宇宙の起源と未来を解き明かす新プロジェクトSuMIRe発足

宇宙の起源と未来を解き明かす新プロジェクトSuMIRe発足
超広視野イメージングと分光による
ダークマター・ダークエネルギーの正体の究明

 数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe、以下IPMU)の村山斉機構長が提案した新プロジェクトが総合科学技術会議の決定で発足することになりました。

 宇宙の約23%を占めるダークマター(暗黒物質)、約73%を占めるダークエネルギー(暗黒エネルギー)は目で見ることができず、今のところ全く正体不明です。しかしダークマターは宇宙と銀河・星の起源、ダークエネルギーは宇宙の未来を決定する鍵を握っていることがわかっています。本プロジェクトではハワイ島のマウナ・ケア山上にある国立天文台のすばる望遠鏡に、9億ピクセル・重量約3トンのカメラや、同時に数千の遠方銀河を観測できる分光器を製作・取り付け、数十億光年離れた銀河を観測して宇宙の起源に迫ります。見えないはずのダークマターの3次元地図を作り、宇宙の膨張の歴史を解き明かす「宇宙のゲノム計画」といえます。そして過去の膨張の歴史から未来を予測し、宇宙に終わりがあるのかどうかを探っていきます。

 

参考:
内閣府ホームページ 最先端研究開発支援プログラム

村山斉(むらやま・ひとし)
1991年東京大学物理学博士。東北大学、ローレンス・バークレイ国立研究所を経て1995年からカリフォルニア大学バークレイ校。2000年同教授。2003年から一年間プリンストン高等研究所メンバー。2007年10月より東京大学数物連携宇宙研究機構の初代機構長。専門は素粒子理論、初期宇宙論。アメリカ物理学会フェロー、西宮湯川記念賞など受賞。45歳。

問い合わせ先:
千葉県柏市柏の葉5-1-5 東京大学 数物連携宇宙研究機構
・広報担当 宮副英恵 Fusae Miyazoe
E-mail: press _at_ ipmu.jp TEL: 04-7136-5977 FAX: 04-7136-4941

研究計画解説:

 「万物は原子で出来ている」と言われ、身の回りの自然界の理解は過去2世紀に亘って大きく進歩してきました。しかし過去この十年間に人類の宇宙像は革命的に変わりました。

 1998年に宇宙の膨張が加速していることが発見されました。宇宙の膨張はアインシュタインの一般相対性理論理論で予言されたことですが、あくまで重力による現象なので、宇宙の膨張は基本的に地表から真上に投げたボールの運動と同じはずです。つまり重力に引っ張られて徐々に減速するはずです。ところが徐々に減速してきたボールが最近(約70億年前)逆に加速し始めたということになります。つまりなぜかエネルギーが増えている訳です。これは宇宙が膨張するとともにエネルギーが湧き出していることを意味し、ダークエネルギーと名付けられました。これが本当だとすると宇宙の約73%がこの未知の不可思議なダークエネルギーで占められていることになります。あまりに衝撃的な発見なので、アインシュタインが間違っているのではないかという説すら出ていて、世界中で注目を浴びている謎です。この謎を解明するために欧米で厳しい競争になっています。

図1: アインシュタインの理論によると宇宙の膨張は真上に投げ上げたボールの運動と同じ。すると重力は引っ張るので膨張は減速するはず。しかし観測では減速して来た膨張が加速に転じ、エネルギーが増え続けている。図1: アインシュタインの理論によると宇宙の膨張は真上に投げ上げたボールの運動と同じ。すると重力は引っ張るので膨張は減速するはず。しかし観測では減速して来た膨張が加速に転じ、エネルギーが増え続けている。

 

 また、同年日本のスーパーカミオカンデ実験、2002年同じく日本のカムランド実験でニュートリノにわずかながら重さがあることが見つかりました。更に2003年宇宙の物質の8割以上は原子とは全く違う物質ダークマターでできていることがはっきりしました。このダークマターは光を出さず、回りの物を重力で引っ張るという効果でしか観測できません。この結果宇宙全体では普通の原子の割合は約4.4%、ダークマターが約23%、そのうちニュートリノが0.1%以上1% 以下ということになります。

 こうして宇宙の何と95%以上は未知の物で占められていることになり、宇宙の起源・未来についての考え方も当然変わってきました。

図2: 宇宙のエネルギーの内訳。我々が知っている部分はわずか5%程度。残りの95%が未知の物質のダークマターと宇宙の膨張を後押ししているダークエネルギーで占められている。ダークマターは宇宙の起源、ダークエネルギーは宇宙の未来の鍵を握っている。図2: 宇宙のエネルギーの内訳。我々が知っている部分はわずか5%程度。残りの95%が未知の物質のダークマターと宇宙の膨張を後押ししているダークエネルギーで占められている。ダークマターは宇宙の起源、ダークエネルギーは宇宙の未来の鍵を握っている。

 宇宙の起源については、137億年前にビッグ・バンと呼ばれる爆発的な熱い火の玉から始まった宇宙はどこをとってもいわば「のっぺらぼう」の宇宙でしたが、ダークマターが重力で引き合って集まり始め、そこに普通の原子が引きずり込まれて銀河・星が誕生したと考えられています。本計画ではダークマターの重力によって光が引っ張られて曲げられる「重力レンズ」の効果を利用して、見えないダークマターの三次元地図を作り、宇宙の起源から進化の様子をありありとみることができます。またダークマターの一部を占めるニュートリノの総量についても約0.1%の精度で測定します。

図3: イメージングと分光を組み合わせることで見えないダークマターの3次元地図を作り、宇宙の起源から進化の様子を明らかにする「宇宙のゲノム計画」。すばる望遠鏡は世界で最大口径を持ち、深く(遠くまで)見ることが出来、またハッブル望遠鏡の千倍以上の広視野をもち宇宙の大規模構造を観測できる。世界一の「広く深い」観測計画になる。図3: イメージングと分光を組み合わせることで見えないダークマターの3次元地図を作り、宇宙の起源から進化の様子を明らかにする「宇宙のゲノム計画」。すばる望遠鏡は世界で最大口径を持ち、深く(遠くまで)見ることが出来、またハッブル望遠鏡の千倍以上の広視野をもち宇宙の大規模構造を観測できる。世界一の「広く深い」観測計画になる。

 一方、遠方の銀河から光が届くのには何十億光年とかかるため、遠くを見ることは過去の宇宙の姿を見ることになります。このことを使って、本計画では約400万個の遠方銀河の分布を分光器で正確に調べることで、宇宙の膨張の歴史を解明します。その結果宇宙の膨張の加速の原因であるダークエネルギーの正体に迫り、ひょっとするとアインシュタインの間違いが見つかる可能性もあります。また今までの膨張の歴史から未来を予測することも出来るようになります。もし宇宙の膨張の加速がどんどん進んでいるようだと、将来宇宙の膨張速度が無限大になり、宇宙は無限に引き裂かれて銀河も星もいずれは原子までばらばらになってしまうビッグ・リップという未来が予想されることになります。

 この研究のためには、国立天文台がハワイ島のマウナ・ケア山頂に建設したすばる望遠鏡が世界で最も適しています。8.2mという大口径は遠方の暗い銀河を観測するために必要です。一方宇宙自体を対象にする研究では、銀河一つ一つの個性はむしろじゃまになり、いわば「国勢調査」をして全体の傾向を調べる必要が有ります。そのためには多くの銀河を数年間で観測する必要が有ります。本計画ではすばる望遠鏡に改造を加え、有名なハッブル望遠鏡の1000倍の視野を実現し、このような「国勢調査」を可能にします。そして大口径、広視野を活かした観測装置が必要になります。IPMUは国立天文台と協力して次世代のカメラ、重量約3トン、ピクセル数約9億のハイパー・スプライム・カム(Hyper Suprime-Cam)を製作中ですが、これに加えて新しく銀河の光のスペクトルを測る分光器を製作します。この分光器は同時に約3000の天体から来る光を観測する必要があるため、ファイバーを2400本束ね、瞬時にミクロン精度で向きを定めて次々と観測を続けていきます。

 本計画はすばる望遠鏡を使って銀河のイメージと分光器による赤方偏移の観測をするため、「すみれ」SuMIRe (Subaru Measurement of Images and Redshifts)と名付けました。内閣府の最先端研究開発支援プログラムで採択された30件の一つです。

図4: 本研究計画の国際競争力。縦軸はダークエネルギーの性質測定の精度。図4: 本研究計画の国際競争力。縦軸はダークエネルギーの性質測定の精度。