第2回湯川・朝永奨励賞受賞 --杉本茂樹特任教授--

2009年9月2日
数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe : 略称 IPMU)

 IPMUの杉本茂樹特任教授と名古屋大学大学院理学研究科の酒井忠勝准教授が、超弦理論を用いてハドロン(陽子、中性子、中間子などの強い相互作用をする粒子)の性質を解析する方法を開発した功績で、第2 回 湯川・朝永奨励賞を共同受賞いたしました。湯川・朝永奨励賞は、人文・社会科学および自然科学の全分野における独創的な成果を上げた若手研究者に授与されます。
酒井、杉本両氏の研究は先駆的な研究として非常に注目され、Sakai-Sugimoto model と呼ばれて広く用いられています。Progress of Theoretical Physics 誌に発表された2 論文の引用は延べ600 件を超え、世界的な注目の高さを表しています。

杉本茂樹杉本茂樹 

両氏は同功績において平成20 年度湯川記念財団・木村利栄理論物理学賞も受賞しています。

なお、授賞式は2009 年9 月11 日に予定されています。

業績の題目:「ホログラフィック量子色力学における低エネルギーハドロン物理学」

研究内容概説:

我々の身のまわりのあらゆる物質は、原子という小さな粒子の集合体です。そして、その原子は、陽子と中性子がいくつか固く結びついてできた原子核とその周りを取り巻く電子からできています。この陽子や中性子は非常に強い力で固く結びついているのですが、この力を伝達する役割を果たすのが、湯川秀樹博士がその存在を予言したパイ中間子などのメソンと呼ばれる粒子です。このような、強い力が作用する粒子は一般にハドロンと呼ばれ、大きく分けてバリオン(陽子や中性子の仲間)とメソン(パイ中間子の仲間)に分類されます。現在では、これらのハドロンはクォークと呼ばれる、より小さな素粒子からなっていることが分かっています。陽子や中性子などのバリオンは3 つのクォークが結合したもので、メソンはクォークとその反粒子である反クォークが結合したものです。このクォークとその間に働く強い力を記述する理論は量子色力学と呼ばれ、現在はハドロンを記述する基礎理論として、揺るぎない地位にあります。
今回の受賞対象の研究は、このような伝統的な記述とは異なり、「ひも」を基本的な自由度とする弦理論を用いることによってハドロンを記述することができることを議論したものです。弦理論は、「素粒子は点粒子ではなく、ひも状をしている」という仮説に基づく理論で、自然界に存在するあらゆる物質と力を統一的に記述する究極の統一理論の候補と考えられています。この弦理論には、ひも以外にも、Dブレインと呼ばれる膜状に広がった物体が存在し、これを用いることでゲージ理論を構成できることが1990 年代の半ばに分かり、著しい発展がありました。しかし、当初は、専ら理論的な興味で研究がなされ、その応用範囲は現実の世界とは直接関わりのないゲージ理論に限られていました。そのような状況の中、今回の研究によって、Dブレインをうまく組み合わせることで量子色力学と同じ内容の物理を弦理論の枠内に構成する方法が提案されました。そして、この方法を用いると、通常の量子色力学の解析法ではスーパーコンピューターを用いた大規模な数値計算を要するようなハドロンのさまざまな性質が、いとも簡単に解析できることが示されました。この弦理論による記述では、図1 のように、メソンは開いたひもで表され、バリオンはDブレインとして表されます。

図1: 左図は量子色力学によるハドロンの記述、右図は弦理論によるハドロンの記述です。
弦理論側ではメソンは開いたひもで表され、バリオンはDブレインで表されています。
バリオンを表すDブレインは3 本のひもがくっついた状態になっていることが分かります。

このような記述を用いると、例えば、バリオンは大ざっぱにDブレインの体積に比例する質量を持つ
ことが分かり、我々の体重の起源を幾何学的に理解することができるようになります。また、2008 年の
ノーベル賞受賞者である南部陽一郎博士の提唱した「カイラル対称性の自発的破れ」などの現象に対し
ても、明快な幾何学的解釈を与えます。さらに、ハドロンの質量、荷電半径、結合定数など、さまざま
な量が計算され、それによって実験値をかなりの精度でうまく再現することも確かめられました。この
ように、今回受賞対象となった研究は、ハドロンの性質を理解し、解析する上で、全く新しい強力な方
法を与えたものであるということができます。

  • 参考URL:

京都大学 湯川秀樹・朝永振一郎博士 生誕百年記念事業