軽い暗黒物質を世界最高感度で探索 - XMASS実験により極めて弱く相互作用するボゾンが暗黒物質である可能性を排除(PRLのEditors’ Suggestion) -

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の鈴木洋一郎(すずき・よういちろう)特任教授らのXMASS(エックスマス)実験グループは、岐阜県飛騨市の地下1000mに設置したXMASS-Ⅰ検出器を用いて暗黒物質の候補のひとつであるボゾン粒子(スピンが0や1の素粒子)のSuper-WIMP(スーパー ウィンプ)について世界最高感度で探索を行い、この粒子が宇宙の暗黒物質であるというシナリオを否定しました。暗黒物質についてはまだ性質が分かっておらず、世界中の研究者によって多くの理論的なシナリオに基づいた探索が行われています。今回の成果は暗黒物質の性質解明に向けた大きな一歩と言えます。

今回の成果をまとめた論文は、米国物理学会の学術誌 Physical Review Letters(PRL) 誌のEditors’ Suggestionとして掲載されました。Editors’ Suggestionは6本に1本の割合で編集者が選抜するもので、PRLの論文の中で特に重要かつ興味深い成果と判断された論文に与えられる評価です。

XMASS-Ⅰ検出器の建設時の様子(2010年2月25日 撮影) (C)  東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設XMASS-Ⅰ検出器の建設時の様子(2010年2月25日 撮影) (C) 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設
私たちの住む宇宙の95%は目に見えない、通常の物質とは大きく異なる性質を持つ未知の物質やエネルギーで満たされていると考えられています。未知の物質は暗黒物質とよばれ、世界中の研究者が探索を行っていますが、その正体はわかっていません。

暗黒物質の性質については理論研究により多種多様な予想がされています。ボゾン粒子のSuper-WIMP (Super Weakly Interacting Massive Particle) とよばれる通常の物質と極めて反応しにくい素粒子は、その存在により銀河の運動や宇宙背景放射の観測から知られている暗黒物質の量をよく説明できることから暗黒物質の候補の一つと考えられています。この粒子は地球にも降り注いでいて、稀に物質(検出器内の原子)に吸収されてSuper-WIMPの静止質量と等しい運動エネルギーをもつ電子を検出器内に放出し、検出器で信号としてとらえられるとされています。

この信号をとらえるためには、暗黒物質の反応相手となる物質をできるだけたくさん用い、かすかな信号をとらえられる高感度でバックグラウンド(ノイズ)を極限までおさえた検出器が必要です。約1トンの液体キセノンを用いたXMASS-Ⅰ検出器は岐阜県飛騨市の地下1000mに設置され、このSuper-WIMPの信号を世界最高感度で探索することができます。

今回、XMASS実験の観測データを用いて特にSuper-WIMPの質量が電子の質量の10分の1から5分の1程度(4万電子ボルトから12万電子ボルト)という、他の暗黒物質のシナリオと比べて軽い粒子の場合について探索を行いました。165.9日分の観測データから抽出した、検出器中心部のキセノン41kg分の有効体積内の反応と考えられるデータを解析した結果、残念ながら有意な暗黒物質の信号は見つかりませんでした。このことからこの質量範囲のSuper-WIMPが宇宙の暗黒物質であるというシナリオは正しくないことが明確になりました(図1)。

暗黒物質が宇宙の構造形成に果たした役割を研究する東京大学理学系研究科の吉田直紀教授(カブリIPMU特任教授を兼任)は今回の結果について、「軽いSuper-WIMPは宇宙の構造形成の観点からは暗黒物質の有力候補であり、XMASSの探索によりSuper-WIMPの可能性が幅広い質量域で排除されたことはとても重要な結果です」と述べています。

暗黒物質の正体を突き止める研究は、現在まで例えば超対称性理論の予言するニュートラリーノ等の超対称性粒子を有力候補の一つとして多くの地下実験や加速器、衛星を使った実験などで探索が続けられています。しかしこれまでの所、兆候は見えていません。さらには超対称性粒子の場合、質量が大きく運動の速度は遅いという「冷たい暗黒物質」と呼ばれる性質が宇宙の大規模構造などの観測結果と必ずしも細部にまでわたり一致しないため、今回探索したようなもっと質量の軽い暗黒物質であればより観測事実をうまく説明出来るといった議論もあります。この状況の下での暗黒物質探索実験について、XMASS実験代表者の鈴木洋一郎 カブリIPMU特任教授は、「様々な種類の暗黒物質を偏見なく探索する価値が上昇してきています。本研究は軽い暗黒物質の探索という新たな視点を持ち、かつ世界初、世界一の感度での研究結果です。今後ともXMASS実験の動向に注目頂ければ幸いです。」と述べています。

図1:極めて弱い相互作用を行う粒子Super-WIMP(上:スピン0の擬スカラー 粒子、下: スピン1のベクトル粒子)と電子の反応の強さを表す結合定数(縦軸)と粒子の質量(横軸)。赤線は今回の探索により、この線より強い(上の)結合定数を実 験的に否定したことを示す。

 

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東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 / 坪井
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研究内容について:

鈴木洋一郎(すずき・よういちろう)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 副機構長 / 主任研究員 / 特任教授
E-mail: yoichiro.suzuki_at_ipmu.jp