カムランド禅、2重ベータ崩壊探索の最新結果

2013年2月27日
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

東北大学ニュートリノ科学研究センター教授で、Kavli IPMU 主任研究員の井上邦雄氏、Kavli IPMU 特任助教の Alexandre Kozlov氏と東北大学の研究者らが率いる「カムランド禅」実験は、2重ベータ崩壊の探索の最新結果を発表しました。この結果は、136Xeを用いたニュートリノを伴わない(0ν)2重ベータ崩壊の探索を世界最高感度で行い、90%の信頼度で半減期を1.9×1025年以上に制限した、というものです。他の実験の136Xeの結果と組み合わせると半減期の制限は3.4×1025年以上となり、76Geを用いて0ν2重ベータ崩壊を検出したとするハイデルベルグ・モスクワ実験の結果を97.5%以上の信頼度で否定します。

この研究結果は米国物理学会の論文雑誌 Physical Review Letters に掲載されました。
"Limit on Neutrinoless ββ Decay of 136Xe from the First Phase of KamLAND-Zen and Comparison with the Positive Claim in 76Ge"
Physical Review Letters 110, 062502(2013) (PRL) (arXiv)


私たちの住む宇宙のはじまりとされるビッグバンでは、超高温高圧状態の中で「物質」と「反物質」が対生成により同じ数だけ作られました。そして、現在に至る宇宙の進化の過程で、物質と反物質は対消滅によって数を減らしました。しかし、同じだけ作られて同じだけ消滅したはずの物質と反物質なのに、現在の宇宙では物質ばかりが残っています。もし物質と反物質が同じ数だけ消滅し、完全になくなってしまったら、この宇宙にはエネルギーだけが残り、太陽や地球、そして我々生命も生まれませんでした。宇宙が進化するどの時点でどのように物質と反物質のバランスが変わったのか、についてはまだはっきりと解明されておらず、宇宙物理学における大きな謎のひとつです。

その謎を解く鍵を、素粒子ニュートリノが握っています。ニュートリノは電子やクォークなどの他の素粒子と異なり、物質であるニュートリノと、反物質である反ニュートリノが実は同一の粒子で、スピンが反対であるだけかもしれない、という考え方があります。このことをニュートリノがマヨラナ性を持つ、マヨラナ粒子である、とも言います。ニュートリノがマヨラナ粒子だとすると、物質と反物質の間で入れ替わることができ、宇宙の進化の過程で、物質と反物質のバランスを変えることができます。ニュートリノのマヨラナ性を見つけることができれば、「宇宙になぜ我々が存在するのか?」という謎の解明に、大きく近づくのです。

2重ベータ崩壊の模式図: (上)通常の2重ベータ崩壊では2個の中性子が陽子に変わり、それぞれ1個ずつの電子と反ニュートリノを放出する。放出されたニュートリノが一部のエネルギーを持ち去る。(下)ニュートリノを伴わない2重ベータ崩壊では、一方のベータ崩壊から放出された反ニュートリノがニュートリノとして他方のベータ崩壊に吸収される。実際には原子核内でニュートリノの交換が行われるのでニュートリノは原子核外には出てこない。2重ベータ崩壊の模式図: (上)通常の2重ベータ崩壊では2個の中性子が陽子に変わり、それぞれ1個ずつの電子と反ニュートリノを放出する。放出されたニュートリノが一部のエネルギーを持ち去る。(下)ニュートリノを伴わない2重ベータ崩壊では、一方のベータ崩壊から放出された反ニュートリノがニュートリノとして他方のベータ崩壊に吸収される。実際には原子核内でニュートリノの交換が行われるのでニュートリノは原子核外には出てこない。

ニュートリノのマヨラナ性に実験的に迫るには、現在のところニュートリノを伴わない(0ν)2重ベータ崩壊という現象をとらえるしかありません。2重ベータ崩壊というのは、原子核中の中性子が電子と反ニュートリノを放出して陽子に変わる「ベータ崩壊」が、特定の原子核で2回同時に起こり、原子番号が2つ違う原子核に変わるという大変稀な現象で、これまでいくつかの原子核についてこの現象が確認されています。このとき、もしニュートリノがマヨラナ粒子である場合、反ニュートリノを2個放出する代わりに、一方のベータ崩壊で放出された反ニュートリノがニュートリノとしてもう一方のベータ崩壊で吸収される、という現象が起こることが考えられます。このとき、ニュートリノがひとつも放出されないので、0ν2重ベータ崩壊と呼ばれます。また、ニュートリノによってエネルギーが持ち去られないため、放出された2つの電子の運動エネルギーの合計は、原子核の種類によってきまる、一定のエネルギーを持つという大きな特徴があります。

0ν2重ベータ崩壊を探索するためには、可能な限り大量の2重ベータ崩壊をおこす原子核を集めて、環境放射能によるバックグラウンドの無いところでじっと待ち続けることが必要です。これは簡単なことではありませんが、世界中で様々な大型実験がこの現象をとらえようと先を争っています。これまでの実験では、ゲルマニウム(76Ge)を用いたハイデルベルグ・モスクワ実験の一部のメンバーのみが0ν2重ベータ崩壊を検出したという主張をしていますが、環境放射線に由来するバックグラウンド評価に問題がある、などの指摘もあり未だにはっきりとした結論が得られていません。

岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下深くに設置されたカムランド実験は液体シンチレーターを用いたニュートリノ検出器で、その大きさと低バックグラウンド環境を生かした観測を2002年より開始し、原子炉ニュートリノや地球ニュートリノ、太陽ニュートリノの観測で世界中の注目を集める結果を次々と発表してきました。カムランド禅(KamLAND-Zen)実験では、カムランドのシンチレータに、2重ベータ崩壊を観測するためにキセノンの同位体(キセノン136、136Xe)を大量に溶かしました。

今回発表されたカムランド禅の結果は、前回の発表から統計量を3.2倍に増やし、世界最高感度の0ν2重ベータ崩壊の探索を行った結果です。今回、キセノン(Xe)を溶かした13トンの液体シンチレータを2011年10月から2012年6月にわたって観測し、136Xeによる0ν2重ベータ崩壊の半減期として90%の信頼度で1.9×1025年以上という制限を得ました。さらに他の136Xeの結果と組み合わせると90%の信頼度で3.4×1025年以上という制限になり、76Geを用いたハイデルベルグ・モスクワ実験の結果をほぼ否定(97.5%以上の信頼度で否定)できることを示します。

このことは、76Ge以外の原子核を用いた0ν2重ベータ崩壊の探索感度がついに未検証の領域に到達したことを意味します。今後さらに検出器を改良して更なる領域の探索が実現できると期待されます。


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