2020年11月17日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 客員上級科学研究員を兼ねる、上海交通大学特別招聘教授の柳田勉 (やなぎだ・つとむ) 氏が第20回 (2020年度) の素粒子メダル (Particle Physics Medal of Japan Particle and Nuclear Theory Forum, Physical Society of Japan) の受賞者の一人に選ばれました。柳田氏は、Kavli IPMU 主任研究者や「浜松プロフェッサー」などを歴任し、機構の研究活動や若手の指導にも尽力してきました。
素粒子メダルは、素粒子物理学、原子核物理学、および関連分野の発展を目的とする理論研究者の集まりである日本物理学会の素粒子論委員会が選出し、素粒子論およびその周辺分野で挙げられた顕著な業績を顕彰。次世代のさらなる独創的研究を推奨することを目的として、これに貢献した研究者に授与されるものです。これまで、ニュートリノ振動の理論的予測で有名な牧二郎氏や量子電気力学(QED)の精密計算で著名な木下東一郎氏などが受賞しています。
今回の柳田氏らの2020年度素粒子メダル受賞業績題目は「隠れた局所対称性の定式化とそのハドロン現象論」で、柳田氏らの研究グループが1985年にアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に発表した論文 “Is the ρ Meson a Dynamical Gauge Boson of Hidden Local Symmetry?” が対象となりました。選出理由は「非線形シグマ模型における隠れた局所対称性の定式化を行い、量子色力学 (QCD) におけるρ (ロー) ベクトル中間子を複合ゲージ粒子として取り扱うアイデアを提供した。この提案は 発表以来、原子核・ハドロン現象論研究者の注目を集め、 ベクトル中間子を取り扱う有効な方法として支持されてきた。 それだけでなく、この提案は Dimensional Deconstruction (DD) を用いた模型の構築、 ホログラフィック QCD 等の21世紀の場の量子論研究においてもしばしば参照されている。 発表以来、年月を経た現在でも色あせることなく多くの素粒子論研究者に影響を与え続けており、 長い年月を経て、素粒子論の理論的研究の発展に大きく貢献してきた点は高く評価できる」とされました。つまり、計算の難しい量子色力学を柳田氏らがハドロンであるρ中間子の性質から数学的にアプローチしやすく定式化したことで、量子色力学を高次元や超弦理論の方面からアプローチし定式化していく手法に影響を与え、今でも素粒子論の発展に大きく寄与していることが評価されたものです。
柳田客員上級科学研究員は今回受賞対象となった研究が生まれた経緯について下記のように述べています。
「私が客員研究員としてミュンヘンのマックス・プランク研究所にいた頃、理論物理学者のJ. J. Sakurai (桜井純) 氏が、1982年の約1年間ほどマックス・プランク研究所を訪れていました。彼の滞在中に、私は、ρ (ロー) 中間子が量子色力学 (QCD) で記述される複合ゲージ粒子であるというSakurai氏の考え方に大変興味を持ちました。 また、丁度この頃、私は、Wilfried Buchmüller 氏と Roberto Peccei 氏と共に、非線形シグマ模型に基づいた弱い相互作用の研究に取り組んでいました。我々は、有効ゲージボゾン (effective gauge boson) として、ウィークボゾンを扱おうとしていました。この共同研究の間、私は、ウィークボゾンは実は非線形シグマ模型における隠れた局所対称性の複合ゲージ場ではないだろうかという考えを持つようになりました。
しかし残念ながら、ウイークボゾンが電弱ゲージ理論で予言された通りに1983年初頭に発見されてしまいました。我々の研究は失敗に終わったのでした。しかしながら、当時、研究所の客員研究員であった Choonkyu Lee 氏と私は、Steven Weinberg (スティーブン・ワインバーグ) 氏の言葉を思い出したのです。彼は Sakurai 氏の考え方をレプトンセクターにおける弱い相互作用に応用して、電弱ゲージ理論を作り上げたと述べていたのです。
それならばということで、我々はウィークボソンについての我々の考え方を逆に QCD に応用して、ρ (ロー) 中間子が量子色力学 (QCD) の非線形シグマ模型における隠れた局所対称性の複合ゲージ場であるという考察に至りました。
しかし、私がミュンヘンをすぐに去らなければならなかったために、我々のその仕事は未完成となっていました。その後、日本に戻って一年ほど経った頃、私は京都大学の九後汰一郎氏に会って、彼にρ (ロー) 中間子に関する我々の考えを定式化してもらえないかとお願いしました。彼はこの考えに大変関心を持ってくれたのです。」
柳田氏の経歴等
学歴
1972年、静岡大学理学部化学科卒業
1977年、広島大学理学系研究科物理学専攻博士課程修了
職歴
1977年 日本学術振興会特別研究員
1979年 東北大学理学部教務員
1979年 東北大学教養学部助手
(1981年-1983年 マックス・プランク研究所客員研究員)
1986年 東北大学理学部助教授
1990年 東北大学理学部教授
1996年 東京大学大学院理学研究科教授
2007年-2017年 東京大学数物連携宇宙研究機構主任研究者
(2012年- 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究者)
2009年-2019年 東京大学数物連携宇宙研究機構特任教授
(2012年- 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構特任教授)
2017年-2019年 浜松プロフェッサー[宇宙のダークサイド(浜松ホトニクス)寄付研究部門]
2019年- 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構客員上級科学研究員
2019年- 上海交通大学特別招聘教授
受賞歴
1988年 西宮湯川記念賞
1992年 仁科記念賞
2003年 フンボルト賞 (アレキサンダー・フォン・フンボルト財団)
2012年 戸塚洋二賞
2015年 ヘルムホルツ賞 (ヘルムホルツ協会)
関連リンク
素粒子メダル受賞者リスト (素粒子論委員会のページ)