60億光年彼方まで、1%の精度で距離を測定

2014年1月9日
東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

Kavli IPMUが参加しているスローン・デジタル・スカイ・サーベイ III (SDSS-III)の4つのプログラムのひとつ、バリオン音響振動分光サーベイ (Baryon Oscillation Spectroscopic Survey; BOSS) のチームは、60億光年彼方にある銀河までの距離を誤差1%の精度で測定したことを2014年1月8日、米国ワシントンDCで開催中の米国天文学会において発表しました。この高精度の測定は、宇宙の真空を満たし、宇宙を加速膨張させている謎の「暗黒エネルギー」の正体の解明につながると期待されています。

「私たちの日常生活において、1%の精度で知っている物事は、そんなに多くないですよね」とBOSSプロジェクトのリーダー、デビッド・シュレーゲル(ローレンスバークレー国立研究所)は語ります。「今、ボクは自分の家の大きさよりも宇宙の大きさの方がよくわかっているんです。」

今回の新たな距離の測定は、SDSS-III のディレクターであるハーバード大学教授のダニエル・アイゼンスタインによって発表されました。関連論文は2013年12月に専門誌に投稿され、プレプリントとしてオンラインで閲覧できます。

「距離の測定は天文学の礎を築くものとして取り組まなくてはならない課題なのです」とアイゼンスタインは言います。「宇宙の彼方に天体を見つけるとしましょう。そこまでの距離はどれくらいあるのでしょうか?距離さえわかれば、他の物理量を推定することがとても容易になるのです。」

歴史的にも天文学者達はこれまで、様々な方法で距離の測定を試みてきました。たとえば、太陽系内の惑星までの距離はレーダーを使って精度よく求めることができます。しかしながら、より遠くの天体までの距離を測るには、精度の落ちる測定方法に頼らざるを得ませんでした。また、どのような測定方法を選んでも、測定誤差はつきもので、どの程度の測定誤差があるのかをパーセンテージで表します。例えば、東京駅と新大阪駅の直線距離約400km (正確には403.843km)を、実際の距離から誤差4km以内で測定できれば1%の精度となります。

これまで1%の精度で距離が測定できたのは、太陽の近傍にある数百の星々や星の集まりのみです。すべて我々の太陽系のある天の川銀河内の、数千光年以内の距離にある星々です。BOSSプロジェクトは、この星々の100万倍も彼方にある銀河までの距離を、これまでにない精度で測定し、宇宙地図を作りあげつつあります。

この高精度の距離測定によって、BOSSチームは謎の「暗黒エネルギー」を探る新しい手がかりを手に入れることができました。「私たちは暗黒エネルギーのことをまだよくわかっていません」とアイゼンスタインは説明を続けます。「けれども、暗黒エネルギーの性質を測定できます。測定した値を宇宙モデルから期待される値と比較することによって、私たちの宇宙モデルを検証することができるのです。さらに精度が上がれば、よりよく宇宙を理解することができるでしょう。」

60億光年彼方にある銀河までの距離を1%の精度で測定するためには、太陽系内の惑星や天の川銀河内の星々までの距離の測定とは全く異なる手法を取り入れる必要がありました。SDSS-IIIを構成する4つのプロジェクトのうち、最も大きな割合を占めるBOSSは、「バリオン音響振動」と呼ばれる、宇宙に存在する銀河の分布に周期的に現れるわずかな波紋を測定する為に計画されたプロジェクトです。

これらの波紋は誕生間もない宇宙の中を駆け抜けていた音波の痕跡です。宇宙初期は高温で密度が高く、光(フォトン)は陽子や中性子をもつ原子核(バリオンと呼ばれ、元素を構成している)と相互作用して遠くへ届かず、かわりに密度の波が伝播していきます。これをバリオン音響振動と言います。宇宙初期の波紋の大きさは、衛星観測により正確に知られています。

「自然界は私たちに素晴らしい「ものさし」を用意してくれていたのです」と英国ポーツマス大学のアシュリー・ロスは語ります。「このものさしの目盛りは約5億光年もあるので、宇宙の遥か彼方まで正確に距離を測るのに使うことができます。ものさしが遠くにあれば目盛りがより小さく見えるという単純なからくりを使って遠方宇宙までの距離を測定するのです。」

今回の測定には、120万個の銀河の正確な地図を作成する必要がありました。BOSSは、1000個の銀河の3次元の位置を一度に測定できる専用の装置を使っています。「晴天の夜、すべてがうまく行けば、一晩で8000個以上の銀河を地図に加えることができます」と米国ニューメキシコ州アパッチポイントにある 2.5mの望遠鏡の観測チームを率いるカイケ・パンは言います。

BOSSチームは、一年前に初期データからの銀河地図を発表していましたが、今回の解析では前回の倍以上の領域を使ったことにより、より高精度の測定が可能になりました。また、新しいデータは、近傍から遠方までの宇宙の距離測定を可能にしました。「測定を近傍と遠方で行うことにより、宇宙膨脹が時間と共にどのように変化してきたか、なぜ加速し始めたのか、手がかりを得ることができます」と ジェレミー・ティンカー(ニューヨーク大学)と共に解析グループをまとめた、リタ・トジェイロ(英国ポートマス大学)は説明します。

この銀河地図を使って、アインシュタインの一般相対性理論を検証する研究もKavli IPMUの斎藤 俊 特任研究員を含むBOSSプロジェクトチームによって行われました。加速膨脹する宇宙は、正体不明の暗黒エネルギーではなく、アインシュタインの重力理論の修正によって説明できるのではないのか?という疑問に答えるためです。

斎藤研究員は、1億光年という大きなスケールで重力的に銀河がどう集まっているのかを観測し、赤方偏移歪みと呼ばれる効果を精密に測定して重力理論を検証しました。「地球上で物が落下するときの速さが地球による重力で決まるように、銀河がどのような速さで動いているかを見れば、重力法則について知ることができます。我々はBOSSの史上最大規模の3次元銀河地図を使って、1億光年のような大きなスケールで、アインシュタインの一般相対性理論をこれまでにない精度で検証することができました。赤方偏移歪みによる重力理論の検証は、宇宙加速膨張の謎に迫る上で、バリオン音響振動による距離測定とは相補的な役割を果たします。」と斎藤研究員は述べています。今回の観測では、アインシュタインの重力理論に修正が必要な積極的な証拠は見つかりませんでした。

現在のところ、BOSSプロジェクトの測定結果は、謎の「暗黒エネルギー」が宇宙誕生以来変化せず定数であることを示唆しています。この「宇宙定数」は、現在の宇宙の姿や大規模構造に合致する宇宙モデルに必要な6つの数字のひとつです。プロジェクトのリーダー、シュレーゲルは、この6つの数字のモデルを様々な観測という名のネジで留められた窓ガラスの枠組に例えます。「BOSSはいま、最もキツく締めたネジのひとつであり、今回さらに半回転キツく締めたのです。締め上げる毎にガラスに圧力がかかるはずなのですが、まだ壊れないということは、きっと我々の宇宙モデルが正しいということを示唆しているのかもしれませんね。」

図1 バリオン音響振動の波紋: 宇宙創成38万年後、電子と原子核が結びつき、密度のゆらぎが解放された光のわずかな温度のゆらぎ(左端:緑と赤の濃淡)として現れ、バリオン音響振動の波紋の大きさが約5億光年(150メガパーセク)として観測される。その後、数十億年かけて密度のゆらぎが銀河密度分布となる(右端)。銀河密度分布から波紋の大きさ(みかけの角度)を観測することにより、距離を知ることができる。宇宙の歴史の各時代(横軸:赤方偏移)ごとの波紋の大きさを調べることにより、宇宙膨脹の歴史を探ることができる。(Illustration courtesy of Chris Blake and Sam Moorfield)
図1 バリオン音響振動の波紋: 宇宙創成38万年後、電子と原子核が結びつき、密度のゆらぎが解放された光のわずかな温度のゆらぎ(左端:緑と赤の濃淡)として現れ、バリオン音響振動の波紋の大きさが約5億光年(150メガパーセク)として観測される。その後、数十億年かけて密度のゆらぎが銀河密度分布となる(右端)。銀河密度分布から波紋の大きさ(みかけの角度)を観測することにより、距離を知ることができる。宇宙の歴史の各時代(横軸:赤方偏移)ごとの波紋の大きさを調べることにより、宇宙膨脹の歴史を探ることができる。(Illustration courtesy of Chris Blake and Sam Moorfield)

図2: 米国ニューメキシコ州アパッチポイントにある 直径2.5mの鏡を持つ SDSS望遠鏡 (Image courtesy by David Kirkby)
図2: 米国ニューメキシコ州アパッチポイントにある 直径2.5mの鏡を持つ SDSS望遠鏡 (Image courtesy by David Kirkby)

図3: 1000本のファイバー(赤と青)が焦点面にある板(プレート)に毎夜、手作業で銀河のある位置に正確に配置される。ファイバーは分光器につなげられ、一度に1000個の銀河のスペクトルを得ることができる。これにより3次元地図を作成することができる。(Photo credit: Nao Suzuki)
図3: 1000本のファイバー(赤と青)が焦点面にある板(プレート)に毎夜、手作業で銀河のある位置に正確に配置される。ファイバーは分光器につなげられ、一度に1000個の銀河のスペクトルを得ることができる。これにより3次元地図を作成することができる。(Photo credit: Nao Suzuki)

図4: これまでに使われた図3のプレートの数々。一枚一枚に天空の銀河の配置が正確に刻まれている。これまで数千枚のプレートが使われ、宇宙地図を作り上げている。(Photo credit: Nao Suzuki)
図4: これまでに使われた図3のプレートの数々。一枚一枚に天空の銀河の配置が正確に刻まれている。これまで数千枚のプレートが使われ、宇宙地図を作り上げている。(Photo credit: Nao Suzuki)

関連論文

1. "The Clustering of Galaxies in the SDSS-III DR11 Baryon Oscillation Spectroscopic Survey: Baryon Acoustic Oscillations in the Data Release 10 and 11 Galaxy Samples"
L. Anderson, E. Aubourg, S. Bailey et al., submitted to Monthly Notices of the Royal Astronomical Society,
http://arxiv.org/abs/1312.4877 

2. "The clustering of galaxies in the SDSS-III Baryon Oscillation Spectroscopic Survey: Testing gravity with redshift-space distortions using the power spectrum multipoles”
F. Beutler, S. Saito, H-J. Seo et al., submitted to Monthly Notices of the Royal Astronomical Society,
http://arxiv.org/abs/1312.4611

  • 本研究は、JSPS科研費 25887012の助成を受けたものです。

お問い合わせ先

研究内容について

斎藤 俊(カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員)
shun.saito◎ipmu.jp

鈴木 尚孝(カブリ数物連携宇宙研究機構 特任助教)
nao.suzuki◎ipmu.jp

報道対応

カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 大林
press◎ipmu.jp
04-7136-5974

(「◎」を「@」に置き換えて下さい。)

関連リンク

SDSSによる本ニュースのプレスリリース(英語、2014年1月8日)

天の川銀河形成の歴史をひもとく SDSS-III データリリース10 公開(2013年8月8日)

スローン・デジタル・スカイ・サーベイについて

SDSS-IIIの資金はアルフレッド・P・スローン財団、研究チームの各機関、米国科学財団、米国エネルギー省から提供されています。

Webサイト: http://www.sdss3.org/

SDSS-III は以下の研究機関によって運営されています。

the Astrophysical Research Consortium for the Participating Institutions of the SDSS-III Collaboration including the University of Arizona, the Brazilian Participation Group, Brookhaven National Laboratory, Carnegie Mellon University, University of Florida, the French Participation Group, the German Participation Group, Harvard University, the Instituto de Astrofisica de Canarias, the Michigan State/Notre Dame/JINA Participation Group, Johns Hopkins University, Lawrence Berkeley National Laboratory, Max Planck Institute for Astrophysics, Max Planck Institute for Extraterrestrial Physics, New Mexico State University, New York University, Ohio State University, Pennsylvania State University, University of Portsmouth, Princeton University, the Spanish Participation Group, University of Tokyo, University of Utah, Vanderbilt University, University of Virginia, University of Washington, and Yale University.