重力波で観測された大質量ブラックホールの起源とその最大質量を見出す

2020年6月25日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の野本憲一 (のもと・けんいち) 上級科学研究員を含む国際共同研究チームは、太陽質量50倍という大質量を持つブラックホールが、脈動型電子対生成超新星によって形成されたものであることをシミュレーションから明らかにしました。米国の重力波望遠鏡 LIGO と欧州の Virgo で2017年に観測されたブラックホール連星の合体イベント GW170729 では、合体前のブラックホールの一方が太陽質量の約50倍であったことが分かりました。しかしながら、従来の予想では太陽質量の10倍程度のブラックホールが多く作られるものと考えられていました。研究グループは大質量星が内部の電子陽電子対の生成によって起こす脈動を詳しくシミュレーションし、GW170729 の合体前のブラックホールがこの脈動型電子対生成超新星によって形成されたことを明らかにしました (図1)。同時に、このメカニズムによって形成されるブラックホールの最大質量を求めました。本研究成果は、米国天文学会の発行する天体物理学専門誌アストロフィジカル・ジャーナル (Astrophysical Journal) のオンライン版に2019年12月11日付で掲載されました。
 

図1. GW170729の連星ブラックホールの形成過程の模式図。80太陽質量以下の星は、通常の重力崩壊型超新星へと進化する。電子と陽電子の対生成不安定は起きないため、脈動による大量の質量放出は生じない。その後の進化によって、中心部に大質量の鉄のコアを形成した後、自身の重力によって崩壊し、38太陽質量以下のブラックホールを形成する。80太陽質量から130太陽質量の星の場合は、脈動型電子対生成超新星へと進化する。星が炭素と酸素のコアを形成した後、電子と陽電子の対生成が起こる。それにより、強い脈動が生じて星からの質量放出が起き、大量の星周物質が形成される。その後、星は進化を続けて大質量の鉄のコアを形成し、重力崩壊型超新星と似た爆発を起こして、より重い38太陽質量から52太陽質量のブラックホールを形成する。重力波イベントGW170729 を引き起こした連星ブラックホールは、これら2つの形成過程によって作られたと考えられる。(Credit: Shing-Chi Leung et al./Kavli IPMU)

想像図. 脈動型電子対生成超新星に至る星の進化過程 (Credit:Shing-Chi Leung et al.)

2. 発表内容
米国の重力波望遠鏡 LIGO と欧州の Virgo の重力波観測は、二つのブラックホールの合体が起きたことを明らかにしました。2017年に観測されたイベントの一つである GW170729 は、合体前の一方のブラックホールが太陽質量の約50倍であったことが分かりました。従来の予想では、合体前のブラックホールは太陽の10倍程度の質量を持つものが多いと考えられており、GW170729 の衝突前のブラックホールの質量は予想よりはるかに大きいものです。

Kavli IPMU の野本憲一上級科学研究員と Shing-Chi Leung  特任研究員 (現在はカリフォルニア工科大学研究員)、Kavli IPMU の客員上級科学研究員を兼ねるロシア理論実験物理研究所の Sergei Blinnikov 教授の国際研究チームは、太陽質量の80倍から130倍の非常に質量の大きな星の進化の最終段階をシミュレーションし調べました。

 

図2. 重力崩壊型超新星 (CCSN)、脈動型電子対生成超新星 (PPISN)、電子対不安定型超新星 (PISN) となるそれぞれの星の中心密度と中心温度の時間的変化。赤線は、120太陽質量の星が脈動型電子対生成超新星 (PPISN) に至る進化の時間変化を示している。矢印は時間変化の向き。星の脈動が起きており#1と#2で反跳し、最終的には水色で示す重力崩壊型超新星 (CCSN) となる25太陽質量の星と類似した進化をする。青線は、200太陽質量の星が電子対不安定型超新星 (PISN) を引き起こす過程の変化。電子対不安定型超新星の膨張によって星は完全に飛び散り、ブラックホールを残さない爆発となる。黒の実線で囲まれた左上領域は、星が動的に不安定な領域。(Credit:Shing-Chi Leung et al.)

太陽質量の80倍から130倍の質量の星が進化して酸素の多いコアを形成すると動的な脈動を始めます (想像図a, bと図2)。星内部の温度が高くなると光子から電子と陽電子の対が生成され、星のコアが不安定になって収縮が加速します (想像図b)。急激な収縮により酸素の爆発的燃焼が起こり、そのエネルギーにより収縮していたコアの跳ね返りと膨張が起きます。その結果、星の外層の一部が吹き飛ばされ、一方で内側は冷えて再び収縮します(想像図c)。そして、酸素が燃やされてなくなるまで脈動 (膨張と収縮) が繰り返されます (想像図d)。この過程は「電子対生成脈動 (Pulsational Pair Instability, PPI)」と呼ばれています。星はこの過程を経て鉄のコアを形成し、最終的にブラックホールへと崩壊します。そしてそれが引き金となって、爆発が引き起こされます (想像図e)。この爆発を脈動型電子対生成超新星といいます。

図3. 恒星の初期質量と爆発後のブラックホール質量との関係。赤丸は本研究のシミュレーションで得られたデータ点を示し、データ点を結ぶ赤の実線は、恒星の初期質量と脈動型電子対生成超新星 (PPISN) で残されるブラックホールの質量との関係を示している。赤と黒の破線は、連星系において作られるヘリウムコアの質量を示す。グラフ中央付近で、赤の実線は黒の破線より低い値を示しており、脈動によってヘリウムコアからの質量の放出が起きていることが分かる。また、赤線の最大値は、ブラックホールの最大質量が52太陽質量となることを示しており、重力波観測で示された合体前のブラックホール質量と符合する。なお、130太陽質量以上の星が電子対不安定型超新星 (PISN) となって残骸を一切残さずに爆発することが読み取れる。(Credit:Shing-Chi Leung et al.)

研究グループは、このような脈動型電子対生成超新星に至る進化を計算し、脈動が起きている間に起きる大量の質量放出のシミュレーションを行いました。この放出量は大質量の星ほど大きく、最後に形成されるブラックホールの質量が逆に小さくなります。その結果、太陽質量の80倍から130倍の質量の星が形成するブラックホールの最大の質量は太陽質量の52倍であると結論づけることができました (図3)

 

太陽質量の130倍から300倍の間の質量を持つ星は、電子対生成不安定型超新星になります。そのような星では、爆発的な酸素の燃焼により大量のエネルギーが生成されて星が完全に飛び散り、ブラックホールが後に残されません(図3)。また、太陽質量の300倍以上の星は、太陽質量の150倍より大きな質量のブラックホールを形成すると想定されていますが、そもそも、そのような星はあまり多くは誕生しません。

図4. LIGOとVirgoで検出されたブラックホール合体による重力波イベント。GW150914からGW170823に至る名称の数字の部分は検出された年月日を示し、それぞれのイベント名に対応する下段の二つ一組のデータ点は合体前の二つのブラックホールの質量を示す。38太陽質量から52太陽質量の質量範囲で示されるブラックホールは、脈動型電子対生成超新星で生成されるブラックホールの質量範囲。38太陽質量以下のブラックホールは、通常の重力崩壊型超新星によって形成されたブラックホール。GW170729に加えて、GW170823のブラックホールも脈動型電子対生成超新星によって形成されたブラックホールの候補と考えられる。(Credit:Shing-Chi Leung et al.)

こうして、研究グループは、重力波イベントGW170729 を引き起こした約50太陽質量のブラックホールは、脈動型電子対生成超新星の残骸として形成されたものと結論しました。そして、52太陽質量から150太陽質量の間の質量を持つブラックホールは形成されず、重力波で観測されるブラックホールの質量の最大値は、実際上52太陽質量となることを結論しました。

 

研究グループは更に、星の脈動によって大量の星周物質が形成されることを予測しました。この星周物質と脈動型電子対生成超新星の爆発で生じた物質が衝突することで超高輝度超新星となる可能性も示しました。将来の重力波観測によって、脈動型電子対生成超新星となる星の進化や超高輝度超新星のメカニズムに関する理論的予言が裏付けられるかもしれません。

 

3. 発表雑誌
雑誌名: The Astrophysical Journal
論文タイトル: Pulsational Pair-instability Supernovae. I. Pre-collapse Evolution and Pulsational Mass Ejection
著者: Shing-Chi Leung (1,2), Ken'ichi Nomoto (1), and Sergei Blinnikov (1,3,4)
著者所属:
1. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
2. TAPIR, Walter Burke Institute for Theoretical Physics, California Institute of Technology, Pasadena, CA 91125, USA 
3. NRC "Kurchatov Institute" ITEP, B.Cheremushkinkaya 25, 117218 Moscow, Russia
4. Dukhov Automatics Research Institute (VNIIA), Suschevskaya 22, 127055 Moscow, Russia

DOI: https://doi.org/10.3847/1538-4357/ab4fe5 (2019年12月11日掲載)

論文のアブストラクト (The Astrophysical Journal のページ)

プレプリント (arXiv.orgのページ)


4. 問い合わせ先
(研究内容について)
野本 憲一 (のもと・けんいち)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 上級科学研究員
TEL: 04-7136-5940
E-mail: nomoto_at_astron.s.u-tokyo.ac.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈 
TEL: 04-7136-5977
E-mail:press_at_ipmu.jp 
*_at_を@に変更してください
 

5. 参考画像:
画像は https://web.ipmu.jp/press/20200619-gw170729 からダウンロード可能です。