数学・物理の男性イメージを説明する新モデルを検証

2021年3月24日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の横山広美 (よこやま ひろみ) 教授を中心とする東京大学、NIRA総合研究開発機構、滋賀大学教育学部、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)のメンバーからなる研究グループは、日本に根強い数学や物理学の男性的イメージを説明する新モデルを提案し検証をしました。物理などの分野を大学で学ぶ女性が少ない要因を3つにまとめた先行研究を利用し(注1)、本研究ではさらに要因4 (性役割についての社会風土) を加えて男性的イメージを測定した点に新しさがあります。新モデルに基づいて、インターネット調査を実施した結果、要因1の 「職業」、「数学ステレオタイプ(注2)」、「頭が良いイメージ」 が数学や物理学の男性的イメージに影響することに加え、要因4の要素のうち、「女性は知的であるほうがよい」ことに否定的な人ほど数学に対して男性的イメージを持つことがわかりました。これらの結果は、優秀さが男性のものであるという意識が学術分野の男性的イメージに影響を与えていることを示唆しています。新モデルが、一部学術分野に男性的イメージをもたらす要因の解明に役立つとともに、ダイバーシティ推進政策や人材育成政策に貢献するエビデンスとして活用されることが期待されます。

本成果は、科学技術社会論の国際的学術誌である Public Understanding of Science のオンライン版に2021年3月24日公開されました。
 

2. 発表内容
数学や物理学を学んだ卒業生は、AIや量子科学など現在注目が集まる研究分野で特に就職率が高いにも関わらず、理系の中でも女性比率は極めて低い状態が続いています(注3)。なぜこうした分野に女性が少ないのかは多くの要因が考えられますが、そのひとつが、こうした分野の男性イメージの強さです。本グループの以前の調査では、女性に向くかと聞いた18分野のうち、物理学は下から2番目、数学は下から4番目でした (参考1)。今回、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の横山広美 (よこやま ひろみ) 教授を中心とする東京大学、NIRA総合研究開発機構、滋賀大学、名古屋大学のメンバーからなる研究グループは、男性イメージが何に起因しているのかを調べるため、新たなモデルを構築し検証しました。

先行研究では情報科学・工学・物理学を大学で学ぶ女性が少ないことを多くの研究から、3つの要因 (Masculine culture of the fields:分野の男性的カルチャー, insufficient early experience:幼少期の経験, gender gaps in self-efficacy:自己効力感の男女差) にまとめています(注4)。本研究では、日本で根強い女性蔑視などの問題を組み込むため、4つ目の要因として新たに、「ジェンダー不平等の社会風土」を加えました。本研究では、新たに構築したモデルにより、男性的イメージへの影響を調査しました (図1)。要因1から要因4の各要因にはそれぞれいくつかの要素が含まれます。これらに対応した質問項目を用意し、どの項目が数学や物理学の男性的イメージと統計的に有意な関係があるかを、日本に住む男女と英国のうちイングランドに住む男女を対象にインターネット調査を実施しました。


分析の結果、日本では要因4の 「知的な女性観」 については数学に統計的に有意な影響がありました。この結果は、 「女性は知的であるほうがよい」 という意見に反対する人ほど、数学をより男性的なものと見なすことを示しています。また、数学と物理学の両方で要因1の 「職業」 と 「数学ステレオタイプ」、「頭が良いイメージ」 に統計的に有意な影響がありました。これらの結果は、数学、物理学を学んだ後に就職する職業が男性向きと思う人ほど (職業)、女性は男性に比べて数学的能力が低いと思う人ほど (数学ステレオタイプ)、数学や物理学に進学する人は一般的に頭が良いと思う人ほど (頭が良いイメージ)、数学や物理学をより男性的なものと見なす傾向があることを示しています。

つまり、数学や物理学に対する男性的なイメージの形成に、従来研究において指摘されてきた女性比率の低さを招く要因に加えて、性役割についての社会風土が重要な影響を与えることを示唆し、このモデルが有用であることを示しています。

本研究から、女子生徒の理系進学支援にも示唆が得られました。研究代表の横山教授は以下のように述べます。「学術の男性イメージは進学選択に影響を与えます。女子生徒に理系進学を勧める際に、就職情報のみならず数学ステレオタイプを解消することが重要です。実際、日本は世界的にみても女子生徒の数学の成績がとてもよいのです。保護者や先生は、女子生徒は数学ができるのだと、応援してほしいと思います。」さらに社会風土に着目したプロジェクトから得られた成果として、横山教授は次のようにも述べています。「学術に女性、男性といったジェンダーイメージが強いこと自体が問題ですが、その背景に、女性が知的であることに否定的なジェンダー不平等が根強く影響していたことがわかったことは、理系に女性が少ない問題が、単なる個人の選択の問題ではなく、社会の問題であることを示しています。」
 

※本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」の研究開発プロジェクト「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」(研究代表者:横山 広美、グラント番号:JPMJRX17B3)の支援を受けたものです。
 

(参考1)
本研究グループによる以前の調査 (2020年発表) に関する詳細な解説は下記を参照
http://member.ipmu.jp/hiromi.yokoyama/images/ristex/lec-paper2.pdf

・2020年発表の論文はこちら
Ikkatai, Y., Minamizaki, A., Kano, K., Inoue, A., McKay, E. and Yokoyama, H. M. (2020). Gender-biased public perception of STEM fields, focusing on the influence of egalitarian attitudes toward gender roles. JCOM 19 (01), A08. https://doi.org/10.22323/2.19010208.


3. 発表雑誌
雑誌名:Public Understanding of Science
論文タイトル:Masculinity in the public image of physics and mathematics: a new model comparing Japan and England

著者: Yuko Ikkatai (1), Atsushi Inoue (2), Azusa Minamizaki (3), Kei Kano (4), Euan McKay(5), Hiromi M Yokoyama (1)
著者所属:
1) Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
2) Nippon Institute for Research Advancement, Tokyo, Yebisu Garden Place Tower, 34th Floor 4-20-3 Ebisu, Shibuya-ku, Tokyo, 150-0013, Japan
3) Kobayashi-Maskawa Institute for the Origin of Particles and the Universe, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8602, Japan
4) Graduate School of Education, Shiga University, 2-5-1, Hiratsu, Otsu, Shiga, 520-0862, Japan
5) Division for Strategic Public Relations, The University of Tokyo, 7-3-1, Hongo, Bunkyo, Tokyo, 113-0033, Japan

DOI: 10.1177/09636625211002375(2021年3月24日 オンライン版公開) 
論文URL (Public Understanding of Scienceのページ)

4. 問い合せ先
(研究内容について)
横山 広美(よこやま ひろみ)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 教授
E-mail: hiromi.yokoyama_at_ipmu.jp 
*_at_を@に変更してください
プロジェクトウェブサイト: http://member.ipmu.jp/hiromi.yokoyama/ristex2017.html

(JSTの事業に関すること)
東出 学信(ひがしで たかのぶ)
科学技術振興機構 社会技術研究開発センター
E-mail: stipolicy_at_jst.go.jp TEL:03-5214-0133 
*_at_を@に変更してください

(報道対応)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp TEL:04-7136-5977
*_at_を@に変更してください

科学技術振興機構 広報課
E-mail: jstkoho_at_ jst.go.jp TEL:03-5214-8404 
*_at_を@に変更してください


5. 用語解説
注1) 米国ワシントン大学の Sapna Cheryan 氏をはじめとする研究者グループの2017年発表の下記論文による。
Cheryan, S., Ziegler, S. A., Montoya, A. K., & Jiang, L. (2017). Why are some STEM fields more gender balanced than others? Psychological bulletin, 143(1), 1-35.

注2) 「数学ステレオタイプ」 は、女性は生まれつき数学ができないという間違った思い込みを指す。

注3) 文部科学省の学校基本調査によると、令和元年度の日本の大学1年生の女子比率は生物学で約41%、化学で約33%、数学で約19%、物理学で約14%である。

注4) アメリカでは数学科の女子学生率は40%に達するので、 Cheryan et al. (2017) では多い方に分類をされている。本研究は、要因1から3までの要因を活用し、学術分野は日本の研究分野で女性が少ない数学と物理学を選んで実施をした。


関連リンク:
研究開発プロジェクト「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」のページ
※構成メンバー詳細についてはこちら

JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」のページ