強い力が軽いパイ中間子を生み出す仕組みを明らかに -南部陽一郎博士の予言を理論的に証明-

2021年6月24日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の村山斉 (むらやま ひとし) 主任研究者は、強い力を伝えるパイ中間子が極端に軽い仕組み (注1, 図1及び図2) を理論的に証明しました。パイ中間子は湯川秀樹博士が提唱した粒子ですが、これが軽くないと原子核はできないことが知られています。2008年ノーベル物理学賞受賞者の南部陽一郎博士は、パイ中間子の質量が軽くなる要因は、強い力を記述する量子色力学 (QCD)において「カイラル対称性の自発的破れ」が起きるためであると提唱していました。近年、スーパーコンピューターによる数値計算では示唆されていたものの、今回村山主任研究者は手計算によって、この六十年来の主張を理論的に証明することに成功しました。村山主任研究者はアノマリー媒介機構 (anomaly mediation) という超対称性 (注2) を壊す仕組みとして1998年に共同研究者と提唱した理論を、強い力を記述するQCDに適用し計算することで、この証明を実現しました。今後、QCD の研究の進展と強い力の働きについてより深い理解につながることが期待されます。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レターズ (Physical Review Letters) のオンライン版に米国時間2021年6月23日付で掲載されました。

 

2. 発表内容
私たちの世界には、現在、「電磁気力」「強い力」「弱い力」「重力」の4つの力が存在しています。そのうち「強い力」は、グルーオンの媒介によってクォークを結びつけて陽子や中性子を形成したり、パイ中間子の媒介によって陽子や中性子を結びつけて原子核を形成しています。また、2つの原子核を結びつけて、より大きな原子核を生み出す「核融合反応」を引き起こすことでも知られています。太陽はじめ恒星は、この核融合反応によって主に輝いており、私たちの存在をはじめとして、この世界が成り立つ上で強い力は非常に重要な働きをしています。

この強い力は、量子色力学 (QCD) という理論によって記述されています。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士は、カイラル対称性と呼ばれるクォークの対称性が自発的に破れることで、3つのクォークから成る陽子や中性子、クォークと反クォークから成る中間子といった複合粒子が、クォークを足し合わせた質量よりもずっと重い質量を持つようになることを予言しました。さらに南部博士は、QCD についてもう一つの予言を行いました。それは、QCD おいて「カイラル対称性の自発的破れ」が起きて生まれる質量ゼロの粒子がパイ中間子に相当し、これがパイ中間子だけ極端に軽い理由であるというものです (実際には、クォーク本来の質量の効果によって0ではありません)。

強い力は、クォークの間や陽子や中性子といった核子の間など狭い範囲で働く力である一方で、その力は「電磁気力」「弱い力」「重力」といった他の力よりも大変強いものです。そして、強い力の持つ「閉じ込め (注3)」の性質によりクォークやグルーオンを単独で取り出して観測することはできないことから、QCD の研究は難しく、近年ではスーパーコンピューターを用いての研究も盛んに行われるようになっています。パイ中間子が極端に軽い質量を持つ要因に関する南部博士の予言についても、スーパーコンピューターを用いた数値計算により、その正しさを示唆する結果は得られていました。しかし、理論的な証明は未だ行われていませんでした。

今回、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の村山斉 (むらやま ひとし) 主任研究者は、QCD を超対称性理論へと拡張した超対称 QCD という理論を用いてまず計算を行いました。そしてさらに、超対称性粒子が現実世界で見つからない理由を説明する仕組みとして1998年に自らが共同研究者と提唱したアノマリー媒介機構 (anomaly mediation, 注4) を適用することで、標準模型における QCD の枠内の計算へと繋げました。これにより、南部博士の予言を理論的に証明することができました (図3)。それだけでなく、本研究はスーパーコンピューターを用いない理論的な手計算によって実現されたことから、QCD の研究の困難さの解消の一助となることが今後期待されます。

本研究について、村山 斉 Kavli IPMU 主任研究者 (兼:カリフォルニア大学バークレー校マックアダムス冠教授) は下記のように述べています。

「私は常に、強い力の働きについて理解したいと思っていました。特に、湯川秀樹博士が提唱したパイ中間子は私達の体を形作る上で不可欠であり、私の興味の中心でした。実はパイ中間子が軽くないと陽子や中性子が結びついて原子核を作ることができないので、水素以外の原子が生まれず、私も存在できません。QCD 理論から南部先生の理論を導くことは難しい問題として六十年も残されてきましたが、今回成功して大変興奮しています!この強い力を理解しようとする営みは、『なぜ我々が存在するのか?』という問い対する答えを明らかにしたいという、私が長年追い求めてきた課題の一部です。物理学が、この何千年にもわたる問いに答える日はそう遠くないかもしれません。」

 

3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル: Some Exact Results in QCD-like Theories
著者: Hitoshi Murayama (1, 2, 3)
著者所属:
1. Department of Physics, University of California, Berkeley, CA 94720, USA
2. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan
3. Ernest Orlando Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley, CA 94720, USA

DOI:  10.1103/PhysRevLett.126.251601 (2021年6月23日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Lettersのページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)

4. 問い合わせ先
(研究内容について)
村山 斉 (むらやま ひとし)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究者
E-mail: hitoshi.murayama@ipmu.jp

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press@ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977


5. 用語解説
注1) パイ中間子
湯川秀樹博士が1935年に提唱した粒子で、後に予言通り実験的に発見されて1949年のノーベル賞受賞に結びついた。陽子や中性子の間で強い力を伝えて原子核を保つ働きをする。

注2) 超対称性
超対称性理論で記述されるフェルミオンとボゾンを入れ替える対称性のこと。超対称性理論では、標準模型で記述される全ての粒子に対して、対応する超対称性粒子が存在する。標準模型でクォークやレプトンなど物質を構成するようなフェルミオンとされる粒子がボゾンとなっている。一方、標準模型でボゾンだった光子やグルーオン、ヒッグスなどの粒子がフェルミオンとなっている。超対称性理論は、標準模型で解決できない問題を解決できることから、標準模型を超える新しい物理の理論の有力な候補の一つとされる。また数学的に美しく、厳密解が見つかるため、理論的な研究の対象となってきた。

注3) 閉じ込め
クォークやグルーオンを単独で取り出して観測できないの原因として考えられている強い力によって生じる性質のこと。この閉じ込めに関しては、Nathan Seiberg  (ネイサン・ザイバーグ) 氏 と Edward Witten (エドワード・ウィッテン) 氏の両氏によって、QCD を超対称性理論に拡張した特定のモデルを研究することで、閉じ込めが起きることの厳密な証明が行われている。しかし、両氏の理論は特殊過ぎるがゆえにパイ中間子の軽すぎる質量の謎を明らかにすることはできなかった。今回、村山主任研究者が本研究を行うにあたっては、アノマリー媒介機構の考え方を超対称性 QCDに適用し、超対称性を壊して標準模型における QCD に繋げることで、パイ中間子の質量が軽い理由について理論的に明らかにすることができた。

注4) アノマリー媒介機構
超対称性理論における超対称性粒子が現実世界で見つからない理由を説明する仕組みとして、村山主任研究者が、共同研究者であるGian Giudice 氏、Markus Luty 氏、Riccardo Rattazzi 氏 とともに1998年に提唱した (https://arxiv.org/abs/hep-ph/9810442)。
なお、この発表とは独立に Lisa Randall 氏と Raman Sundrum 氏も1998年に提唱している (https://arxiv.org/abs/hep-th/9810155)。