初期宇宙解明の窓を開くアクシオン -宇宙からのアクシオンを探索実験で捉える可能性を指摘-

2021年6月8日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の村山斉 (むらやま ひとし) 主任研究者、カリフォルニア大学バークレー校博士研究員の Jeff Dror 氏と Nicholas Rodd 氏の研究チームは、宇宙初期に生成された軽いアクシオンからなる宇宙背景アクシオン (CaB) に対する、現在実施中及び将来計画の米国を中心とするアクシオン探索実験の感度を理論的に調べました。その結果、これら実験における機器の性能向上や解析手法の工夫により、CaB からの信号を捉えられることを明らかにしました。CaB の信号を捉えることは、未発見粒子であるアクシオンの発見に繋がるだけでなく、どういう種類の信号を捉えたかにより CaB の生成過程も明らかにできることから、宇宙の進化に対する新たな謎の解明に繋がることが期待されます。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー D (Physical Review D) のオンライン版に米国時間2021年6月7日付で掲載され、成果の重要性から注目論文 (Editors’ Suggestion) に選ばれました。
 

2. 発表内容
私たち宇宙の物質の約85% は、ダークマター (暗黒物質) と呼ばれる未知の物質で構成されていること、そしてダークマターがなければ、星、銀河、我々も誕生しなかったことがわかっています。しかし、未だ決定的で直接的な検出はされておらず、ダークマターがどのような性質を持つどういった物質なのか具体的なことはまだ分かっていません。そのため現在、実験と理論の両面から活発に研究が行われています。近年では、理論的に存在が予言されていながら未発見の粒子であるアクシオンが、ダークマターの有望な候補ではないかとされ、アクシオンの探索実験が盛んになっています。

アクシオンは、中性子の電気双極子能率 (EDM, 注1) がまだ測定されていないことから知られる、素粒子標準模型の理論と実験の矛盾の一つである「強いCP問題 (注2)」を解決する粒子として理論的に存在が予言されている粒子です。加えて、スケールの異なる2つの理論である量子力学と一般相対性理論を上手く結びつける量子重力理論において、素粒子の振る舞いを記述する超弦理論においても存在が予言されています。特に超弦理論で予測されるアクシオンは質量の軽いアクシオンではないかとされています。

そして、軽いアクシオンは宇宙の初期に大量生成されたと考えられています。我々は、宇宙誕生から約40万年後に放たれた光を宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) として今日観測することができますが、これ以前の宇宙を光で観測することはできません。宇宙の初期に大量生成されたアクシオンが 現在も残されている可能性が指摘されています。それは、宇宙背景アクシオン (CaB) と呼ばれています。宇宙初期に生成されたアクシオンは、宇宙誕生の1秒後という光子よりも早い段階で生まれた可能性があり、CMB が放たれる以前の宇宙誕生直後の様子を知る手がかりともなり得ます。

今回、Kavli IPMU の村山斉 主任研究者、カリフォルニア大学バークレー校博士研究員の Jeff Dror 氏 (現:カリフォルニア大学サンタクルーズ校 博士研究員) と Nicholas Rodd 氏の研究チームは、現在実施中の ADMX や HAYSTAC、将来計画の DMRadio および ABRACADABRA といった米国を中心としたアクシオン探索実験において、機器の感度をどのくらい高めれば CaB からの信号を捉えることができるかを理論的に明らかにしました。さらに彼らは、現時点ではほとんどのアクシオン探索実験において CaB からの信号はノイズとして扱われてしまう可能性についても指摘しており、データ解析手法の改善の必要性も説いています。

もし、CaB からの信号が捉えられれば、未発見粒子であるアクシオンの発見に繋がります。また、意義はそれだけに留まらず、どのような種類の信号を捉えたかにより、どの生成過程を経て生まれたアクシオンなのかが分かることから (図)、さまざまな側面から宇宙進化の謎を解明することに繋がると期待されます。
 

本研究に関して研究者達は下記のように述べています。

Jeff Dror 氏 カリフォルニア大学バークレー校博士研究員 (現:カリフォルニア大学サンタクルーズ校 博士研究員)
「宇宙の進化の過程で、特定のエネルギー分布をもつアクシオンが生まれました。ADMX や HAYSTAC、 DMRadio、ABRACADABRA といった実験によって、現在の宇宙を漂うアクシオンのエネルギー密度を観測することで、謎に対する答えを手に入れることができるでしょう。それは、『暗黒物質の性質は?』『急激な加速膨張であるインフレーションが、我々の宇宙で起きていたのかどうか?』『宇宙相転移は起きたのか?』といった宇宙論における様々な疑問に対するものです。」
 

村山 斉 Kavli IPMU 主任研究者 (兼:カリフォルニア大学バークレー校マックアダムス冠教授)
「今回私たちの提案した方法では、現在行われている実験でもデータ解析の方法を工夫することで、宇宙初期のインフレーション、相転移、またダークマター起源のアクシオンを探索することができます。すでに興味を示している実験グループもあり、初期宇宙についていままで得られなかった情報を得られると期待しています。」


3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review D
論文タイトル: Cosmic axion background
著者: Jeff A. Dror (1,2,3), Hitoshi Murayama (2,3,4), Nicholas L. Rodd (2,3)
著者所属:
1. Department of Physics and Santa Cruz Institute for Particle Physics, University of California, Santa Cruz, CA 95064, USA
2. Berkeley Center for Theoretical Physics, University of California, Berkeley, CA 94720, USA
3. Theory Group, Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley, CA 94720, USA
4. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan

DOI: 10.1103/PhysRevD.103.115004 (2021年6月7日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review D のページ) 
プレプリント (arXiv.orgのページ)

4. 問い合わせ先
(研究内容について)
村山 斉 (むらやま ひとし)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究者
E-mail: hitoshi.murayama_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください

 

5. 用語解説
注1) 電気双極子能率 (EDM)
粒子内での電荷の偏りのこと。時間の流れが逆になった場合、粒子のスピンの向きは反転する一方、EDM は反転しない。つまり、もし EDM が存在すれば時間の流れを逆向きにした場合に粒子の状態が変化しており、時間反転対称性 (T 対称性) は破られる。なお、T 対称性の破れの観測を目的として、中性子はじめ実験的に EDM の探索実験が行われている。

注2) 強い CP 問題
素粒子標準模型においては、弱い力と強い力の両方において CP 対称性の破れが起きるとされる。CP が破れると時間反転対称性(T 対称性)も同時に破れるので、電気双極子能率(EDM)が予言される。一方で、弱い力のみでしか CP 対称性の破れが観測されていないという、理論と観測の矛盾のことを「強い CP 問題」と呼ぶ。アクシオンが存在することで新しい対称性が生まれ、強い力における CP 対称性の破れを引き起こす項は理論的に抑制されて、理論と観測との矛盾は解決される。
なお 「CP 対称性の破れ」の CP 対称性が表す C と P はそれぞれ、粒子と反粒子の電荷 (Charge) を入れ替える C 対称性と、鏡写しのように空間の方向を反転させる P 対称性 (P は日本語で偶奇性を示す Parity の頭文字) のこと。対称性が保たれているとは、変換を行っても物理法則が変換前と同様に成り立つことを示す。CP 対称性の破れとはつまり、ある粒子の物理法則と鏡の中の反粒子の物理法則が異なることを示す。