すばる望遠鏡発の精密宇宙論の幕開け!ダークマター、ダークエネルギーの解明を目指して

2018年9月26日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 

1.発表概要
すばる望遠鏡の威力を最大限発揮させた Hyper Suprime-Cam (ハイパーシュプリームカム:HSC, 注1) による宇宙観測の国際共同研究プロジェクトは、宇宙の3次元ダークマター (注2) の空間分布について最も深く (過去の宇宙) かつ広い天域の地図を作成し、解析しました。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の日影千秋特任助教を中心とする、東京大学、国立天文台、名古屋大学、米国プリンストン大学、米国カーネギーメロン大学、台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) の研究者らからなる国際研究チームは、約1000万個の銀河の形状における重力レンズ歪み効果 (注3) を観測することに成功し、銀河などの宇宙の構造 (注4) の形成の度合いを表す物理量を精密に測定しました。今回の HSC の結果と欧州宇宙機関 (ESA) の宇宙背景放射観測衛星 Planck および他の宇宙観測の結果と組み合わせることで、研究チームは宇宙最大の謎であるダークエネルギー (注5) の性質についても知見を得ることに成功しました。

 

2.発表内容
HSC データに基づく本研究の遠方銀河を用いた宇宙の構造形成の度合いの測定結果は、より近傍の宇宙にある銀河を用いた米国中心の Dark Energy Survey (DES) と欧州中心の the Kilo-Degree Survey (KiDS) の重力レンズによる測定結果とも良い一致を示します。しかしながら、これらの重力レンズの測定結果は、Planck 衛星が予言する宇宙模型と比較して、宇宙の構造の形成の度合いはそれほど大きくないことを示唆しています。この不一致は測定の統計的誤差による見かけ上のことなのでしょうか、あるいは現在の標準的宇宙模型に何か綻びがあるのでしょうか?今後の HSC の観測データを用いることにより、この疑問を解決することができます。今回の成果は、ダークマター、ダークエネルギーの解明に向けた HSC による精密宇宙論の最初の第一歩です。
 

ダークマターは光では直接見えませんが、アインシュタインの相対性理論が予言するように、宇宙の重力は遠方銀河から発せられた光の経路を曲げる重力レンズと呼ばれる現象を引き起こします。遠方銀河からの光は、約90億年もの気の遠くなるような年月をかけて宇宙空間を旅し、すばる望遠鏡に到達します。つまり、銀河からの光は宇宙の構造がどのように形成されてきたかの目撃者であり、またその重力レンズ効果を観測することで、加速膨張を引き起こすダークエネルギーの謎にも迫ることができます。ダークエネルギーの最も単純なモデルは宇宙定数ですが、これに基づく宇宙模型は HSC の結果を含む全ての宇宙観測を矛盾なく説明できます。アインシュタインはかつて「人生最大の過ち」と嘆きましたが、宇宙の標準模型で復活したのです。
 

研究チームが着目する重力レンズ効果は非常に小さいのですが、銀河の形状から測定可能な現象です。何百万もの銀河の形状を測定することにより、宇宙の物質 (主にダークマター) の3次元分布を復元することができます (図1およびムービー参照)。研究チームは、詳細にダークマターの分布を解析し、その分布が数十億年の歳月をかけて、どのように形成してきたかを調べました。

ハワイ島の標高約4200mマウナケア山頂は世界最高の天文観測サイトの一つですが、研究チームは、国立天文台のすばる望遠鏡に搭載された HSC を用い、2014年春から大規模な宇宙イメージング (撮像) 観測を行っています。直径8.2m主鏡の大集光力、一度に約満月7個分もの視野を観測できる広視野、遠方銀河のシャープな画像を撮ることを可能にする解像度の良さにより、すばる HSC は広い天域にわたり遠くて暗い宇宙の銀河をイメージング観測するには他の追随を許さない世界最高の観測装置です。今回の研究成果は、すばる望遠鏡の約90晩、また約140平方度の天域 (約満月600個分の視野の広さ)にわたる観測データに基づいています。

今回の研究を行うには、個々の銀河の形状を極めて正確に測定する必要があります。着目する重力レンズ効果は非常に小さいので、研究チームはまず銀河の形状の測定に影響を与え得る様々な効果 (大気のゆらぎ、観測装置の影響など) を注意深く調べる必要がありました。大気のゆらぎの影響を受けないハッブル宇宙望遠鏡の銀河画像のデータから HSC の銀河の画像をシミュレーションするなど、非常に忍耐強く注意深い解析を重ね、研究チームはそれらの測定誤差が今回の研究結果に影響を与えないことを確かめました。
 

微小な重力レンズ効果を正確に測定できたとしても、その検出には注意深い解析を必要とするため、観測結果が先行研究の結果と一致した途端にその解析をやめてしまうといったような、心理的影響による恣意的な操作が起きてしまうかもしれません。このような人為的な操作は「確証バイアス」と呼ばれ、客観的、信頼に足る結果を導出するために、できるだけ避けなければなりません。この理由で、研究チームはブラインド解析 (注6) と呼ばれる手法を用いました。研究チームは、物理解析から得られたパラメータの実測値、あるいは他の観測結果と比較することなしに、一年以上にかけて様々なテストを行いました。

今回の HSC の重力レンズの観測結果から、宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量 (以後S8) を測定することができます。例えば、Sが大きい宇宙では、宇宙の構造がより進化し、例えばより多くの銀河が存在することを意味します。研究チームは、今回の高精度の HSC データの観測結果により、Sを3.6%の精度で測定することができました。これは米国の DES の重力レンズ効果の観測から得られた S8 の測定結果と同等の精度です (図2)。DES は HSC より14倍広い領域を観測していますが、近傍の宇宙だけを観測しています。すばる HSC により、より遠くの暗い銀河まで観測すること、また過去に例がないほど解像度の高いダークマター地図を作成することで、研究チームは観測領域が小さいにも関わらず、DES と同等の測定精度を達成できたのです。このことは、世界で進行している重力レンズ観測の計画の中で、HSC の強み、他の観測結果に対する相補性を如実に表しています。
 

Planck 衛星によって観測された幼少期 (ビックバン後約40万年) の宇宙と比較したところ、HSC の測定結果は、Planck が支持する宇宙模型と矛盾がありませんでした (図3)。その模型とは、ダークマターとダークエネルギーが宇宙の全エネルギーのほとんどを占め、ダークエネルギーはアインシュタインが導入した「宇宙定数」のように振る舞う、いわゆる最も単純な宇宙模型です (図4)。しかし、これまで重力レンズの観測によって測定された宇宙の構造の成長度合い S8 は、Planck 衛星の予想よりわずかに小さい値を示しています (図5)。これは、ただ単にデータ量が限られていることによる統計的な不定性によるもの、あるいは一般相対性理論と宇宙定数に基づく宇宙の標準模型の綻びを示唆しているかもしれません。今回の HSC の結果は、全計画のたった約10%のデータを用いたものであり、今後の HSC データにより標準的な宇宙模型への理解をさらに深め、ダークエネルギーの正体を解明できる可能性が十分にあります。
 

中心となった日影千秋特任助教は「WMAP や SDSS のような精密宇宙論の研究をすることが学生の頃からの私の目標でした。すばる HSC による世界最高級の精度での宇宙論解析が実現でき、大変興奮しています」と述べています。
 

本研究成果は9月26日にプレプリントサーバー (https://arxiv.org/abs/1809.09148) で公開されました。日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan; PASJ) に投稿され、専門家による厳正な査読が行われます。


3. プレプリント (投稿予定の論文の原稿):
論文タイトル: Cosmology from cosmic shear power spectra with Subaru Hyper Suprime-Cam first-year data
著者: Chiaki Hikage(1), Masamune Oguri(2,3,1), Takashi Hamana(4), Surhud More(5,1), Rachel Mandelbaum(6), Masahiro Takada(1) et al.

著者所属:
1 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU WPI), UT Institutes for Advanced Study, University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan
2 Research Center for the Early Universe, University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
3 Department of Physics, University of Tokyo 1130-0033, Japan
4 National Astronomical Observatory of Japan, Mitaka, Tokyo 181-8588, Japan
5 The Inter-University Center for Astronomy and Astrophysics, Post Bag 4, Ganeshkhind, Pune 411007, India
6 McWilliams Center for Cosmology, Department of Physics, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, PA 15213, USA


arXiv番号 1809.09148
プレプリント (arXiv.orgのページ) https://arxiv.org/abs/1809.09148

4.問い合わせ先:
 (研究に関すること)
東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構
特任助教 日影 千秋(ひかげ ちあき)
TEL:04-7136-6532 E-mail:chiaki.hikage_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構
教授/主任研究者 高田 昌広 (たかだ まさひろ)
TEL:04-7136-6510    E-mail: masahiro.takada_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

インド天文学天体物理学大学連携センター 准教授/東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 客員科学研究員
Surhud More (スルド・モレ)  [英語での対応]
TEL; +91-20-25604-120  E-mail: surhud_at_iucaa.in
*_at_を@に変更してください

 (報道に関すること)
東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構
広報担当  小森 真里奈
TEL:04-7136-5977  E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

 (すばる望遠鏡に関すること)
国立天文台ハワイ観測所
広報担当サイエンティスト 藤原 英明
TEL:+1-808-934-5922 (研究室) E-mail:hideaki_at_naoj.org
*_at_を@に変更してください
※日本との時差は-19時間です。時差にご配慮願います。

5. 用語解説
注1) すばる/Hyper Suprime-Cam:
すばる望遠鏡はハワイのマウナケア山頂に設置された口径8.2 mの国立天文台の主力光学望遠鏡である。 Hyper Suprime-Cam (HSC) はすばる望遠鏡の主焦点に据えられた大型広視野デジタルカメラ。国立天文台、Kavli IPMU が中心となり国際的な研究協力によって作製された。

注2)  ダークマター
宇宙にある物質の80%以上は、原子などではない未知の物質であると考えられている。ダークマターは、私たちの母、すなわち星や銀河、銀河団などの宇宙の構造を形成する役割を果たしているとされている。本研究で紹介した弱い重力レンズ効果を測定することで、宇宙のダークマターの地図を作り、また宇宙の構造がどのように形成されたかを明らかにすることができる。

注3)  弱い重力レンズ効果
重力レンズ効果とは、ダークマターの重力によって光の軌道が曲げられる現象のこと。その結果、銀河や銀河団など重力の強い領域は拡大レンズのような役割を果たし、その背後にある銀河の形を引き伸ばしたり曲げたりなど、銀河の形をゆがめる。弱い重力レンズ効果は、このゆがみの大きさが非常に弱く、1%にすら満たない場合がある。

注4)  宇宙の構造
COBE、WMAP、および Planck 衛星は、宇宙が約38万歳、その温度が3000度の超高温だった頃のビックバン直後の宇宙の姿を観測している。当時の宇宙は目立った構造もなく、退屈なものだったが、10万分の1ほどのわずかなダークマターの密度ゆらぎがある。ダークマターの重力によって、ダークマターがわずかに多いところに物が集まり、それによって重力が増えてさらに物が集まることを繰り返した結果、星や銀河、銀河団など宇宙の構造が形成されてきたと考えられている。一方で、ダークエネルギーは宇宙の膨張を加速し、ダークマターが作った構造を逆に引きはがそうとする。ゆえに、宇宙の構造はダークマターとダークエネルギーの競争の結果として形成されていく。宇宙の構造を精密に測定することで、このせめぎ合い、つまり、どのようにしてダークマターが構造を形成し、ダークエネルギーが引き剥がしていっているのかを正確に調べることができる。

注5)  ダークエネルギー
重力は引き合うが、決して押し返すことはない。ビッグバンによって、あらゆるものが飛散した後、重力による引力作用でブレーキがかかり、宇宙の膨張速度は遅くなると思われていた。しかし、1998年に宇宙の膨張が加速していることが発見された。この宇宙の膨張を後押しする何かを「ダークエネルギー」と呼んでいる。もしダークエネルギーが運動量を拾い上げ、宇宙の膨張の速度が無限になると、ビッグリップによって宇宙は終わりを迎える。つまり、ダークエネルギーは宇宙の運命の鍵を握っていると言える。

注6) ブラインド解析
解析者による心理的な影響を排除するため、目標とする物理量や被験者の情報等を隠した状態で解析作業を行う手法。素粒子物理学や医学の分野で用いられてきた。
 

6. 参考画像:
画像は http://web.ipmu.jp/press/201809-HSC/ からダウンロード可能です。

 

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関連リンク
すばる望遠鏡発の精密宇宙論の幕開け ―ダークマター、ダークエネルギーの解明を目指して― (国立天文台ハワイ観測所のページ)
https://subarutelescope.org/Pressrelease/2018/09/25/j_index.html

すばる望遠鏡発、精密宇宙論の幕開け ―ダークマター、ダークエネルギーの解明を目指して― (国立天文台のページ)
https://www.nao.ac.jp/news/science/2018/20180926-subaru.html