュートリノと原子核の散乱を初観測しました。今回のXENONnT 実験での観測は、太陽内部つまり地球外で生成されたニュートリノと原子核の散乱をとらえた初めての報告となります。

この初観測が可能となったのは、XENONnT 検出器が低エネルギー事象まで観測可能であることと、背景事象が非常に少ないことによります。XENONnT 検出器で取得した2021年7月7日から2023年8月8日までの約3.5トン年相当のデータに対して、ブラインド解析と呼ばれる、解析条件を確定するまでは実際の結果を隠しておく慎重な解析をおこないました。この結果、低エネルギーの原子核反跳の信号に、期待される背景事象よりも有意な超過が確認され、ボロン8と呼ばれる太陽ニュートリノによる信号と矛盾しませんでした。この信号超過は統計的有意度では2.7シグマに相当し、観測された信号が背景事象のみに起因する確率が 0.35% であることに相当します。地球外の天体起源のニュートリノを原子核散乱として検出した初の例となる本結果は、暗黒物質探索実験の検出器としての性能の高さを示す重要なマイルストーンでもあります。これにより、暗黒物質探索実験はニュートリノ事象が背景事象となるニュートリノフォグ(ニュートリノの霧)と呼ばれる新領域の探索に入ります。XENONnT 実験は今後もデータ取得を続け、暗黒物質など宇宙物理や原子核物理での新しい発見を目指します。

XENON プロジェクトの詳細については、<https://xenonexperiment.org>をご覧ください。


【Kavli IPMU の貢献】
- 山下雅樹 (やました まさき) Kavli IPMU 特任准教授
XENON Collaboration Board の共同委員長および液体キセノン純化ワーキンググループのリーダーを務める山下雅樹特任准教授は、検出器の感度を上げる際に重要な鍵となる液体キセノンの純化を主導し世界で最も高純度を誇る液体キセノンを実現させました。 

  「今回のニュートリノによるキセノン原子核反跳の測定に成功したことで暗黒物質探索だけではなくニュートリノ観測にも XENONnT 検出器が貢献できると示すことができました。これは超新星ニュートリノを検出可能であることを実際に示したことになり、マルチメッセンジャーの観点からも今後の観測に期待が膨らみます。」


- Kai Martens (カイ マルテンス)  Kavli IPMU 准教授/神岡分室所長
Kai Martens 准教授は、研究代表者として XENON コラボレーションに参加し、イタリアにある XENONnT 実験のホスト研究所である LNGS に中性子背景事象を低減するためのガドリニウムを用いた中性子検出器を導入するよう提案し、実現しています。この中性子検出器技術は神岡においてスーパーカミオカンデ用に開発された技術が基礎となっています。

「私が1995年にスーパーカミオカンデに参加していた時には、太陽ニュートリノを用いたニュートリノ振動の測定を研究していました。今回、同じ太陽ニュートリノをキセノン原子核反跳で観測できました。このように太陽ニュートリノ信号の理解が進めば、"ニュートリノの霧" の中でもダークマターを探索可能で、さらに超新星背景ニュートリノからメッセージを解読できるようになります。ニュートリノが私達に教えてくれていることを余すことなく理解したいと考えています。」
 

XENONnT 実験に参加している Kavli IPMU の研究者達は、今回の太陽ニュートリノによる原子核散乱事象の測定結果に興奮しています。写真左からデータ解析のトレーニング中である修士1年の Caio Ishikawa 氏、Kavli IPMU の山下雅樹 特任准教授、Kai Martens 神岡分室所長。(Credit:Kavli IPMU)



※日本グループの XENON1T および XENONnT 実験に関わる活動は、日本学術振興会・科学研究費助成事業 (18H03697、18KK0082、19H05802、19H05805、19H00675、19H01920、21H05455、21H04466、21H04471、22H00127, 23H00104,  24H00223, 24K00659, 50824059)、同研究拠点形成事業(JPJSCCA20200002)、およびJST創発的研究支援事業(JPMJFR212Q)の支援を受け行われています。


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関連リンク
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