市民と見つけた!沢山の虫めがね - 市民参加型プロジェクトと研究者の連携による強い重力レンズ候補の発見 -

 

2015年9月24日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構  (Kavli IPMU)

1. 発表者

Anupreeta More(アヌプリータ・モレ)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員

2. 発表のポイント

  • 強い重力レンズ現象の候補29個 (図1) を新たに発見した。
  • 市民参加型サイエンスプロジェクトのスペース ワープス (Space Warps 注1) により得られたデータを基に解析を行い、今回の成果につながった。
  • Space Warps のデータは、重力レンズ現象を発見するための自動アルゴリズムで見逃されていた候補を多数発見するなど、アルゴリズムの精度向上に寄与する可能性が明らかとなった。
     

3. 発表概要

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)のアヌプリータ・モレ特任研究員と英国オックスフォード大学のアパラジータ・ヴァーマ研究員、米国カブリ素粒子宇宙物理・宇宙論研究所のフィリップ・マーシャル スタッフサイエンティストらの研究グループは、カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡レガシーサーベイ (CFHTLS 注2)の観測データを用いた市民参加型サイエンスプロジェクト  Space Warps で得られたデータを解析し、重力レンズ現象の可能性が高い候補を新たに29個発見しました。本研究成果は、英国王立天文学会 (RAS) 発行の論文誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS) に10月掲載予定です。
 

4. 発表内容

図1 今回見つかった強い重力レンズ現象の候補画像: Space  Warpsにより29個の強い重力レンズ現象の候補が見つかった。 (Credit: Credit: Space Warps,  Canada-France-Hawaii Telescope Legacy Survey)図1 今回見つかった強い重力レンズ現象の候補画像: Space Warpsにより29個の強い重力レンズ現象の候補が見つかった。 (Credit: Credit: Space Warps, Canada-France-Hawaii Telescope Legacy Survey)

重力レンズ現象は重力により光の経路が曲げられる現象です。なかでも、天体からの光が手前にある強い重力のある領域により曲げられ、天体の像が複数の像として見えたり引き延ばされることを「強い重力レンズ現象」と呼びます (図2) 。強い重力レンズ現象は、暗黒物質分布を知る手がかり、重力レンズによる増光を用いた銀河の距離測定、さらにはハッブル定数やダークエネルギーのような宇宙論パラメータ決定にも用いられる天文学や宇宙物理の分野において大変重要な研究手段となってきました。このような研究上の重要性から、強い重力レンズの影響を受けた銀河の探索が数十年前から現在にかけ盛んに行われ、これまでに約500個の候補が見つかっています。

しかし、宇宙空間にある膨大な数の銀河から重力レンズの影響を受けた銀河を探し出すのは大変困難なことから、効率的に見つけ出すためのコンピュータアルゴリズムの開発が行われてきました。このようなアルゴリズムは重力レンズ現象の発見に貢献してきた一方で、重力レンズにより現れる画像とよく似た形の天体の画像と、実際の画像とを区別することが難しく、重力レンズ現象ではない画像を誤って検出してしまうという問題があります。

研究グループは、2013年5月に市民参加型サイエンスプロジェクトのスペースワープス (Space Warps) を立ち上げました。このプロジェクトではカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡レガシーサーベイ (CFHTLS) の画像が用いられ、約37,000名の一般市民が参加し重力レンズの影響を受けた銀河の画像の候補を目で見て探し出しました。

これまで CFHTLS の観測画像から重力レンズ現象を見つけ出す際には、2つのコンピュータアルゴリズムが用いられてきました。今回、アルゴリズムで見つけられた重力レンズ現象の候補と Space Warps で見つけられた重力レンズ現象の候補の比較を行いました。その結果、Space Warps はアルゴリズムで見逃されていた29個の強い重力レンズ現象を見つけ出しました。また、見つかった候補はアルゴリズムで得られた候補とは違い、楕円や螺旋、赤くて小さいものなど様々な性質の重力レンズ効果を受けた銀河を含んでいました。このことから、Space Warps による一般市民の重力レンズ現象の探索は、観測データから重力レンズ現象の候補を探し出す上で有用であることが示されました。

アヌプリータ・モレ特任研究員や参加した市民ボランティアは以下のように述べています。

アヌプリータ・モレ特任研究員 「コンピュータアルゴリズムは重力レンズを見つける上である程度の成功を収めてきました。しかし、アルゴリズムでは銀河によく見られる特徴、例えば渦巻銀河の青い腕の部分と良く似た重力レンズの画像を見逃すことがあります。」

クリスティーン・マクミリアン氏 (※スコットランドから参加している市民ボランティアで、論文の共著者にもなっている)
「必要とされるのは、形と色を認識する能力でした。ずっと遠くの銀河を見てアーク状に歪んだ光から、背後に隠されたさらに遠くの銀河を見つけることは面白いものでした。」

クロード・コーネン氏 (※フランスから参加している市民ボランティアで、論文の共著者にもなっている)
「レンズのモデルを作るという経験や知識が増えるなど、私にとってこのプロジェクトは有益なものでした。」

研究グループは、今回見つかった候補のうち興味深いものについてさらに研究を進めています。また近い将来、新たな画像を使い Space Warps と同様のプロジェクトを立ち上げて、より多くの市民の協力を得ることを計画しています。本研究成果は、一般市民の貢献により得られた重力レンズ現象探索研究の重要なステップであり、重力レンズ現象を用いた宇宙の暗黒物質分布の解明をはじめとした研究に大いに役立つと期待されます。

図2 強い重力レンズ現象が引き起こされるメカニズムの模式図: 図中に黄色で表示されている銀河の重力が巨大なガラスレンズの様な働きをすることで、奥にある渦巻銀河の像が複数の像として見えたり引き延ばされている。 (Credit: Kavli IPMU)図2 強い重力レンズ現象が引き起こされるメカニズムの模式図: 図中に黄色で表示されている銀河の重力が巨大なガラスレンズの様な働きをすることで、奥にある渦巻銀河の像が複数の像として見えたり引き延ばされている。 (Credit: Kavli IPMU)

 

















 

5. 発表雑誌

本研究成果は、英国王立天文学会 (RAS) 発行の論文誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS)  に10月掲載予定です。
arXiv.org の下記 URL より MNRAS に掲載予定の論文をご覧いただけます。
http://arxiv.org/abs/1504.05587

論文タイトル:Space Warps II. New Gravitational Lens Candidates from the CFHTLS Discovered through Citizen Science

著者:Anupreeta More (1), Aprajita Verma (2), Philip Marshall (2,3),  Surhud More (1), Elisabeth Baeten (4), Julianne Wilcox (4), Christine Macmillan (4), Claude Cornen (4), Amit Kapadia (5), Michael Parrish (5), Chris Snyder (5), Christopher P. Davis (3), Raphael Gavazzi (6), Chris  J. Lintott (2), Robert Simpson (2), David Miller (4), Arfon M. Smith (4 ), Edward Paget (4), Prasenjit Saha (7), Rafael Kung (7), Tomas E. Collett (8)

著者所属:
1 Kavli IPMU (WPI), UTIAS, The University of Tokyo
2 Dept. of Physics, University of Oxford
3 Kavli Institute for Particle Astrophysics and Cosmology, Stanford University
4 Zooniverse, c/o Astrophysics Department, University of Oxford
5 Adler Planetarium
6 Institut dAstrophysique de Paris, UMR7095 CNRS Université Pierre et Marie Curie
7 Department of Physics, University of Zurich
8 Institute of Cosmology and Gravitation, University of Portsmouth

Space Warps について述べた下記論文も上英国王立天文学会 (RAS) 発行の論文誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS) に掲載予定です。

論文タイトル: Space Warps: I. Crowd-sourcing the Discovery of Gravitational Lenses
arXiv.org の下記 URL よりご覧いただけます。
http://arxiv.org/abs/1504.06148

6. 問い合せ先

報道対応

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp Tel: 04-7136-5977
携帯: 080-9343-3171 Fax: 04-7136-4941
*_at_を@に変更してください

研究内容について

Anupreeta More(アヌプリータ・モレ) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
E-mail: anupreeta.more_at_gmail.com Tel: 04-7136-6566
*_at_を@に変更してください

7.用語解説

(注1) スペース ワープス (Space Warps)
カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡レガシーサーベイ (CFHTLS) の観測画像の中から重力レンズの影響を受けた銀河を一般の方に探し出してもらうことを目的として2013年5月に開始されたプロジェクト。Space Warps には世界各国から約37,000名の一般市民が参加、公開されていたデータは全て解析が終了したため現在は休止中。しかしながら Space Warps で得られた結果は今回の研究成果のように天文学者による研究に引き続き用いられていくとともに、重力レンズ現象を自動で検出するコンピュータアルゴリズムの改良に役立てられる予定。

      スペースワープス (Space Warps) のウェブページ (英語)
      http://spacewarps.org/


(注2) カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡レガシーサーベイ (CFHTLS)
国立天文台のすばる望遠鏡と同じハワイのマウナケア山頂にあるカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡(Canada-France-Hawaii Telescope;CFHT)を用い、2003年から2009年にかけて行われた観測。観測には40個のイメージセンサーを搭載した MegaCam という3億4千万画素の広視野カメラが使われ、450夜相当2300時間以上かけて夜空の広い領域の観測を行い、これまで多くの成果をあげた。

      カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡レガシーサーベイのウェブページ (英語)
      http://www.cfht.hawaii.edu/Science/CFHLS/
 

8. 参考画像

画像は http://web.ipmu.jp/press/20150903-SpaceWarps  からダウンロード可能です。