結晶の模型を使って、ブラックホールの量子情報を解読 -IPMU大栗博司主任研究員と山崎雅人氏の研究成果がPhysical Review Lettersに掲載-

2009年4月9日
数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe : 略称 IPMU)

IPMU主任研究員でカリフォルニア工科大学の大栗博司教授と山崎雅人氏(日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院理学系研究科博士課程2 年)は、素粒子の究極理論とされる超弦理論の計算に、3 次元の結晶模型を使う方法を開発し、ブラックホールの内部構造を「紙と鉛筆」で解明しました。

この研究論文は米国の科学誌Physical Review Lettersに掲載が予定されています。

発表雑誌: 米国雑誌 Physical Review Letters 記事解禁日無し
論文タイトル:Emergent Calabi-Yau Geometry(和訳:創発するカラビ・ヤウ幾何学)
著者:大栗博司、山崎雅人


本件に関するお問い合わせ先

研究内容

大栗博司略歴

1986 年京都大学大学院修士課程修了後、東京大学理学部助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学数理解析研究所助教授を経て、1994 年にカリフォルニア大学バークレイ校教授に就任。1996 年にはローレンスバークレイ国立研究所の上級研究員を併任する。2000 年にカリフォルニア工科大学に移籍し、現在フレッド・カブリ冠教授。2007年よりIPMU 主任研究員を併任。アメリカ数学会アイゼンバッド賞、ドイツ連邦共和国フンボルト賞を受賞。理学博士。主な研究分野は、素粒子論。

  • IPMU主任研究員 大栗博司 Hiroshi Ooguri

E-mail. h.ooguri _at_ gmail.com

報道対応

  • IPMU広報担当 宮副英恵 Fusae Miyazoe

Tel. 04-7136-5977

E-mail. press _at_ ipmu.jp

 

 


研究内容説明

1974年に英国の物理学者ホーキング博士は、アインシュタイン方程式の解としては暗黒であるはずのブラックホールが、量子力学の効果で発熱を起こし蒸発することを示しました。この現象が統計力学の法則に従うのなら、ブラックホールの中には膨大な量子情報が隠されていることになります(*1)。

超弦理論は、一般相対性理論と量子力学を統合し、知られている素粒子現象を基本原理から導出するために必要なすべての材料を含んでいるので、素粒子の究極理論とされています。そこで、この理論を使えばブラックホールの量子情報が解読できると期待されてきました。昨年は、高エネルギー加速器研究機構と理化学研究所のグループが、スーパーコンピューターを使ってブラックホールの温度を計算し、注目を集めました。

今回の研究では、最新の幾何学を使うことで、ブラックホールの量子状態の一つ一つが、3次元の結晶の融け方に対応することを示しました。例えば氷は水の結晶ですが、温まると角から水の分子が取れていき、だんだんと融けていきます。図1では、ブラックホールのない時空間はまだ融けていない立方体の結晶に対応し、結晶が融けるほど大きなブラックホールだということになります。そして、結晶の一つ一つの原子の大きさが無視できる、いわゆる熱力学的極限において、なめらかな時空間になり、ホーキング博士の予言通りの量子情報数が再現できることが、「紙と鉛筆」で証明されました。

今回の研究は、幾何学の最先端の話題である「量子不変量」の理論2と深い関係があります。IPMUでは、この成果を踏まえて、2009年5月18~22日に第一線の数学者と物理学者を集めた国際研究集会『新しい不変量と壁超え』を開催する予定です。

大栗主任研究員は、ブラックホールの量子状態の数と「量子不変量」(*2)との関係を示したことに対し、昨年、アメリカ数学会より初代アイゼンバッド賞を受賞しています。アイゼンバッド賞授賞対象となった研究ではブラックホールの質量が大きいときに状態数を近似する公式を導きましたが、今回の研究では、ブラックホールの一つ一つの状態を結晶の融け方として特定し、ブラックホールの内部構造の理解をさらに前進させました。

*1 ホーキング博士の計算によると質量Mキログラムのブラックホールはexp(1016M2) 個の量子状態を持ちます。例えば、恒星の重力崩壊でできるブラックホールの質量はおよそ1031キログラムであり、その状態数はなんとe1078となります。

*2 「量子不変量」とは、素粒子物理学の基本理論である場の量子論の計算のなかでも特に性質のよいものを数学的に定式化したもので、幾何学の強力な道具です。ジョーンズ不変量、ドナルドソン不変量、グロモフ-ウィッテン不変量など、フィールズ賞受賞数学者の名を冠したものがあります。数学と物理学の境界も最も重量な話題のひとつです。


図1:ブラックホールのない時空間はまだ融けていない結晶に対応する図1:ブラックホールのない時空間はまだ融けていない結晶に対応する 図2:ブラックホールの量子状態は結晶の融解状態と一対一に対応する図2:ブラックホールの量子状態は結晶の融解状態と一対一に対応する
図3:結晶が融けるほど、大きなブラックホールになる。結晶の原子は時空間の最小単位である図3:結晶が融けるほど、大きなブラックホールになる。結晶の原子は時空間の最小単位である 図4:熱力学的極限でなめらかな時空間になり、ホーキング博士の予言通りの状態数が再現される図4:熱力学的極限でなめらかな時空間になり、ホーキング博士の予言通りの状態数が再現される

♦IPMUは宇宙の起源や運命、基本法則の解明を目指し、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム(WPIプログラム)で設立されました。本研究は一部文部科学省グローバルCOEプログラムの支援を受けています。 


関連サイト