重力波が、物質優勢宇宙となった謎の手がかりに?

2021年12月8日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Graham White (グラハム・ホワイト) 特任研究員や Kavli IPMU 客員上級科学研究員を兼ねるカリフォルニア大学ロサンゼルス校の Alexander Kusenko (アレクサンダー・クセンコ) 教授をはじめとする日本と米国の研究者からなる研究グループは、我々の宇宙が物質優勢の宇宙になるにあたって影響を与えたとされる「Q ボール」が崩壊時に重力波を生じ、その重力波は欧州や日本で将来計画として検討されている重力波望遠鏡によって検出できる可能性があることを指摘しました。もし、Qボール由来の重力波が観測できれば、この宇宙が物質優勢になった謎の解明につながると期待されます。本研究成果はアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2021年10月27日 (米国東部時間) 付で掲載されました。


2. 発表内容
ビッグバン理論によると、宇宙の初期において物質と反物質は同じ量作られたと考えられていますが、現在の宇宙では物質だけが残り私たち人間をはじめ、星や銀河などあらゆるものが物質から構成されています。物質と反物質が同量であれば対消滅でいずれも消えてしまったはずですが、実際には宇宙の最初の1秒間のある時点で、物質が何らかの理由で反物質よりも多く生成されたため、この宇宙は物質優勢の宇宙になり、我々も存在することができています。とはいえ、物質と反物質の量の非対称性は非常に小さく100億個の反物質の粒子に対して、物質が一つ余分に生成された程度です。この小さい非対称性は、現在の標準的な物理理論では説明できず、どのようにして物質と反物質の量に違いが生まれ、我々の宇宙が物質優勢の宇宙になったのかは謎であり、まだ未発見の物理が存在していなければならないことを示しています。

現在、研究者達に人気のある考え方の一つは、物質と反物質の非対称性は宇宙初期の非常に急速な加速膨張であるインフレーションの直後に生じたというものです。この時に生まれた場の塊が宇宙の膨張とともに引き伸ばされ、ちょうど良い非対称性を生み出すように進化し,分裂していったという可能性です。これは超対称性理論に基づくアフレック・ダイン機構と呼ばれるもので、物質と反物質の非対称性を生み出した要因を説明する考え方の一つです。しかし、このようなことが起きた状態のエネルギースケールは人間が地球上で作り出せるエネルギーの数十億から数兆倍高いものであり、粒子加速器を用いて検証することは困難でした。

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Graham White (グラハム・ホワイト) 特任研究員や Kavli IPMU 客員上級科学研究員を兼ねるカリフォルニア大学ロサンゼルス校の Alexander Kusenko (アレクサンダー・クセンコ) 教授をはじめとする日本と米国の研究者からなる研究グループは、アフレック・ダイン機構で生じる「Q ボール」として知られる場の塊を手がかりとして、この理論的提唱を観測的に検証する新しい手法を示しました。

ここで重要となる Q ボールについて、Kavli IPMU の Graham White 特任研究員は次のように説明しています「Q ボールの性質を理解するのは少し難しいですが、Q ボールはヒッグス粒子のようなボソンです。ヒッグス粒子は、ヒッグス場が励起された時に存在します。しかし、ヒッグス場は塊を作るといった他のことも出来ます。もし、ヒッグス場に非常によく似た場があって、それが何らかの保存する電荷(通常の電荷とは異なります) を持っているとすると、一つの塊は一つの粒子のように電荷を持ちます。電荷は消えてなくなることはないので、場は粒子となるか塊になるかを決めなければなりません。もし、粒子になるよりも塊になった方がエネルギーが低くすむのであれば、場は塊となります。そして、塊の集まりが凝縮すると Q ボールになります。」

研究グループは、場の塊である Q ボールが、しばらくの間存在し続けることができると主張します。Q ボール は、宇宙が膨張するにつれて熱的背景放射(プラズマ)よりもゆっくりと薄まっていき、最終的には宇宙のエネルギーのほとんどを Q ボールが担うようになります。そしてその間、プラズマ密度のわずかなゆらぎは、Q ボールが支配的になると大きくなり始めます。そして Q ボールが崩壊すると、その崩壊は非常に急激で速く起こるために、プラズマのゆらぎは激しい音波となり、時空間の波紋である重力波を引き起こすと考えられます。研究グループは、この結果発生する重力波は、欧州や日本で将来計画として検討されている Einstein Telescope や DECIGO といった重力波望遠鏡によって検出できる程度の強度と周波数になることを明らかにしました。

Graham White 特任研究員は「私たちをはじめとする物質の世界がなぜ存在しているのかというこの理論を裏付けるような、太古の時代の信号が近いうちに検出されることはほぼ間違いないでしょう」として今後の展開について期待を寄せています。
 

3. 発表雑誌
雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Detectable Gravitational Wave Signals from Affleck-Dine Baryogenesis
著者:Graham White (1), Lauren Pearce (2), Daniel Vagie (3), and Alexander Kusenko (4,1)
著者所属:
1. Kavli IPMU (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
2. Pennsylvania State University-New Kensington, New Kensington, Pennsylvania 15068, USA
3. Department of Physics and Astronomy, University of Oklahoma, Norman, Oklahoma 73019, USA
4. Department of Physics and Astronomy, University of California, Los Angeles, Los Angeles, California 90095, USA

DOI:10.1103/PhysRevLett.127.181601 (2021年10月27日掲載)
論文のアブストラクト(Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)


4. 問い合せ先
(研究内容について)
Graham White (グラハム・ホワイト) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
E-mail: graham.white _at_ ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈
E-mail:press_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください