エネルギー透過には情報が必要 ~境界面上の物理に迫る~

2024年9月13日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI) の大栗博司教授 (カリフォルニア工科大学教授を兼任)、九州大学高等研究院の楠亀裕哉准教授、テキサス大学の Andreas Karch 教授、Hao-Yu Sun 研究員、Mianqi Wang 大学院生らの研究グループは、2次元の共形場の量子論について、エネルギー透過率、情報量透過率、そして場の量子論のヒルベルト空間の大きさの指標(正確には、高エネルギーでの状態数の増加率)の3つの量の間に、(エネルギー透過率)≤(情報量透過率)≤(ヒルベルト空間の大きさの指標)という明解な不等式が成り立つことを示しました。この不等式は、「エネルギーを通すためには、情報を通す必要があり、そのいずれもが十分な状態数を必要とする」ということを表しています。また、この論文では、これより強い不等式はあり得ないことも示しました。エネルギー透過率と情報量透過率は、いずれも重要ながら計算することが困難な量であり、またその間に関係があることは知られていませんでした。本論文は、これらの量の間の不等式を示すことで、この重要であるが困難な問題に新しい光を当てました。

本研究成果は米国の雑誌「Physics Review Letters」のオンライン版に、2024年8月30日付で掲載されました。
 

境界面の概念図。本研究は「境界面にエネルギーを通すためには、情報を通す必要がある」事を示した。(Credit: Yuya Kusuki)

2. 発表内容
<研究の背景と経緯>
2つの量子多体系(場の量子論とも呼ぶ)を接合させた時、その間に「境界面」が生まれます。この境界面をエネルギーや情報がどの程度透過するのかを理解するのは重要な課題ですが、実際にこの透過率を計算することは困難です。本研究では、量子多体系のうち特に扱いやすいクラスである量子臨界系 (共形場理論 (注1)) に焦点を当てていますが、たとえ共形場理論に焦点を絞っても透過率の計算は依然として困難である事が知られています。この理由の一つは、物理の理論研究において強力なツールである対称性を、境界面が壊してしまうためです。



<研究の内容と成果>
本研究では、境界面の研究における潜在的な難しさを、以下の二つのトリックにより乗り越えました。

(1) 3次元量子重力理論と2次元共形場理論の間の対応関係(ホログラフィー原理)を境界面に応用
(2) エネルギーと情報量を個々に調べるのではなく、両者の「関係」に着目

結果として、エネルギー透過率、情報量透過率、そして場の量子論のヒルベルト空間の大きさの指標(正確には、高エネルギーでの状態数の増加率)の3つの量の間に、
(エネルギー透過率)≤(情報量透過率)≤(ヒルベルト空間の大きさの指標)
という驚くほどシンプルな不等式が成り立つことを示しました。この不等式は、「エネルギーを通すためには、情報を通す必要があり、そのいずれもが十分な状態数を必要とする」ということを表しています。また、本研究では、これより強い不等式はあり得ないことも示しています。


<今後の展開>
エネルギー透過率と情報量透過率は、いずれも重要ながら計算することが困難な量であり、またその間に関係があることは知られていませんでした。本論文は、これらの量の間の不等式を示すことで、この重要であるが困難な問題に新しい光を当てました。シンプルゆえに汎用性の高い不等式であるため、今後の境界面の研究に幅広く応用されていくと期待しています。具体例の一つとしては、情報量透過率が本質的な役割を果たす情報量(弱測定や擬エントロピーなど)などの研究に新しい方向性をもたらすと期待しています。また、近年「物理」と「情報」の融合領域が盛んに研究されていますが、この物理と情報の関係の理解を深めることに役立つと期待されます。
 

3. 用語解説
注1) 共形場理論
共形対称性と呼ばれる高い対称性を持つ場の理論を共形場理論と呼ぶ。臨界イジング模型などの量子臨界系が共形場理論の一例である。また、d次元共形場理論はd+1次元量子重力理論と等価であることが知られており、ホログラフィー原理と呼ばれる。本研究の結果を得る過程でも、このホログラフィー原理を用いている。


4. 発表雑誌
雑誌名:  Physical Review Letters
論文タイトル: Universal bound on effective central charge and its saturation
著者: Andreas Karch (1), Yuya Kusuki (2,3,4,5), Hirosi Ooguri (2,6), Hao-Yu Sun (1), Mianqi Wang (1)
著者所属:
1. Theory Group, Weinberg Institute, Department of Physics,University of Texas, 2515 Speedway, Austin, TX 78712-1192, USA
2. Walter Burke Institute for Theoretical Physics, California Institute of Technology, Pasadena, CA 91125, USA 
3. Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences (iTHEMS), RIKEN, Wako, Saitama 351-0198, Japan 
4. Institute for Advanced Study, Kyushu University, Fukuoka 812-8581, Japan
5. Department of Physics, Kyushu University, Fukuoka 819-0395, Japan
6. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan

DOI: 10.1103/PhysRevLett.133.091604 (2024年8月30日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Lettersのページ)


5. 問い合わせ先
(研究内容について)
九州大学高等研究院 
准教授 楠亀 裕哉(くすき ゆうや)
E-mail:kusuki.yuya_at_phys.kyushu-u.ac.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
九州大学 広報課
Tel:092-802-2130 
E-mail:koho_at_jimu.kyushu-u.ac.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
Tel:04-7136-5977
E-mail:press_at_ipmu.jp 
*_at_を@に変更してください

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:050-3495-0247
Mail:ex-press_at_ml.riken.jp
*_at_を@に変更してください
 

関連リンク
エネルギー透過には情報が必要 ~境界面上の物理に迫る~ (九州大学の記事)
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