平成20年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞受賞 --杉本茂樹特任教授--

2008年10月23日
数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe : 略称 IPMU)

IPMUの杉本茂樹教授と茨城大学理学部の酒井忠勝准教授が、超弦理論を用いてハドロン(陽子、中性子、中間子などの強い相互作用をする粒子)の性質を解析する方法を開発した功績で、平成20年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞を共同受賞いたしました。
湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞は、重力・時空理論、場の理論と、その周辺の基礎的な理論研究において顕著な業績を上げており、かつ、受賞以降も対象分野で中心的な役割を果たしていくことが期待される研究者に授与されます。
酒井、杉本両氏の研究は先駆的な研究として非常に注目され、Sakai-Sugimoto modelと呼ばれて広く用いられています。Progress誌に発表された2論文の引用も、延べ500論文にもなろうとしており、世界的な注目の高さを表しています。なお、受賞式は2009年1月23日に予定されています。


本件に関するお問い合わせ先

研究内容

杉本茂樹略歴

東京大学数物連携宇宙研究機構特任教授。博士(理学)。1999年京都大学大学院理学研究科博士課程終了。
同年~2003年ポスドク研究員として、京都大学基礎物理学研究所、CIT-USC Center for Theoretical Physics, ニールスボーア研究所に滞在。2003年京都大学基礎物理学研究所助手、2006年名古屋大学理学研究科助教授、2008年より現職。主な研究分野は、弦理論、場の理論。

  • IPMU教授 杉本茂樹 Shigeki Sugimoto

Tel. 04-7136-4962 Fax. 04-7136-4973

 

報道対応

  • IPMU広報担当 宮副英恵 Fusae Miyazoe

Tel. 04-7136-5977

E-mail. press _at_ ipmu.jp


受賞業績の題目
ゲージ理論/超弦・重力理論対応に基づく量子色力学(QCD)の双対ホログラフ模型の構築

研究内容解説
我々の身のまわりのあらゆる物質は、原子という小さな粒子の集合体です。そして、その原子は、陽子と中性子がいくつか固く結びついてできた原子核とその周りを取り巻く電子からできています。この陽子や中性子は非常に強い力で固く結びついているのですが、この力を伝達する役割を果たすのが、湯川秀樹博士がその存在を予言したパイ中間子などのメソンと呼ばれる粒子です。このような、強い力が作用する粒子は一般にハドロンと呼ばれ、大きく分けてバリオン(陽子の中性子の仲間)とメソン(パイ中間子の仲間)に分類されます。現在では、これらのハドロンはクォークと呼ばれる、より小さな素粒子からなっていることが分かっています。陽子や中性子などのバリオンは3つのクォークが結合したもので、メソンはクォークとその反粒子である反クォークが結合したものであると考えられています。このクォークとその間に働く強い力を記述する理論は量子色力学と呼ばれ、現在のところ、ハドロンを記述する基礎理論として、揺るぎない地位にあります。

 今回の研究は、このような伝統的な記述とは異なり、「ひも」を基本的な自由度とする弦理論を用いることによってハドロンを記述することができることを議論したものです。弦理論は、「素粒子は点粒子ではなく、ひも状をしている」という仮説に基づく理論で、自然界に存在するあらゆる物質と力を統一的に記述する究極の統一理論の候補と考えられています。この弦理論には、ひも以外にも、Dブレインと呼ばれる膜状に広がった物体が存在し、これを用いることでゲージ理論を構成できることが1990年代の半ばに分かり、著しい発展がありました。しかし、当初は、専ら理論的な興味で研究がなされ、その応用範囲は現実の世界とは直接関わりのないゲージ理論に限られていました。そのような状況の中、今回の研究によって、Dブレインをうまく組み合わせることで量子色力学と同じ内容の物理を弦理論の枠内に構成する方法が提案されました。そして、この方法を用いると、通常の量子色力学の解析法ではスーパーコンピューターを用いた大規模な数値計算を要するようなハドロンのさまざまな性質が、いとも簡単に解析できることが示されました。この弦理論による記述では、図1のように、メソンは開いたひもで表され、バリオンはDブレインとして表されます。

図1: 左図は量子色力学によるハドロンの記述、右図は弦理論によるハドロンの記述です。弦理論側ではメソンは開いたひもで表され、バリオンはDブレインで表されています。バリオンを表すDブレインは3本のひもがくっついた状態になっていることが分かります。

 このような記述を用いると、例えば、バリオンは大ざっぱにDブレインの体積に比例する質量を持つことが分かり、我々の体重の起源を幾何学的に理解することができるようになります。また、2008年のノーベル賞受賞者である南部陽一郎博士の提唱した「カイラル対称性の自発的破れ」などの現象に対しても、明快な幾何学的解釈を与えます。さらに、ハドロンの質量、荷電半径、結合定数など、さまざまな量が計算され、これらが実験値をかなりの精度でうまく再現することも確かめられました。このように、今回受賞対象となった研究は、ハドロンの性質を理解し、解析する上で、全く新しい強力な方法を与えたものであるということができます。