2025年2月14日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI) の春山 富義 (はるやま とみよし) 副機構長が2024年度の小柴賞と2025年の Samuel C. Collins 賞を受賞しました。小柴賞は2月7日に加速器科学研究奨励会から、Collins 賞は1月28日に米国低温工学会議褒賞選考委員会から発表されました。
小柴賞は、2002年ノーベル物理学賞受賞者でカミオカンデ実験によりニュートリノ天文学を切り拓いた小柴昌俊博士の功績を讃えて高エネルギー加速器科学奨励会に設けられた賞で、素粒子分野などの基礎科学における測定器技術の開発研究において、独創性に優れ国際的にも評価の高い業績をあげた研究者を表彰することを目的としています。一方、Samuel C. Collins 賞は ADL Collins として世界に知られたヘリウム液化機の発明をはじめとする多彩なアイディアで低温工学発展の基礎を築いた Samuel C. Collins 博士の功績を讃えて米国低温工学会議に設けられた賞で、低温工学の問題の特定と解決に卓越した能力を発揮し、また極低温コミュニティへの長年の献身的かつ無私の専門的奉仕とリーダーシップを発揮した研究者を表彰することを目的としています。
今回の小柴賞受賞課題名「大規模液体キセノン粒子検出実験を可能にしたパルス管冷凍機の開発」で示されるように、春山副機構長は高エネルギー加速器研究機構 (KEK) 所属時に素粒子物理実験に用いられる液体キセノン粒子検出器を165 K (ケルビン)の低温度に高精度かつ低振動で冷却するパルス管冷凍機の研究開発に成功しました。
素粒子物理学においては、高エネルギー粒子やガンマ線が入射してきた際に検出器との反応で発生する光 (シンチレーション光) を捉えることで、入射してきた粒子の特定を行うシンチレーション検出器が一般的に用いられます。なかでも、液体キセノンは一様であることから結晶を用いた検出器より精度の良い検出が行えることや、光子を発生させるエネルギーが小さくて済むなど、高感度の素粒子反応の検出を可能とする非常に優れた特徴を持ちます。しかしながら、液体キセノンの温度、圧力を安定的に冷却保持することは、液体窒素などの寒剤を用いる従来の手法では難しく、また振動や冷凍能力等の点から既存の小型冷凍機の適用は困難でした。春山副機構長の研究開発した高冷凍能力パルス管冷凍機により、大規模な液体キセノン検出器を用いた世界中の素粒子物理学実験が可能となっています。スイスのポールシェラー研究所で20年近く行われている900Lの液体キセノンを使うミューオン稀崩壊探索実験 (MEG)、神岡の XMASS やイタリアのグランサッソで20年近く行われているダークマター探索実験 (XENON)、中国ジンピン研究所のダークマター探索実験 (PANDA-X) などに春山副機構長が開発した冷凍機が搭載され現在も稼働し、液体キセノンを長期間にわたり低温保持、データを取り続けています。
加えて、春山副機構長は前述の研究開発のほか、液体アルゴン飛跡検出器に用いる液体アルゴン純化装置の開発、加速器に用いる超伝導磁石を冷却するための二相流ヘリウムの冷却特性の研究、重力波検出器用に更なる低振動を実現した低振動パルス管冷凍機の開発など物理学実験への貢献は多岐にわたります。こうした低温工学分野の研究に加え、低温工学国際コミュニティの活動にも積極的に関わり長く従事してきました。学術誌 Cryogenics のアジア地区エディター、国際低温工学委員会の事務局長はじめ、アジアで初めての委員長を務めました。そうしたことから、Samuel C. Collins 賞の受賞にも繋がりました。
今回の受賞について春山副機構長は以下のように述べています。
「小柴賞の受賞につながった液体キセノン小型パルス管冷凍機は、KEK の技術者と手作りで開発したものでした。この冷凍機により、大規模液体キセノン実験プロジェクトが実現し、現在もデータを取り続けています。新発見の報告を心待ちする毎日です。また、手作りの冷凍機の技術移転を引き受け、信頼性の高い海外向け装置にしていただいた岩谷瓦斯低温事業部 (当時) と事業継承されたアルバッククライオの皆さんに感謝いたします。
Samuel C. Collins 賞は極低温コミュニティでは大変光栄な賞です。Collins 氏は研究者が夢見るテーマを地上の革新的技術で実現するために MIT で多くの創意工夫をされました。国際低温工学コミュニティへの貢献とともに、素粒子物理の謎を解く夢のプロジェクトを地上の手作りの技術開発で進めてきたことが、そうした点からも評価されて大変嬉しく思います。」
小柴賞は2025年3月5日に授賞式が行われ、Samuel C. Collins 賞は2025年5月18日から22日に米国ネバダ州リノで開催される米国低温工学会議の場で授賞式と受賞記念講演が行われる予定です。
春山 富義 氏 略歴
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1973年 慶應義塾大学工学部卒業
1975年 東京教育大学 文部技官
1977年 筑波大学 文部技官
1985年 高エネルギー物理学研究所 助手
1989年 工学博士 (慶應義塾大学)
1990年 英国サウザンプトン大学低温研究所 訪問研究員
1996年 高エネルギー物理学研究所 助教授
2003年 高エネルギー加速器研究機構 教授 (素粒子原子核研究所)
2010年 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 副所長
2013年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任教授・事務部門長
2017年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 副機構長
#受賞、低温工学分野関連の役職
2004年度 低温工学論文賞
2005年度 文部科学大臣表彰科学技術賞 (研究部門)
2006年度 慶應義塾大学矢上賞
2015年 2016年基礎物理ブレークスルー賞 (K2K/T2Kメンバーとして受賞)
1997年-2012年 Cryogenics 誌 (国際学術誌) エディター
2000年-2007年 低温工学国際委員会事務局長
2006年-2017年 低温工学協会専務理事・理事
2008年-2012年 低温工学国際委員会委員長
2010年-2011年 低温工学学会長
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