2025年5月22日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI)

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI) の村山斉 (むらやま ひとし) 教授が第25回 (2025年度) の素粒子メダル (Particle Physics Medal of Japan Particle and Nuclear Theory Forum, Physical Society of Japan) の受賞者の一人に選ばれました。2025年9月16日-19日に広島大学で開催される日本物理学会第80回年次大会において授与が行われる予定です。
素粒子メダルは、素粒子物理学、原子核物理学、および関連分野の発展を目的とする理論研究者の集まりである日本物理学会の素粒子論委員会が選出し、素粒子論およびその周辺分野で挙げられた顕著な業績を顕彰するとともに、次世代のさらなる独創的研究を推奨することを目的として、これに貢献した研究者に授与されるものです。これまで、ニュートリノ振動の理論的予測で有名な牧二郎氏や量子電気力学 (QED) の精密計算で著名な木下東一郎氏などが受賞しています。また、Kavli IPMU 主任研究者や「浜松プロフェッサー」などを歴任してきた Kavli IPMU の柳田勉 (やなぎだ つとむ) 客員上級科学研究員は第20回 (2020年度) の素粒子メダルを受賞、Kavli IPMU の松本重貴 (まつもと しげき) 教授も第24回 (2024年度) の素粒子メダルを受賞しています。
今回の村山教授の2025年度素粒子メダル受賞業績題目は「南部-Goldstone定理の普遍的定式化」で、村山教授が当時カリフォルニア大学バークレー校大学院生だった渡辺悠樹氏 (現:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻准教授) と共にアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2012年に発表した “Unified Description of Nambu-Goldstone Bosons without Lorentz Invariance” の論文が対象となりました。なお、村山教授らの成果とは別の手法で南部-Goldstone 定理の普遍的定式化に独立に成功した日高義将氏 (現:京都大学基礎物理学研究所教授) の Physical Review Letters に2013年発表の "Counting Rule for Nambu-Goldstone Modes in Nonrelativistic Systems" の論文も対象となっています。
受賞理由は「対称性およびその自発的破れは、物理学のさまざまな分野において極めて重要な概念である。特に相対論的場の理論では、連続的対称性の自発的破れにより、破れた対称性の数だけ質量ゼロのモード (南部–Goldstoneボソン) が現れることが知られており、この現象は南部–Goldstone の定理として体系化されている。しかし、対称性の自発的破れは、ローレンツ不変性を持たない非相対論的系においても広く見られる。このような系では、南部–Goldstone ボソンの性質が系ごとに異なり、個別に研究されてきた。近年、これらの現象を統一的に理解する試みが進められる中で、ローレンツ不変性のない系における南部–Goldstone モードの一般的理論を提示したのが、渡辺氏・村山氏、および日高氏による独立した研究である。両者の研究は、以下のような重要な結論を導いた。まず、破れた対称性に対応する生成子の交換関係の真空期待値に基づき、生成子を可換なものと非可換な組に分類する。そして、出現する南部–Goldstone ボソンの数は、可換な生成子の数と非可換な組の数の和になることを示した。さらに、分散関係に関しては、可換な生成子に対応するモードが線形分散、非可換な組に対応するモードが二次分散となることを明らかにした。これらの成果を、渡辺氏・村山氏は量子場理論における有効ラグランジアンの方法、日高氏はMori射影演算子法という、それぞれ異なる手法を用いて導いた。このように異なる理論的アプローチにより南部–Goldstone 定理の普遍的定式化に貢献した両者の研究は極めて高く評価されるべきものであり、素粒子メダルにふさわしい業績である」とされました。
南部–Goldstone の定理は、2008年ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎氏の重要な業績の一つである自発的対称性の破れに関する定理で、連続的な対称性が自発的に破れると破れた対称性の数だけ南部–Goldstone 粒子と呼ばれる波が出現するというものです (量子力学では波と粒子は同じであり、ここでは粒子と呼んでいます)。しかしながらこの定理は、絶対温度零度の真空中での素粒子の振る舞いを想定したものであり、温度や密度のある状態には当てはめられず50年来の懸案となっていました。村山教授らの成果によって、温度や密度がある状態へも拡張できるようになり南部–Goldstone 定理を様々な物理状態でも統一的に扱える道筋が拓かれました。
村山教授は今回受賞対象となった研究について下記のように述べています。
「様々な現象を統一的な原理で理解することが物理学の目標です。今回の受賞内容はまさしく冷蔵庫の磁石から超冷却原子系、中性子星の内部に至る様々なスケールにまたがる物理学の原理の発見でした。当時大学院生であった渡辺悠樹氏の豊富な物性物理に関する知識に助けられ、私の場の理論と現代幾何学の知識がうまくマッチし、この理解に到達できました。また物理学での分野を超えた交流だけでなく、カブリIPMUやバークレイでのシンプレクティック幾何学や表現論に取り組む数学者との連携も必須でした。その後も時空の対称性を含む場合への一般化も進めることができました。この一連の研究は私の研究人生の中でのハイライトとなりました。今回の受賞はとてもうれしいです。」
村山氏の経歴等
学歴
1991年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了
職歴
1991年 東北大学大学院理学研究科 助手
1993年 ローレンス・バークレー国立研究所 研究員
1995年 カリフォルニア大学バークレー校物理学科 助教授
1998年 カリフォルニア大学バークレー校物理学科 准教授
2000年 カリフォルニア大学バークレー校物理学科 教授
2004年 カリフォルニア大学バークレー校物理学科 MacAdams冠教授:現職
2007年 東京大学数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 初代機構長
2008年 東京大学数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 特任教授
2012年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 初代機構長:2018.10退任
2018年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 教授:現職
2019年 東京大学 特別教授、カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 浜松プロフェッサー:現職
受賞歴
2002年 西宮湯川記念賞受賞
2003年 米国物理学会フェロー
2011年 中央公論新社 新書大賞2011「宇宙は何でできているのか」(幻冬舎)
2011年- 日本学術会議連携会員
2013年- 米国芸術科学アカデミー会員
2016年 基礎物理学ブレイクスルー賞 (カムランド実験メンバーとして)
2017年 アインシュタイン財団「世界に影響力を持つ100人」
2017年 アレキサンダー・フォン・フンボルト財団研究賞
2017年 科学放送高柳賞優秀賞「村山斉の宇宙をめぐる大冒険」(監修協力・主演)
2022年 米国科学振興協会(AAAS)フェロー
2024年 Miller Senior Fellowship 2024
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