2025年10月3日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI) の Anamaria Hell (アナマリア ヘル) 特任研究員が2025年のシュプリンガー論文賞 (Springer Thesis Award) を受賞しました。
シュプリンガー論文賞は、物理科学分野において世界で最も優れていると評価される博士論文に対して与えられ、賞金とシュプリンガー社の「Springer Theses」シリーズで論文を書籍として出版する権利が付与されます。出版の際には、指導教員の序文を添え、受賞対象となった博士論文の内容に基づき、より広く一般に理解しやすい形でまとめられます。
今回受賞対象となったのは、Hell 特任研究員が博士課程で所属していたドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン (LMU) において、Viatcheslav Mukhanov 教授の指導のもとで成し遂げた研究成果であり、宇宙論と修正重力理論で記述される概念を応用し、大質量ゲージ理論において長年の謎となっていた課題の一部を解き明かしたというものです。
Hell 特任研究員の博士論文と8月に出版となった著作「The massless limit of massive gauge theories: To the strong coupling and beyond」は、有限質量のヤン=ミルズ理論に関するものです。有限質量のヤン=ミルズ理論は、1961年に電弱理論を提唱した Sheldon Lee Glashow 氏が標準理論を構築する際に、ベクトルボゾンに質量を与える上での重要な鍵の一つとなった理論です。従来の手法では、この理論は無質量極限では特異性を示してしまい、自然に存在可能な理論としては排除される可能性がありました。しかし、この課題に対する新たなアプローチを開発することで、Hell 特任研究員は解決策を見出しました。
「解決の鍵となったのは、理論の基本構成要素である自由度を直接的に研究することでした。これにより、非線形項によって、縦モード (質量のない理論には存在しない) の摂動論が Vainshtein スケールでは破綻することを示すことができました。これは、縦モードが強結合になることを意味します。さらに、より高エネルギーの状態にアプローチするに従って、縦モードに起因する残存自由度への補正はより小さくなり、ゼロ質量の極限で消え、質量のない理論が回復することがわかりました。これは、1971年に Arkady I. Vainshtein 氏 と Iosef B. Kriplovich 氏が当初予想したように、質量を持つヤン=ミルズ理論が高エネルギーの領域において良好な振る舞いをすることを示唆しています」と Hell 特任研究員は述べます。
Hell 特任研究員は、この考えを他のゲージ理論にも応用し、当初は同じ物理を記述すると考えられてきた質量を持つゲージ場の双対性に対する別の視点を明らかにしました。Hell 特任研究員の今後の主要な目標の一つは、宇宙の起源・進化・構造の基礎となる理論の構成要素である基本的な自由度を特定することです。これは、現代物理学における難問の一つであり、今後数年間でこの難問解決を成し遂げることを目指しています。
Hell 特任研究員は今回の受賞について、さらに以下のようにコメントしています。
「今回の受賞は大変嬉しく、とても光栄です。博士課程の時の指導教官である Viatcheslav Mukhanov 教授をはじめ、最初の共同研究者である Dieter Lüst 氏、George Zoupanos 氏、Betti Hartmann 氏、Lisa Scalone 氏には計り知れない支援をいただき、深く感謝しております。また、日本に来てから多大な支援とご指導を賜りました Kavli IPMU の Elisa Ferreira 特任助教、林左絵子特任教授、伊藤由佳理教授、Jia Liu 特任准教授、佐々木節 特任教授、横山順一機構長には大変感謝しております。そして何よりも、常に支えて下さった家族と友人に感謝しています。」