天の川銀河形成の歴史をひもとく SDSS-III データリリース10 公開

2013年8月8日
東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

Kavli IPMUの研究者が参加しているスローン・デジタル・スカイ・サーベイIII(SDSS-III)研究グループは、私たちの住む天の川銀河の形成の歴史解明に役立つ、6万個の星の分光データをオンライン公開しました。今回の「データリリース10(DR10)」では、天体から届く赤外線領域の光を波長ごとに強度を測定した、高分解能の分光データが初めて公開されました。赤外線は、人の目では見ることのできない長い波長の光で、これを使うことで宇宙の塵に覆い隠されている銀河の中心部を透かし見ることができます。

今回のデータは、SDSS-IIIのプロジェクトのひとつ、天の川銀河の広域調査を行うAPOGEE (Apache Point Observatory Galactic Evolution Experiment; アパッチポイント天文台銀河進化観測実験)の最初の公開データです。APOGEEプロジェクトの代表、バージニア大学のSteven Majewskiは「今回のデータは、これまでにない広い範囲にわたって観測された赤外分光データです。私たちの銀河の外縁部から塵に包まれた中心部まで、様々な場所から6万個の星を選んで観測を行いました。この分光データは天の川を覆っているカーテンを引きはがしてくれるでしょう。」と語ります。

DR10のAPOGEEデータをとりまとめたメキシコ大学のJohn Holtzmanは、「星の分光データを使うことで、星の温度や大きさ、星を取り巻く大気の成分といった重要な情報を詳細に知ることができます。これは、例えば、ある人物のことを知るのに、身長と体重を知るだけでなく、その人の写真を見るようなものといえるでしょう。」と語ります。我々の住む天の川銀河がどのようにしてできたのか、と言う疑問について、何百年にもわたって科学的推論や討論がなされてきました。APOGEEの3次元銀河地図は、我々の銀河が何十億年もかけて形成された歴史を解明する重要な情報を与えてくれるでしょう。

天の川銀河は、高密度の中心部「バルジ」、我々の太陽系も含まれる円盤部、低密度で数十万光年先まで球形に拡がる「ハロー」の3つの領域に分けられます。APOGEEの観測効率を高めるために観測対象の星の選択をした、オハイオ州立大学のGail Zasowskiは、「銀河の様々な場所の星の年齢や組成を詳しく調べることで、銀河の形成の歴史において、それぞれの部分でいつ、どのような環境で星が生まれたのかがわかるのです。」と語ります。

街の明かりに邪魔されない暗い場所で夜空を見上げると、天の川は所々黒いカーテンで隠された明るい帯の様に見えます。この帯が円盤とバルジで、カーテンのように見えるのが、より遠くからの光を覆い隠す塵の集まりです。これまでの観測研究では、この塵に阻まれ、天の川銀河の中心部はほんの一部しか観測する事ができませんでした。APOGEEでは赤外線によりこれまで隠されていた領域を観測できるようになったことで、銀河の中心部から外縁部のハローに至るすべての領域にわたる広域調査が可能になりました。

何万個もの星を観測するのには非常に時間がかかります。APOGEEでは最終目標である10万個の星の観測を3年間で終わらせるため、大きなアルミの円盤に対象の天体の位置に穴を開けたものを使い、この穴に光ファイバーを接続して300個の天体を一度に捉えます。光ファイバーの反対側の端は回折格子(プリズムのように光の色を分ける素子)に接続されていて、導かれた光が波長毎に分けられます。APOGEEの機器の設計を主導したバージニア大学のJohn Wilsonは「今回使用した回折格子は、天文観測に用いられるものとしては初めてで、しかも最大のものです。この技術は、APOGEEを成功させるためにはなくてはならないものでした。」と語ります。

APOGEEでは、星の分光データから星の元素組成と運動を知り、銀河形成の歴史を解き明かそうとしています。現在の銀河に存在する元素のうち、水素とヘリウム以外の重い元素は、星の中で生成され、星の爆発や星風によって銀河全体にばらまかれたと考えられています。そのため、それら重い元素を多く含む星は、初期の星によって重い元素が作られ、ばらまかれた後に誕生したということがわかるのです。APOGEEの観測の全体をコーディネートする、テキサスクリスチャン大学のPeter Frinchaboyは、「銀河の領域ごとに古い星と新しい星の割合を知り、星の運動を知ることで、我々が今見ている銀河の形成の歴史が詳細にわかります。」と語ります。

APOGEEのデータから星そのものの性質についても様々なことがわかります。APOGEEでは同じ星を何度も測定するので、それぞれの星の分光データの時間変化もわかります。このことから、APOGEEチームは短い間隔で光の変化する星を見つけて、実際どれだけの星が見えない伴星をもつ連星系を成しているのかを明らかにします。また、さらにかすかな星の動きをつかまえて、それらの星が惑星を持っている、ということも見つけられるでしょう。

DR10ではさらにSDSS-III バリオン音響振動分光サーベイ (Baryon Oscillations Spectroscopic Survey; BOSS) のための685,000個の天体の分光データも公開されました。今回の分光データにはこれまでよりも遠くの、宇宙の膨張が謎の力「ダークエネルギー」で加速され始めた頃の銀河やクエーサーのものが多く含まれています。今回と、さらに今後予定されている最終の1年分のBOSS分光データを用いることで、ダークエネルギーの性質の解明に迫ることができると期待されています。

SDSS-III は6年間かけて近傍の星、天の川銀河、遠方の天体を観測するプロジェクトです。米国ニューメキシコ州アパッチポイント天文台にあるスローン財団の2.5m望遠鏡を用い、毎夜BOSSの可視光分光器またはAPOGEEの赤外分光器によって分光観測を行います。SDSS-IIIの実験代表者、ピッツバーグ大学のMichael Wood-Vaseyは「私たちは2001年からデータの公開を続けてきました。そして現在に至るまでデータ公開のスピードを保っています。研究者に限らず、誰でもデータにアクセスできるようにするというのは、常に私たちのプロジェクトの主要な目的の一つです。今回もその伝統に従い、私たちの銀河についての様々な情報を含む新たなデータを公開できたことを、大変誇らしく思います。」と語ります。

SDSSの将来計画の一つ、アパッチポイント天文台近傍銀河マッピング計画 (Mapping Nearby Galaxies at APO; MaNGA) を率いるKavli IPMUの Kevin Bundyは、「SDSS共同研究は、宇宙の謎の解明に向けて大きく踏み出しました。今回のAPOGEEの新たな観測データを通して私たちの住む天の川銀河を全く新しい視点で見ることで、驚くような発見がいくつも生まれると確信しています。SDSS-IIIが開いた新しいページは、来年始まるSDSS-IVのAPOGEEの続きと、私がここKavli IPMUで率いるSDSSの新たな観測研究MaNGAへとつながります。APOGEEが作る天の川銀河の地図に加え、MaNGAでは1万の近傍銀河の内部地図を作り、銀河の形成と成長についてさらに詳細に調べたいのです。」と語ります。

Kavli IPMUの村山斉機構長は、「APOGEEの広域観測は、この研究領域の未来を切り開いたと言ってよいでしょう。MaNGA に加え、私たちKavli IPMUでは、すばる望遠鏡に取り付け、同時に多数の天体を分光観測できる超広視野分光器 (Prime Focus Spectrograph; PFS) を開発中です。今年打ち上げられる予定のGAIA衛星のデータと組み合わせて、私たちの天の川銀河の形成の歴史や近傍の銀河団の暗黒物質の分布を明らかにできると期待しています。面白くなってきました。」と語ります。

SDSS-III DR10のすべての観測データは、 http://www.sdss3.org/dr10 にて公開されており、天文学者だけでなく、すべての方が最新のデータを利用可能です。

今回公開されたデータに含まれる、2個の星の分光データを示した。図には天の川銀河を赤外線で観測した様子を示し、緑色の点はDR10で公開されたAPOGEE観測の初年度の分光データを取得した星の場所を示す。このうち1個の星は銀河の中心部(バルジ)にあって水素より重い 元素がたくさん含まれており、もう1個は円盤の外縁部にあって重い元素はあまり含まれていないことがわかる。 Credit: Peter Frinchaboy (Texas Christian University), Ricardo Schiavon  (Liverpool John Moores University), and the SDSS-III Collaboration.  Infrared sky image from 2MASS, IPAC/Caltech, and University of Massachusetts.今回公開されたデータに含まれる、2個の星の分光データを示した。図には天の川銀河を赤外線で観測した様子を示し、緑色の点はDR10で公開されたAPOGEE観測の初年度の分光データを取得した星の場所を示す。このうち1個の星は銀河の中心部(バルジ)にあって水素より重い 元素がたくさん含まれており、もう1個は円盤の外縁部にあって重い元素はあまり含まれていないことがわかる。 Credit: Peter Frinchaboy (Texas Christian University), Ricardo Schiavon (Liverpool John Moores University), and the SDSS-III Collaboration. Infrared sky image from 2MASS, IPAC/Caltech, and University of Massachusetts.

APOGEE分光器の周囲で作業するSDSS-III共同研究者: 左から、Garrett Ebelke (アパッチポイント天文台)、 Gail Zasowski (オハイオ州立大)、 Steven  Majewski (バージニア大) 、John Wilson  (同)。Majewskiは部屋の反対側に立っており、設置中の反射鏡に映っている。 Image credit: Dan Long (Apache Point Observatory)APOGEE分光器の周囲で作業するSDSS-III共同研究者: 左から、Garrett Ebelke (アパッチポイント天文台)、 Gail Zasowski (オハイオ州立大)、 Steven Majewski (バージニア大) 、John Wilson (同)。Majewskiは部屋の反対側に立っており、設置中の反射鏡に映っている。 Image credit: Dan Long (Apache Point Observatory)

スローン・デジタル・スカイ・サーベイについて

SDSS-IIIの資金はアルフレッド・P・スローン財団、研究チームの各機関、米国科学財団、米国エネルギー省から提供されています。

Webサイト: http://www.sdss3.org/

SDSS-III は以下の研究機関によって運営されています。

the Astrophysical Research Consortium for the Participating Institutions of the SDSS-III Collaboration including the University of Arizona, the Brazilian Participation Group, Brookhaven National Laboratory, Carnegie Mellon University, University of Florida, the French Participation Group, the German Participation Group, Harvard University, the Instituto de Astrofisica de Canarias, the Michigan State/Notre Dame/JINA Participation Group, Johns Hopkins University, Lawrence Berkeley National Laboratory, Max Planck Institute for Astrophysics, Max Planck Institute for Extraterrestrial Physics, New Mexico State University, New York University, Ohio State University, Pennsylvania State University, University of Portsmouth, Princeton University, the Spanish Participation Group, University of Tokyo, University of Utah, Vanderbilt University, University of Virginia, University of Washington, and Yale University.