XENONnT 実験での低エネルギー太陽ニュートリノによる電子散乱事象の初観測

2026年9月2日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI)

神戸大学、東京科学大学理学院、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)、名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE)が参加する、米国・欧州・日本を中心とした国際共同実験 XENON コラボレーションは、2026年8月31日に イタリアの INFN Laboratori Nazionali del Gran Sasso(LNGS)で開催されたセミナーにおいて、現在稼働している暗黒物質探索実験である XENONnT(ゼノンエヌトン)実験において、太陽で生成された低エネルギーのニュートリノと電子の散乱をはじめて観測したと発表しました。

xenon
太陽由来の pp ニュートリノとは、太陽内部で2つの陽子(proton, p)が核融合を起こし、重水素と陽電子が生成される際に放出される電子ニュートリノです。放出されたニュートリノは太陽中心部から地球へ伝播し、その一部は XENONnT 検出器内部の電子を反跳させることで検出されます。太陽内部ではさまざまな核融合反応によってニュートリノが生成されていますが、pp ニュートリノは太陽の主たるエネルギー生成反応で生じるニュートリノであり、その放出量は太陽ニュートリノの中で最も多くなっています。(Credit:XENON Collaboration)

この測定により、直接観測可能なニュートリノのエネルギー領域の下限値が約17 keVまで引き下げられました。これは、これまでに直接観測されたニュートリノとして最も低いエネルギーに相当します。検出された信号は、太陽の核融合のエネルギー源である陽子-陽子融合反応で生成されるニュートリノ(ppニュートリノ)によるものが主体となっています。

XENONnT 実験は、未発見の粒子と考えられている銀河の暗黒物質(ダークマター)の直接検出を目指した観測を行っています。その中核を成すのは、5.9トンの超高純度液体キセノンを封入した二相式キセノン検出器で、粒子がキセノン標的と相互作用した際に発生する微弱な光や電離信号を検出します。検出器はイタリア、グラン・サッソの地下1,400メートルの岩盤の下に設置され、宇宙線由来のミューオンや中性子を識別・排除する水チェレンコフ検出器に囲まれています。

低エネルギー領域でこのような微弱なニュートリノ信号を素粒子物理学で発見の基準とされる5σ(シグマ)の統計的有意度で検出するためには、ニュートリノ以外の事象(バックグラウンド事象)をこれまでにないほど低いレベルまで抑える必要がありました。最大の課題は、検出器材料から湧き出してくる微量の放射性ラドンによるものです。長年にわたり、XENON コラボレーションは、徹底的な材料選別と、キセノンからラドンを継続的に除去する専用のオンライン極低温蒸留システムを通じて、このバックグラウンドを抑制する技術を開発してきました。これらの技術的進歩は、他のバックグラウンド低減技術や高度なデータ解析戦略と相まって、低エネルギー太陽ニュートリノによって生成される微弱な信号を検出することを可能にしました。

この低エネルギー太陽ニュートリノの観測は、岐阜県飛騨市神岡町の地下実験施設で推進された大型の液体キセノンを用いた検出器を用いる XMASS 実験が目標としてきた研究課題の一つです。日本から参加している研究者の多くは、XMASS 実験の研究理念と技術を受け継いでいます。特筆すべき点は、その中の若手研究者が発見に至るデータ解析を主導し、本成果の達成に大きく貢献したことです。

今回の成果により、XENONnT が対象とする科学研究の幅はさらに広がりました。XENONnT は、2024年に高エネルギー太陽ニュートリノと原子核の散乱を観測しており、今回は新たに、低エネルギー太陽ニュートリノと電子の散乱を捉えました。これにより、本来の目的である暗黒物質探索を進めながら、同じ検出器を用いて性質の異なるニュートリノ反応を観測できることが実証されました。XENONnT は、極稀な低エネルギー粒子反応を捉える世界最高感度の観測装置の一つとして、ニュートリノ物理学においても重要な役割を担いつつあります。 

さらに今回の成果は、極めてまれな粒子反応を捉える技術が、暗黒物質探索にとどまらず、幅広い物理研究を切り拓く可能性を示すものです。XENONnT の建設・運用を通じて培われた高感度の検出技術は、次世代の大型液体キセノン検出器を実現するための基盤となります。国際共同実験として計画されている XLZD 実験の検出器は、XENONnT よりも1桁大きいターゲット質量を有し、世界最高感度での暗黒物質の探索を可能とするとともに、低エネルギー太陽ニュートリノの精密観測も目指しており、ニュートリノ物理学やその他の極稀事象の研究に新たな可能性を切り拓くものです。

日本における XENON コラボレーションのリーダーの一人であり、Kavli IPMU 神岡分室長を務める Kai Martens (カイ マルテンス) 准教授は今回の成果について以下のように述べています。

「私たちは、ダークマター探索競争に勝利することを目指して XENONnT を構築しました。残念ながら、現時点ではまだ成果は得られていません。しかし幸いなことに、この検出器は同じ種類の装置の中で最もノイズを少なくするよう設計されており、競合の他実験よりも低いエネルギー領域の測定が可能です。そして、このおかげで、液体キセノン検出器を用いて、低エネルギーの太陽ニュートリノについて初めての観測結果を報告することができました。

すでに多くのデータを取得しており、新たなデータも間もなく得られる見込みです。最終的には太陽からの低エネルギーニュートリノに関して、最も精密な測定結果を提供できると期待しています。私たちはすでに太陽からの高エネルギーニュートリノを観測しており、超新星爆発からニュートリノが到来してくる瞬間も心待ちにしています。XENONnT によって、ニュートリノ天体物理学は新たな段階に進むことができたのです。」


詳細については、XENONコラボレーションのプレスリリースをご覧ください。


関連リンク
XENONプロジェクトの詳細 (XENONコラボレーションのページ)
XENON実験東大グループ
XENONnT実験での低エネルギー太陽ニュートリノによる電子散乱事象の初観測 (東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設の記事)

関連記事
2024年7月11日
XENONnT 実験での太陽ニュートリノによる原子核散乱事象の測定結果

2023年3月23日
XENONnT実験による初のWIMP探索結果

2022年7月22日
暗黒物質探索実験XENONnTによる最初の新物理探索の成果: 電子反跳事象に関する最新観測結果

2021年7月21日
最先端ダークマター直接探索実験を行う世界中の研究者が集結 -次世代液体キセノン検出装置開発に向けて研究協力協定を結ぶ-

2020年6月17日
暗黒物質直接探索実験 XENON1T が電子散乱事象の超過を観測