標準理論を越える理論

クォーク、レプトン、そして3つの力を媒介するベクターボソンを含む量子場の理論は、これまでに行われた全ての実験結果と大変よく合っている。一方これらのベクトルボソンの中で、弱い力を媒介するものは有質量であることが判明しているが(*1)、そのためには、量子場の理論における無矛盾性の要請より、その背後になにがしかの機構が必要となる。

(*1) 弱い力とは核子をベータ崩壊させる力であり、この力を媒介するベクターボソンは全部で3つ存在する。それらはW、W、Zボゾンと呼ばれている

いわゆる素粒子の標準模型(SM)には、これら弱い力を媒介するベクターボソンが何故に質量を獲得したのかについての機構(アイデア)が含まれており、この質量はヒッグス粒子(ヒッグスボソン)と呼ばれるスカラー粒子の凝縮にその起源を持つとされる。このヒッグス粒子こそSMの実験的検証における最後の一片、つまり最後の未検証部分であったが、2012年のLHC実験においてついに発見された。発見されたヒッグス粒子の125 GeVの質量は(実験の測定誤差の範囲で)SMの予言と一致しているが、同時に本研究課題の主なテーマの一つである、比較的高い"超対称性の破れ"のスケール(10~100 TeV)を持つ超対称性理論とも整合する。

それではこれで素粒子物理学が終わるのだろうか?断じてそうではない。それを見るため次の二つの質問について考えてみよう。

  • SMにおいてヒッグス粒子は唯一のスカラー粒子であり、他の素粒子は全てフェルミ粒子かベクター粒子である。何故SMにはたった一つだけスカラー粒子が存在するのだろうか?そして何故それが凝縮するのだろうか?
  • 自然界に存在するニュートン定数GN≃6.7x10−11m3kg/s2をエネルギースケールに換算するとGN-1/hbar/c3)∼1019GeVとなる。一方ヒッグスが凝縮するエネルギースケール(電弱スケール)は102GeVであるが、何故両者にこのような違い、つまり階層性があるのだろうか?そしてこの電弱スケール、ひいては弱い力を媒介するベクターボソンの質量は量子補正に対して安定なのだろうか?

我々はこれまでこの問題を理論的に解決するために様々なSMを超える新物理模型を提案してきたが、更なる良い解決方法を探す努力は現在も続いている。具体的な新物理模型が提案された際には、これまでの実験や観測結果で無矛盾であるのかどうか、近い将来においてどのようなシグナルが期待されるのか、模型の検証にはどのような実験が必要とされるのか、についての研究が進められている。

上記以外にもSMでは解決できない問題もまた存在する。宇宙の暗黒物質や暗黒エネルギー問題である。例えば、暗黒物質の候補となりうる(素)粒子はSMの枠内には存在しないため、SMを超える新物理模型を必要とする強い動機の一つとなる。また我々の宇宙は、初期宇宙におけるインフレーション現象のため非常に大きく成長したと考えられ、この膨張を引き起こしたスカラー場の量子揺らぎが銀河や銀河団等の宇宙の複雑な構造(密度揺らぎ)の種になったと期待されているが、これもまたSMを超える新物理模型を考える動機となる。つまりインフレーション、密度揺らぎの種、暗黒物質という宇宙論における問題はどれもSMを超える新物理模型を必要とし、これらは量子場の理論の枠組みにおいて適切に解決されることが望まれている。

更には近年、高エネルギー宇宙線観測におけるフラックスの異常超過や、ミュー粒子の異常磁気能率測定の結果がSMの予言からずれていること等も報告されており、これらを説明するためにはSMを超える新物理模型が必要とされ、我々はまさしくこれらのことを統一的に説明する理論模型の構築を目指している。

別のタイプの問題もある。SMは約30のパラメータ(ニュートリノの質量や混合のパラメータを含む)を持つが、これらは実験における測定によってのみ決定されている。これらのパラメータを、SMを含むより大きな枠組みを考えることで、理論的に決定することは可能だろうか?

また、我々の宇宙の熱史は、少なくとも宇宙の温度が1MeV以降はSMで良く記述することが可能であるが、その際には初期条件として幾つかのパラメータ(バリオン数の非対称性、密度揺らぎの大きさ、暗黒エネルギーの大きさ)を仮定する必要がある。これらの初期条件はどのように決まったのだろうか?我々はこれらの問題にも挑戦しているが、そのためにはSMを超える新物理模型は不可欠なものとなっている。

Kavli IPMUの研究者は、他の研究プロジェクトでも述べられているように、多岐にわたる観点から標準模型を超える新物理の発見および解明に積極的に取り組んでいる。 (Last update: 2018/05/07)

専門外の方への予備知識

kBch/2πを1にしてしまうと、(距離)=(エネルギー)-1だけが物理的次元として残る。自然界の基本的物理法則はこれまでに10-3フェルミ=10-8オングストロームの小ささの距離まで探索されている。これは102GeV=1011eVエネルギースケールに相当する。これより小さい距離で起こっていることに関して確かなことはなにもわかっていない。

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