加速器実験の現象論

CERNの大型ハドロン・コライダー(LHC)は、世界最高エネルギーの陽子衝突を通じて、物質を構成する素粒子とその間に働く力を調べています。カブリIPMUの研究者は、LHC実験が蓄積する膨大なデータと理論を結びつけ、素粒子の標準模型を精密に検証するとともに、それを超える新しい物理を探究しています。 

LHC実験では、2012年にヒッグス粒子が発見され、素粒子が質量を獲得する仕組みの理解が大きく進みました。一方、暗黒物質の正体など、標準模型だけでは説明できない問題が残されています。LHC実験では、これまでのところ標準模型を超える新粒子や現象の確立した証拠は得られていませんが、ヒッグス粒子の性質の測定や新粒子の探索は、新しい理論を検証し、今後の探索の方向を定める重要な手がかりとなっています。カブリIPMUでは、暗黒物質の候補粒子や超対称性などを研究するとともに、特定の理論模型にとらわれない幅広い可能性を調べています。 

新しい物理の探索では、従来は捉えにくかった信号にも注目しています。検出器への理解が深まり、粒子の飛跡を再構成する技術やデータ解析の手法が進歩したことで、運動量の小さい粒子が残す飛跡や、衝突点から離れた場所で生まれた粒子の飛跡なども、探索により広く活用できるようになってきました。こうした信号を生かすことで、従来の探索では見逃されやすかった新粒子や、生成されてから崩壊するまでの寿命が長い粒子など、より多様な新しい物理を探ることができます。 

実験の感度を十分に生かすには、理論予測の精密化も欠かせません。カブリIPMUでは、暗黒物質の候補粒子などが生み出す信号について、量子効果による補正を取り入れた精密な計算に取り組んでいます。信号の発生頻度や特徴をより正確に予測し、その不確かさを評価することで、実験結果と理論をより確かな形で比較し、新しい物理の探索に役立てています。 

新粒子の探索に加え、標準模型の枠内で起こるものの、理論予測に大きな不確かさが残る現象についても研究しています。特に、重水素核などの原子核や、それに対応する反原子核の生成率、物質との相互作用をより正確に予測するために、加速器実験でどのような測定や解析が有効かを理論的に検討しています。こうした研究を通じて、強い力を記述する量子色力学(QCD)や原子核の生成・相互作用への理解を深め、宇宙線物理の理論予測の改善につなげることを目指しています。また、暗黒物質の対消滅・崩壊によって生じる反原子核などを探す「間接探索」で、信号と背景をより正確に評価するための理論的基盤を築いています。

日本のSuperKEKB加速器を用いるBelle II実験では、精密測定を通じて新しい物理に迫る研究の可能性を検討しています。クォークやレプトンの種類(フレーバー)に関わる現象を詳しく調べることで、標準模型を検証し、新しい物理の間接的な兆候を探ります。さらに、粒子間の量子もつれや量子相関に着目し、量子情報の視点から素粒子の振る舞いを調べる研究についても議論を進めています。カブリIPMUにはBelle II実験に参加する研究グループがあり、実験研究者との日常的な交流を通じて、理論的な着想を具体的な測定や解析の提案へと発展させられることが大きな強みです。 

将来の加速器で可能になる物理も重要な研究テーマです。より多くのデータを収集する高輝度LHCに向けた研究を進めるとともに、電子・陽電子衝突型加速器として構想されているFCC-eeや国際線形加速器(ILC)について、ヒッグス粒子などの精密測定や新粒子の探索の可能性を検討しています。より長期的な展望として、ミューオンを衝突させる「ミューオン・コライダー」にも注目し、暗黒物質の探索やヒッグス粒子の性質の解明に向けた理論研究を進めています。 

素粒子理論・実験、暗黒物質探索、宇宙論などの研究者が活発に交流し、加速器実験と宇宙の観測から得られる知見を組み合わせることで、自然界の基本法則に迫っています。

(Last update: 2026/09/25)

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