宇宙の重量級同士の稀な出会い -超広視野主焦点カメラ HSC で合体過程の超大質量ブラックホールを発見-

2020年8月27日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の John Silverman (ジョン・シルバーマン) 准教授を中心とし Kavli IPMU や国立天文台の研究者も参加する国際共同研究チームは、ハワイのすばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC; ハイパー・シュプリーム・カム) の画像を用いて、34,476個の既知のクェーサーを調べ、421個の二重クェーサーの候補を特定。その候補を更に Keck-I 望遠鏡と Gemini-North 望遠鏡を使って分光観測することで、3つの二重クェーサーを特定しました。二重クェーサーは、銀河が合体する過程において、それぞれの銀河中心にある超大質量ブラックホールがクェーサーとして光り輝き、クェーサーのペアとして見える現象です。今回研究グループが検出した3つのうち2つはこれまで二重クェーサーとして存在が知られていなかったものであり、広視野・高解像度で、遠くの天体も観測可能なすばる HSC の特性を生かした二重クェーサー探索の可能性を拓きました。また、二重クェーサー検出によって、銀河の合体や進化、超大質量ブラックホールの成長過程といった研究の今後の進展も期待されます。本研究成果は、米国天文学会の発行する天体物理学専門誌アストロフィジカル・ジャーナル (Astrophysical Journal) のオンライン版に2020年8月26日付で掲載されました。

 

2. 発表概要
私たちの宇宙では、銀河が隣の銀河と衝突したり、合体することがあります。このような事象はとてもダイナミックなもので、星が新しく急速に生まれるきっかけとなったり、銀河に存在する超大質量ブラックホールへのガス供給が劇的に増加したりします。超大質量ブラックホールは、太陽の数百万から数十億倍の質量を持ち、巨大銀河の中心に存在するとされています。ブラックホールのまわりを大量の物質が周回すると、ブラックホールは高温に加熱され、銀河全体を凌駕するほどの光を放出します。研究者達は、この現象をクェーサーと呼んでいます。

シミュレーションから、銀河が合体する際に時折、それぞれの銀河中心でクェーサーの活動が同時に起きる場合があることがわかっています。合体する銀河のペアは、明るく光るクェーサーがペアとなった「二重」クェーサーのように見えます。このような明るいクェーサーのペアは珍しく、シミュレーションで予測されるよりもはるかに少ない数しか見つかっていません。これまでの観測では、近接する2つのクェーサーからの光を分離する能力と、こうした珍しい事象を十分な数捕らえるのに必要となる広い視野をカバーする能力の2つを兼ね備えた観測をすることが困難でした。

このような課題を克服するため、Kavli IPMU の John Silverman 准教授を中心とする国際共同研究チームは、ハワイのすばる望遠鏡に搭載され、高分解能・広視野での観測が可能な超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC; ハイパー・シュプリーム・カム) を用いて、二重クェーサーの探索を行なっています。研究グループは、米国ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡を使った観測のスローン・デジタル・スカイ・サーベイ (SDSS) から得られている34,476個の既知のクェーサーを、HSC の画像を用いて調べ、2つ (もしくはそれ以上) の異なる中心を持つクェーサーを特定しました。John Silverman 准教授は「正直なところ、私たちは最初から二重クェーサーを探していたわけではありませんでした。明るいクェーサーがどういった種類の銀河に存在する傾向にあるのかを画像を使って調べているうちに、中心に光源が1つしかないと思っていた場所に、2つ光源がある場合が見つかり始めたのです」と述べています。

自動解析手法に少し変更を加えた結果、421個の有望な候補を特定しました。しかし、これらの多くは正真正銘の二重クェーサーではなく、我々の銀河系にある星が偶然投影されて二重クェーサーのように見えている可能性がありました。これを確認するため、2つの異なるクェーサーであるという決定的な信号が得られる光学分光観測が必要でした。研究グループは、すばる望遠鏡同様にハワイのマウナケア頂上に位置する Keck-I 望遠鏡と Gemini-North 望遠鏡を使用して、3つの二重クェーサーを特定しました。そのうち2つは、これまで知られていなかったものです。クェーサーのペアとなるそれぞれの天体では、超大質量ブラックホールの影響で毎秒数千キロメートルでガスが移動している兆候が見られました。図は、新たに今回発見された二重クェーサーを示しています。それぞれの銀河にある超大質量ブラックホールの質量は、太陽質量の約1億倍と考えられます。そして、銀河が合体する際に副産物として生じるダストの影響のために、片方のブラックホールに対してもう一方のブラックホールはより赤く見えています。

これらの観測結果をもとに、研究チームは、全てのクェーサーのうち0.3% は、銀河の合体の過程で超大質量ブラックホールが2つ存在している事例と推定しています。この割合の低さは、その希少性と、これまでの探索でほとんど発見されなかった理由を示すものです。しかし、東京大学大学院理学系研究科所属の大学院生でこの研究プロジェクトのメンバーとして Kavli IPMU で研究活動を行う Shenli Tang さんは「その珍しさにも関わらず、この事例は銀河進化の重要な段階を示しており、中心の超大質量ブラックホールが銀河の合体によって目覚めて質量を増していき、ブラックホールが属する銀河 (ホスト銀河) の成長にも影響を与える可能性があります」と述べています。今回の結果は、銀河と超大質量ブラックホールの成長の様子を研究するために、二重クェーサーを検出するという広域撮像観測の可能性を示すものです。研究チームはさらに多くの二重クェーサー候補のスペクトルを得ており、今回発表した3つの二重クェーサー検出の成果は、HSC を用いて得られた成果のほんの始まりにすぎず、今後の研究の進展が期待されます。

3. 発表雑誌
雑誌名: The Astrophysical Journal
論文タイトル: Dual Supermassive Black Holes at Close Separation Revealed by the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program 
著者: John D. Silverman (1,2), Shenli Tang (1,3), Khee-Gan Lee (1), Tilman Hartwig (1,3), Andy Goulding (4), Michael A. Strauss (4), Malte Schramm (5), Xuheng Ding (6), Rogemar Riffel (7,8), Seiji Fujimoto (9, 10), Chiaki Hikage (1), Masatoshi Imanishi (5), Kazushi Iwasawa (11), Knud Jahnke (12), Issha Kayo (13), Nobunari Kashikawa (2), Toshihiro Kawaguchi (14), Kotaro Kohno (2), Wentao Luo (1), Yoshiki Matsuoka (15), Yuichi Matsuda (5), Tohru Nagao (15), Masamune Oguri (3), Yoshiaki Ono (16), Masafusa Onoue (12), Masami Ouchi (5,16), Kazuhiro Shimasaku (2), Hyewon Suh (17), Nao Suzuki (1), Yoshiaki Taniguchi (18), Yoshiki Toba (19), Yoshihiro Ueda (19), Naoki Yasuda (1)

著者所属:
1. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe, The University of Tokyo, Kashiwa, 277-8583 (Kavli IPMU, WPI) Japan
2. Department of Astronomy, School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan
3. Institute for Physics of Intelligence, School of Science, The University of Tokyo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan
4. Department of Astrophysical Sciences, Princeton University, 4 Ivy Lane, Princeton, NJ 08544, USA
5. National Astronomical Observatory of Japan, 2-21-1 Osawa, Mitaka, Tokyo 181-8588, Japan
6. Department of Physics and Astronomy, University of California, Los Angeles, CA, 90095-1547, USA
7. Department of Physics & Astronomy, Johns Hopkins University, Bloomberg Center, 3400 N. Charles St, Baltimore, MD 21218, USA
8. Universidade Federal de Santa Maria, CCNE, Departamento de Física, 97105-900, Santa Maria, RS, Brazil
9. Cosmic Dawn Center (DAWN), Denmark
10. Niels Bohr Institute, University of Copenhagen, Lyngbyvej 2, DK-2100, Copenha-gen, Denmark
11. ICREA and Institut de Ciències del Cosmos, Universitat de Barcelona, IEEC-UB, Martí i Franquès, 1, E-08028 Barcelona, Spain
12. Max-Planck-Institut für Astronomie, Königstuhl 17, D-69117 Heidel- berg, Germany
13. Department of Liberal Arts, Tokyo University of Technology, Ota-ku, Tokyo 144-8650, Japan
14. Department of Economics, Management and Information Science, Onomichi City University, Hisayamada 1600-2, Onomichi, Hiroshima 722- 8506, Japan
15. Research Center for Space and Cosmic Evolution, Ehime University, 2- 5 Bunkyo-cho, Matsuyama, Ehime 790-8577, Japan
16. Institute for Cosmic Ray Research, The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa, Chiba 277-8582, Japan
17. Subaru Telescope, National Astronomical Observatory of Japan (NAOJ), National Institutes of Natural Sciences (NINS), 650 North A’ohoku place, Hilo, HI 96720, USA
18. The Open University of Japan, 2-11 Wakaba, Mihama-ku, Chiba 261- 8586, Japan
19. Department of Astronomy, Kyoto University, Kitashirakawa-Oiwake- cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan

DOI: https://doi.org/10.3847/1538-4357/aba4a3 (2020年8月26日掲載)

論文のアブストラクト (Astrophysical Journal のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)

4. 問い合わせ先
(研究内容について)
John Silverman (ジョン・シルバーマン) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 准教授
E-mail: john.silverman_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-6550
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください

(すばる望遠鏡に関すること)
国立天文台ハワイ観測所
広報担当サイエンティスト 藤原 英明
E-mail:hideaki_at_naoj.org
*_at_を@に変更してください
※日本との時差は-19時間です。時差にご配慮願います。


関連リンク
宇宙の重量級同士のまれな出会い ―合体の過程にある超大質量ブラックホールを発見― (国立天文台ハワイ観測所の記事)
宇宙の重量級同士のまれな出会い—合体の過程にある超大質量ブラックホールを発見— (国立天文台の記事)

Rare Encounters Between Cosmic Heavyweights (ケック天文台の記事, 英語)